閑話10 真っ白に翻弄される世界とエルフと私。

「アリ様、明日は雪の日です!お暇な時間にでも、僕と遊びましょう!何しますか?雪だるま?雪合戦?僕は何でもいいですよ!!」

「は?雪?トラバーさん、いきなり何を言ってるんですか?もう四月も半ば、思いっきり春ですよ?」

異世界で初めて迎える春の季節は、なかなかに壮絶なものだった。だって店の立地が深い森のど真ん中なんだもん。あちこちでたくさんの花が咲き乱れ、土も葉も埃も虫も侵入し放題。真っ白で綺麗な床を維持する為には、今までの倍の清掃が必要になったのだ。

「マジでよかった、私花粉症じゃなくて」

そんな春真っ盛り、毎日快晴お花見日和の最中に、突然雪だの雪合戦だの言い出したトラバーさん。とうとう頭がおかしくなっちゃったとしか思えないんだけど。

「あー、アリ様今、僕のこと心配してくれましたねー?嬉しいなぁ!」

半分正解半分的外れな推測に喜び、勝手に頬が緩みまくっているトラバーさんは、手にした床拭き用のモップをぶん回しながら一人で踊り始めた。

「あぶなっ!ぶつかりますから止めてください、ちゃんとお掃除してください!お仕事中ですよ?さっき行ったばかりだからって、まだ休憩気分だったりします?」

レジに立ちながら発注タブレットに夢中だった私は、トラバーさんの虚言と奇行についキツく注意した。

「そんなことありませんよ!バリバリ仕事モードです!アリ様にお仕えするという僥倖、全力を尽くすに決まってます!」

「はぁ……まぁちゃんとお仕事してくれるならそれでいいです。ちゃんと真面目に出勤してくれるバイトさんほど、ありがたいものもありませんから……いや、お客様や納品業者さんも大切か」

遠くのドリンク前に一名、イートインにて三名が寛いでいるだけの、とってもゆったりとした雰囲気のお昼過ぎの当店。多少店員同士が雑談していても許されるでしょ。ちゃんとお客様ファーストは念頭に置いてますから。


「……で結局、何の話でしたっけ?」

テロリロテロリロ

「明日は雪がふる日にするって決まったのです。だから明日は雪なのです、雪遊びなのです!!」

「ん?アンジェちゃんもアリ様と雪遊びしたいの?残念でしたー、もうこの僕トラバーが先約してしまったからね!」

ドアが開くと同時に走り込んできた幼女アンジェちゃんが話題を戻してくれた。

「へ?いや別にトラバーさんとお約束なんてしてませんけど……で、いらっしゃいませアンジェちゃん。よかったらその雪に決めたって話、もっと詳しく教えてくれる?」

実はずっと気になっていた。この異世界で生活して約半年、まともに雨を見ていないのだ、覚えている限りでは。

基本ずっと屋内仕事だし、旅に出掛けて数ヵ月留守にもしたし。そもそもこの店が鎮座するのは広葉樹がひしめき合う森の中なので、空があまり見えないし。だから一切雨がないとは言い切れないんだけどね。

「教えるって言われても……ちょーろーさましか知らないのです。ちょーろーさまが決めるのです」

「長老さんが決めたって……長老さんはお天気神様か何かなの?八意思なんとかだっけ?そんな感じ?」

どうにも話が見えてこない。首を捻っていると、より詳細な説明が入店音と共に訪れた。

「我らが里と周辺の森の天候は、長老によりある程度操作されているのです。日中は狩猟や収穫をしやすいように晴らし、誰もが寝ている夜中には恵みの雨を降らす。そうやって皆が過ごしやすいように調整しているのですよ」

「あ、こんにちはリーリャさん。分かりやすい説明ありがとうございます……魔法みたいですねぇ……」

さすが魔術具で溢れる異世界だ、天気の操作もお手のものか。感心していたら、モップを放り投げたトラバーさんが元気に挙手した。

「アリ様、僕の話も聞いてください!たしかそれ、大がかりな気温の増減や季節の変更はできませんけど、天気はかなりやりたい放題なんですって!なんだっけ……?雲を操る魔具……?たしかそんなので!それでそれで、毎年必ず雪の日を作って皆で遊んでいたんですけど、今回の冬は長老さんが旅でいなかったので、雪がなかったんですよ。だから春になっちゃったけど、明日が雪遊びの日に決まったんです!どうですかアリ様、僕の説明の方が役に立ったでしょう?!」

