第30話

「嘘…黒い背表紙…? 」


 小刻みに揺れる瞳から、動揺するミランダの心情が伝わってくる。


 ダメでもとで取り出したゲームブックは俺の予想が当たってくれたようで、彼女の眼には黒い書物に映っているようだ。


「なぜルドルフを付け狙っているか、理由を話してくれないか? 」


 同じ色のゲームブックを所持していることから、俺が同郷の者だというハッタリを信じてくれたのか。


 戦意を失っているミランダに、優しく語りかける。


(このまま話し合いで決着がつけられればいいんだが…)


「そうするしか…そうするしかなかったのです。 分かるでしょう? 貴方にも! 私たちはこの本に書かれていることに従うしかない…。 従わなければ、元の世界には永遠に帰ることが出来ない…」


「まさか…! ルドルフを襲うことが課題に関係しているっていうのか…? 」


「ええ、その通りですよ。 私に与えられた役割ロールは暗殺者の駒。 誰かを殺す事でしか、課題を達成できない」


「殺すって…そんな…」


「だから、こうするしかなかった…。 私に与えられた、最初の課題は”ヒトミンの夫を殺害すること”。 正直…自分で言ってても正気じゃないと思いますよ。 けど、私は元の世界に戻るためだったらなんだってする。 その覚悟がある。 そして……そのために必要なオリジンも――! 」


(っ! 早いッ…! )


「兜割りッ! 」


 相手の頭装備を損傷させ、頭部へのダメージを増幅させる共通武技スキル兜割り。


 共通武技スキルは発動条件を満たす武器さえ装備していれば職能に関係なく発動できるが…。


(まさか、あの刃付きのブーツが兜割りの条件を満たしていたとは…! )


 攻略サイトでみた覚えがあるといっても、流石に無数にあるアイテムの効果までは覚えきれていない。


 ブーツがユニークアイテムだということは分かっていたが、防具である足装備が武器としての条件を満たしているというのは予想外だった。


 一瞬の油断から急接近を許し、短刀による攻撃を警戒し生まれた隙をつかれ蹴り上げによる特殊モーションの兜割りを見事に決められてしまった。


(チッ…! 兜が損傷した…! 頭部ダメージを増加させたってことは、ヘッドショット効果のある攻撃を狙ってるのか…! )


「ふふっ。 やっと目元が見えましたね」


(ッ!! ……そうかッ! )


「しまっ――」


「魔眼、オーバーライド。 動きを止めなさい、いますぐ」


 ミランダと俺の視線が交差した瞬くような僅かな時間。


 紅く輝いた彼女の瞳が俺を捉え、体の制御が効かなくなる。


「安心してください。 同郷の仲間を殺しはしません…ただ、私の邪魔をして欲しくないだけ」


「……」


(くそっ…! 声を出すことすら出来ない…! )


「私に与えられたオリジンは、目を合わせた相手に暗示を掛けることができる強制暗示の力」


「この力を使って、ハーデン家に潜り込み…やっとヒトミンであるルドルフさんとの婚約までこぎ着けたのです。 あとは彼に暗示を掛け、結婚さえしてしまえば課題をクリアするための殺害条件を満すことができる」


「私だって、本当は…人殺しなんてしたくない。 これから先何人もの人が私の課題のために犠牲になるなんて…そんな事、夢だったらいいと何度思ったことか。 でも、いまさら…」


「もうここまで来て…歩みを止めることなんて出来ない…! いくら人殺しが悪だとしても、正義を貫いたって元の世界には帰れないなら……! 私は誰かを殺してでも元居た世界へ帰る、そのために歩み続けるって決めたからッ…! だから……だから…」


 つかえがとれたように。


 矢継ぎ早に胸の内を語ったミランダの表情は今にも泣きだしそうだった。


(ミランダ…)


 俺と同じように突然見知らぬ世界へ放り出され、元居た世界へ帰るには人を殺せと強制され…。


 追い詰められた彼女は、本当は誰かにこうして話を聞いてもらいたかったのかもしれない。


― 私に与えられた、最初の課題 ―


(だけど、だけどまだ…! )


 今なら引き返せる。


 どんな理由であれ、人殺しという罪を背負ってしまう前の今ならまだ…!


「…………少し、しゃべり過ぎましたね。 いくら思いを吐露したところで、人を殺してしまえば…その罪からは決して逃れられないのに」


「貴方はきっと、私のように人の道を外れていくロールじゃないのでしょう……。 もう、これ以上私に関わるべきではありません」


「だから、もう。 ここで起きた事は全て忘れて、眠りにつきなさい」


「おやすみなさい……いい夢を」

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