第107話


 私の肩を抱いて気遣うようにさする。

「あとは?何かされた?」

「ぶん投げられました」

「……」

 これは正直マルだけではないけれど。それは平和のために黙っておくことにする。私を“どんくさい”呼ばわりした罪は重いぞ。


「い、イェナ……?話を……」

「殺していい?」

「……とりあえず決勝戦には影響のない範囲でお願いしますっ」

「わかった」

「ふざけんなてめえ!!」

 ケラケラと笑った私を、イェナは微笑ましそうに見る(マルに言わせると、真顔で私をガン見していただけらしいけど)。


「──みんな酷いなあ。ボクだけ仲間外れなんて」

「アロ様……」

 準決勝をかすり傷一つ負わずに終わらせて、知らないうちに現れたアロは唇を尖らせている。

「ボクにはハグしてくれないのかい?」

 ほら、と両手を広げた美形のサイコパスに思わず飛び込もうと体が疼くが、必死で理性を保った。


「アロ様は前科持ちなのでダメです」

「あちゃー」

 ──可愛いかよ。

 少し棒読みの「あちゃー」にキュンとしたけど、さすがの私でもアロの行動には警戒している。

 その隙に「付き合ってられない」と言ってマルはそそくさと逃げ出す。デケンもクスクスと笑ってついて行った。


 私はイェナに向き合うと、その腕に抱きつく。

「試合終わったんですよね……今日はもうホテルに戻ります」

 そう言えば、イェナは「わかった」と頷いた。

「じゃあオレも……」

「ダメだよ、イェナ。今日はボクに付き合ってもらう約束だろ?」

 私と一緒に歩き出そうとしたイェナをアロが引き止める。決勝戦を前に、特訓でもするのだろうか。


「でもナツを一人で帰すわけにはいかない」

「なっちゃんはフレヴァーに任せたら?」

 眉間にシワを寄せて、イェナが不満そうに言う。そしてちらりと二人が黒騎士を見遣ると、フレヴァーは無言で首を縦に振った。イェナは少し考えた後、軽くため息をつく。


「……いや、それは駄目。フレヴァーが変な気起こしたら困る」

「それはないと思うけどなあ……ね?フレヴァー」

 アロが同意を求めると、フレヴァーは何を想像したのか、コクコクと顔を真っ赤にして何度も頷く。

「駄目。ナツは変なところで急にかわいくなるから」

 また突然よく分からないところでイェナの“かわいい”攻撃が繰り出されて私はノックアウト寸前だ。


「ナツはオレが送る。アロの相手はその後でもいいだろ」

 絶対に譲る気のない彼にアロは呆れて息を吐く。

「……ハイハイ。じゃあ待ってるよ」

 やれやれと言わんばかりに首を振り、肩を竦めたサイコパス。そんなアロを尻目に、イェナは私の肩を抱くとホテルへと歩き出した。

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