リーリャさんに謎の対抗心を燃やしたトラバーさんが、情報量過多の説明を早口で捲し立ててきた。

「はぁ、なるほど……」

雲を操る魔具、ね。日用的な魔術具とは違い、ハイレベルで神秘的でレアな古代道具。そんな魔具を使うなら、お天気神様になれるのも納得だ。

「ってことでアリ様!」「だからねーさま!とついでにあなたも」

「「明日は朝から一緒に雪で遊びましょう!!約束です!!」」

トラバーさんとアンジェちゃんが見事に声を合わせて、キラキラ輝く目でお誘いしてくれた。



「雪遊びかぁ……わざわざ雪降る日を設けるなんてよくやるなぁ……雪ねぇ……関東じゃ大騒ぎ大迷惑って感じだったのに……」

仕事も終わりその日の夜、自宅のソファに寝転んだ私は、エルフさんたちには隠していた本音をやっとこぼした。あんなに雪を楽しみにしているトラバーさんやアンジェちゃんには言えなかったんだよね。

「そういや二年くらい前に、雪積もって大騒ぎになったことあったっけ……あの時もコンビニバイトしてて大変だった記憶が……」

関東の田舎住みだった頃は、ちょっと雪が降るってだけでも話題沸騰だった。数センチほど積雪した日には、ニュースもSNSもお客様との雑談も、全てを占領してしまうくらいの大騒ぎになった。

「そういえば滅多にないことだからって、あの時日記書いてなかったっけ……?まだ残ってるかな?」

手探りでスマホを取った私は、日記代わりに使っていたドキュメントアプリを開く。インターネットなんてあるはずもないこの世界では、スマホは時計とアラームとカメラとアルバムとデータ閲覧用と化していた……こうやって並べてみると意外と多いな、用途。

「あー、あったあった…………うん、これは日記じゃなくて愚痴の集合体だね」

昔の自分の文句の多さにちょっと辟易としつつ、私は懐かしい気持ちで日記を読み返し始めた。


『明日は大雪の可能性があるから出来るだけ外出自粛?何無茶言ってるんだろ、このニュース。無理に決まってるじゃん、コンビニには休みも自粛もないのにさ』

なんとビックリ、大雪前日から既に愚痴日記であった。でも共感してくれるバイトさんもいるよね?

『雪が積もってるせいで出勤がとにかくめんどくさい。徒歩五分の道のりがやけに長く感じた。歩く人なんかいないから歩道は白い雪で埋もれてて歩きにくい。これが仕事前じゃなかったら、靴が濡れるのとか気にしなくても済むのに……こんな日くらい休もうよ、コンビニだって』

大雪当日の日記の始まりも似たような愚痴だった。

たしかこの日の午前から降り出しゆっくりと積もっていった雪は、私が出勤する夕方前には、道を白化粧で覆い隠していた。足跡もない白いふかふかの雪には少し高揚感も覚えたものの、それ以上に足元が濡れる嫌悪感と仕事への倦怠感を強く覚えている。

『お客様なんて一人も来やしないのに店を開けてる意味なくない?人件費も電気代も私の元気もぜーんぶ無駄遣いしてるよ?』

『お客様も来ないし、高速が使えないらしいから納品トラックも遅延ばっかり…何の為にレジにいたんだろう、私は。ただでさえ最低限の発注しかしてない売場が、納品ないから完全にスカスカになった。欠品伝票は山のようにあるのに』

『帰り道も憂鬱でしかなかった。ちょっと雪だるまとか作ろうと思ってたのに、働いてる内にそんな気力もなくなっちゃった。ただただ冷たくて寒くて暇で疲れた一日だった。明日には道凍っちゃうのかな……明日もシフトあるんだけど……やだなぁ……』


