第68話
「ここが会場ですか……!」
イェナに支えられながらマヴロス家の自家用ジェットからある小さな島に降り立った私は、もう漫画では何度も見た光景に歓喜していた。もちろん心の内に留めておいたけれど。
イェナが参加する武術会“オルフェンの塔”。このトーナメントを勝ち上がり優勝した者は闇の支配者になることもできると言われている。闇の支配者を目指す者、純粋に強さを求める者、暴力も罪には問われないため快楽殺人鬼なんかもやって来る。
「ナツ酔わなかった?平気?」
そう気遣ってくれるイェナに平気だと告げると、大きく息を吸い込んだ。
綺麗なホテルまで黒塗りの高級車に乗せられて辿り着く。
そのままイェナに手を引かれ、ホテルの一室に押し込められた。
「パーティーの準備してもらって。ドレスはもう用意してある」
普段から“用件は手短に”タイプの人だけど、今日はあまりにも言葉が少ない。だがホテルのスタッフの女性が目を輝かせて私の支度に取り掛かるのを見て身を委ねることにした。
──数時間後、私は完璧な姿で姿見の前で立ちすくんでいた。
「すご……」
マリーゴールド色のドレスは私には華やかすぎやしないかと心配になったけれど、スタッフのお姉さんが負けないくらい艶やかなメイクと清楚なヘアアレンジを施してくれたおかげで様になっているような気がする。
これは私の人生で一番綺麗な姿なんじゃないだろうか。
「お美しいですよ」
と当たり障りのない褒め言葉に照れつつ、完璧に仕上がった姿を一刻も早くイェナに見せたくなった。
お姉さんに誘導され、ホテルの玄関ホールを抜ける。ドアをくぐって長い階段をドレスの裾とヒールに注意しながら下りていくと──。
「イェナ様……」
先程の高級車の前で立っていた。私は本当にこの人の恋人なのだろうか、そう思うほどに目が離せない。
正装と言っても、この間のスーツじゃない。どこかの国の貴族……いやもう王子のような煌びやかな正装に危うく化粧が崩れるほど顔が歪むところだった。伏せられた瞳がまた心臓に悪い。
私が近付いていくと、顔を上げる。バチッと目が合った。
「尊い……」
膝から崩れ落ちそうになるのを我慢した私を誰か褒めて欲しい。
イェナが私の方へ差し出してくれた手を取る。まじまじと私の姿を見た。
「……うん、似合ってる」
「……え」
「なに?」
まさかイェナに褒められるとは思ってもいなかったため、今度こそ口をあんぐり開けた。
「イェナ様って人を褒められるんですね……」
「馬鹿にしてる?」
思わず失礼なことを口走ってしまって、ふふっと笑う。イェナは拗ねた様にそっぽを向いて腕を組んだ。
「オレが選んだんだから当たり前。オレだって思ったことはちゃんと言うよ」
言い訳じみた言葉に声を上げて笑いそうになったが──
「──初耳だなぁ。いつも無駄なことは言わないくせに」
車の窓が開いて、見知った顔が現れる。
「あ、アロ様!?」
「アロうるさい」
やあ、と手を上げるアロもまたパーティーに参加するための正装。眩しすぎて眼球が焼け焦げてしまうかと思った。やはり顔だけは超絶美男子。
「アロ様……王子様のようですね」
「ありがとう。じゃあなっちゃんがお姫様になってくれる?」
「あ、お断りします」
軽口を終えると不機嫌なイェナがアロに車の窓を閉めるように言う。珍しいことにアロは大人しく従っていた。今回はアロと共にパーティー会場へ向かうらしい。
「イェナ様、イェナ様」
車のドアを開けようとするイェナの服の裾を引く。振り返った彼の耳元に口を寄せようとすると、イェナは腰を曲げて屈んでくれた。
「イェナ様、びっくりするほどかっこいいです!こんな人が恋人で、世界中の女性に羨ましがられちゃいますね。幸せ者です、私は」
そう囁いて笑って見せると、イェナは驚いていた。それからふいっと顔を背ける。
「……帰ったら覚えときなよ」
「え“!?私何かしましたか!?」
「知らない」
そのまま強引に車に押し込められたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます