最後の試練

記憶の行方

第139話

 

 自宅に到着したイェナが扉を片手で押し開けると、頭を下げる執事に出迎えられた。


「イェナ様、おかえりなさいませ」

「……」

 どこか機嫌の悪そうなイェナを見てアンは不思議そうに首を傾げる。


「あら、ナツは……?」

 イェナが感情を乱すのはある少女が原因であることがほとんどだ。しかし、どこを見ても彼女の姿が見えない。アンが思わず問いかけると主はピクリと眉を微かに吊り上げた。

「誰それ」


「──え?」

 アンの動きが止まる。

 ナツと喧嘩でもしたのか、とも思ったが、それにしても様子がおかしい。どんなことがあってもイェナがナツを置いてくるだろうか?


「訳の分からないこと言ってると殺すよ」

「……失礼いたしました」

 不機嫌なイェナにこれ以上の詮索はできないと判断したアンは一歩下がり、道を開ける。イェナはそのまま自室へと歩いていった。

「……まさか」


 アンがパチンと指を鳴らすとジャムとロールが暗闇から現れる。二人とも会話を聞いていたようで顔を強張らせていた。

「どういうこと?あれ」

「……何か都合の悪いことがあの大会中に起こったようですね」

 三人は顔を見合わせて深刻そうに頷いた。

「……とりあえず、ナツの居場所を突き止めて安否を確認しましょう」

 アンがそう言うとロールはため息をつき、ジャムはすぐに執事室へ向かった。





 自室の扉を閉めたイェナが一つ息をつく。普段ならすぐに着替えるところだが、何故かそんな気が起こらずそのままベッドに横になった。

(……記憶が、混乱してる)

 顔には出さないが、イェナは“ある時期”からの記憶が所々抜け落ちていることを感じていた。“オルフェンの塔”の最中においては試合結果やその内容はしっかり理解しているにも関わらず細部が思い出せない。自分の中で何かが足りないような気がするが、それが何なのかも全く分からない。それが苛立ちの原因でもあった。


 彼らしくなく髪を掻きながら身体を起こすとクローゼットの扉を開けた。

「……は?」

 クローゼットの中は真っ黒だ。それはイェナの記憶の中と同じ。しかし、そこにはあり得ないものが混ざっていた。端に掛けられているメイド服はあまりにも際立って異質に見えた。

 思わず手に取って引き裂こうとしたが、ふわりと香ってきた匂いに手を止める。

(……何なの)

 苛立ちのままメイド服を捨ててしまうことなど容易い。そうしようとたった今手をかけたつもりだ。それなのに、どうしてもできなかった。


 舌打ちをして服をクローゼットに戻すと、次にイェナは机の上の異物を発見し顔を引きつらせた。

「何これ……誰の仕業?殺したい……」

 そこには可愛らしい男女が描かれた少女漫画がきっちり重ねて置いてある。イェナは思わず頭を抱えた。


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