「いやぁ、ひっどい愚痴パレードだった……なんか同時の嫌な思いがぶり返して来ちゃった……読まなきゃよかったかな」

一通り日記を読み返し終えた私は、何故か半泣きになりながらスマホの電源ごとアプリを落とした。

「そういやそもそも私が異世界転移したきっかけも、季節外れのおかしな大雪のせいだったよね……あの雪のせいで店に閉じ込められて夜を明かして、気づいたらこの森の中にいたんだった」

大雪のせいで店に一人で閉じ込められて明かした一夜の恐怖と、翌日異世界転移していたことによる史上最大の混乱と恐怖。それらもぶり返してきてしまって、私は更に気落ちしてしまう。

「うん、やっぱり大迷惑な存在だね、雪なんて。それが明日来るのか……考えるのは止めて、もう寝ちゃおう」

そんな結論で締めて、早々にベッドに潜り込んだ私の翌日早朝は。

「うわあああっ!すっごい!超真っ白だー!!きれーい!!」

窓を開けてみると、空からしんしんと降る雪と、白く染まった地面が私を迎えた。

昨夜の憂鬱はどこへやら、すっかり興奮してしまう。



朝早く五時前、大抵のコンビニではまだ夜勤さんがラストスパートを頑張っているであろう時間。何故だかいつもより早く起きてしまった私は、早々に装備を整えて家を出て店の正面に回り込む。

別に雪が楽しみで早起きしちゃったとか、そういうのじゃ……いえ、そういうのです。あんなに愚痴ってたのにね。

「おはようございます、アリ様!!まずは何からしますかー?!時間はたっぷりあります!やりたいこと全部しましょう!!」

「ゆきだるま!ゆきだるまするのです!!」

「はは、お前ら早朝からテンション高いな」

自動ドアも閉め切り照明も落とした寂しい当店をバックにして、十人弱の雪遊び隊が待ち構えていた。

雪遊び発起人のトラバーさんやリーリャさんアンジちゃん姉妹を筆頭に、ジョアンさんとアコニードさんに、トルステンさんとガゼータさん、そしてフローさんソラさんカップルという顔ぶれ。見慣れまくったお馴染みのメンバーばかりだ。

待ち合わせ時間も決めていないのに、よくこんな早朝から勢揃いできたなぁ……ってあれ?まさか。

「もしかして皆さん、既にけっこう遊んだあとだったりします?一体いつから集まってたんですか……」

数名の指先や頬は赤く染まっていて、長時間雪空の下に居たようにしか見えないし。何より店の前のスペースだけ、積もった雪が異常なほどに踏み荒らされているからね。この辺りで何やら色々とやっていたのはお見通しだ。……あ、よく見たら自動ドアに寄り添うようにして小さな雪だるまが作られてる。可愛い。


「それがですねー、昨日アリ様をお誘いした時に、僕としたことが時間を聞き忘れちゃって。だからアリ様がいつ来てもいいように、ずっと待ってたんです、一晩中!」

「一晩中?!トラバーさんってたしか今日も遅番シフト入ってましたよね?徹夜で雪遊びして、その後に働けるんですか?!」

「大丈夫です!このトラバー、体力と接客スマイルには自信がありますから!」

ドンッと力強く胸を叩いてニカッと笑うトラバーさんの、その言葉を信じておくとしよう。

「僕たちは夫婦雪だるまを作りに来ました!誰よりも大きくて美しくてラブラブな雪だるまを作るんだ。ねー、フロー!」

「そうだねーソラ!あ、アリ様よかったらこのマフラーどうぞ!昨日頑張って作った新作なんです!」

「え?ありがとうございます。すみません、いつもお洋服貰っちゃって」

フローさんがニコニコと手渡してくれた新品のマフラーを、私は大喜びで受け取った。今の格好も含め最近の私服を、全てフローさん製で固めるくらいにはお気に入りなのだ。

「それ、私たちのと色ちがいなんです。長めに作ったから、恋人と一緒に巻き巻きするのもいいですよ!ほら、私たちみたいに!」

おや?嬉しい気持ちが半減してしまったぞ?恋人なんて遠い存在なもので……

「アリ様、では早く遊びましょう!もう待ちきれません!!」

「あたしとねーさまは今来たばかりなのです。のんびりおしゃべりなんかしてないで、すぐにあそぶのです!!」

「こらアンジェ、アリ様を引っ張るんじゃない!それは私の役目だ!」

不思議な対抗心を燃やす姉妹に両腕を引かれながら、私たちは念願の雪遊びを始めた。



「できたっ!三つめの雪だるまかわいいです!ねーさま、次は何するのです?」

「アンジェ……少し休まないか……?」

リーリャ・アンジェ姉妹と共に真っ白真ん丸な雪だるまを量産し、店のドア付近に整列させてみたり。

「雪合戦……遊び方は知ってはいましたが……自分にはとても出来ませんっ!アリス様に雪玉をぶつけるなんて罰当たりなこと!!そんな恐ろしいことをするくらいならいっそ……」

「まったくもう、トルステンさんは分かってませんねー!アリ様と常に行動を共にしている僕ならどうすべきか分かります!さあアリ様、思う存分僕に雪玉をぶつけてください!」

「なるほど!その手があったか!ではアリス様、是非ともこの自分にもお恵みを!!」

不要な気遣いを爆発させて勝手に阿鼻叫喚するトルステンさんとトラバーさん。そんな彼らと闘った雪合戦は、まるでバトルにはならなかった。進んで攻撃を受けたがる二人と、そんな彼らにドン引きしてしまい攻撃する気にもならない私。そんな不毛な硬直状態雪合戦は、途中乱入してきたガゼータさんやジョアンさんの容赦ない雪玉を、三人仲良くくらって顔を真っ白にしたところで終結した。

「おお、かまくらなんざ初めて作ったが、なかなかいいじゃねぇか!筋トレにもなるし中も快適だしな!あとで家の前にも作ってみるかな」

「たしかにこれはいいものだ…いい愛の巣だ……アコニードさん、是非とも僕らの分も作ってくれませんか?これを別荘代わりにするので!」

「ああ、別に構わねぇが……しかしこれ雪だぜ?いずれ溶けちまうと思うが……」

「大丈夫です!僕らにはまだまだ愛の巣がたっくさんあるので!」

「ああ、そう……」

私が伝授しアコニードさんをリーダーにした男性陣が作り上げてくれた立派なかまくら。その中で休んだり雑談したり、ソラ・フローカップルがべたべた引っ付いてるのを白い目で見てみたり。

私たちはこれでもかと言うほど遊びまくり、雪を心ゆくまで堪能し続けたのだった。


「あー、超楽しかった!……楽しかったんだけど……これから九時間、しっかりみっちり働く気にならないなぁ……困ったなぁ……」

そして丸々二時間以上も休みなく、雪遊びを堪能し続けた結果、私はすっかり全エネルギーを使い果たしていた。

「遊んだなー!」「楽しかったー!朝から来た甲斐あったね!」「やばい……眠い……午後からお仕事なのに……」

雪を満喫したのは他の人たちも同様のようだ。あちこちに座り込んだ誰も彼もが、真っ赤な顔で満足そうに笑っている。

「あたし楽しかったのです!また明日も雪がいいのです!ねーさま、ちょーろーさまにお願いしたら雪になるです?」

「勘弁してくれアンジェ……私はもう充分だ……」

「なんだリーリャ、情けないな。普段の狩りの方がもっとハードだろ?」

「アコニード……そうなんだが……何故だろうな……とにかく一息つかせてくれ……」

「あ、じゃあ店内で寛いでください。開店時間前なのでチキンとか中華まんとかはまだ用意していませんが、それ以外ならすぐにご提供できますよ!」

そうして遊び疲れたその場の全員が、そのまま当店のイートインへ赴いてくれ、ホットドリンクや淹れたてコーヒーなんかで温まる。懐かしさすら感じる賑わいに、疲労も忘れて嬉しくなる。

今日は開店前から既に売上好調、素晴らしい。故郷時代とは大違いだ。お客様もいるし納品もあるし雪は楽しかったし。

「……雪の日も、悪いもんじゃないかな。疲れたけどめっちゃ楽しかった!」

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JKコンビニ店長のノルマは異世界で1日売上100万ミオン 黒嶋珱玻 @krshimaeiha

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