第25話

 イェナの温もりに包まれて、瞼が重くなってくる。そんな私に気付くと

「眠いなら寝る?」

 と言ってくれた。


「ではそろそろ、部屋に戻ります……」

 名残惜しいけれど、彼の腕から抜け──ようとしたが、それはできなかった。

「ここで寝れば」

 ぶっきらぼうな言い方だけど、冷たいわけではなくて。離れない腕にも頬が緩んでしまう。


「でもこのままの体制だとイェナ様が大変でしょう……」

 そう懸念した私に少しだけ悩む素振りを見せると、ポイっとベッドに放り投げられた。ベッドの上で転がっていると、あっという間に布団を掛けられる。


「イェナ様!?」

 そしてその布団にイェナも潜り込んでくるから驚きの声しか出ない。


「なに、オレの布団に入って何が悪いの?文句ある?」

 そう言われてしまえば何も言い返せないのだけれど。


 私の横で頬杖をついてこちらを見下ろしているイェナ。調子に乗った私がそっと距離を詰めて先程のように擦り寄れば、反対の手でそっと髪を撫でてくれた。


 ──ああ、甘すぎる。


 これも少女漫画の影響なのか。だとしたら──なんて素直な人なのだろう。



「……イェナ様」

「なに」

 眠気に抗いながら口を開く。温かい体温と優しく髪を撫でる手つきには勝てそうにもないけれど。



「アンさんもジャムさんもロールさんも……誰一人、処罰しちゃだめですよ」

「……」


 アンが言っていたことを思い出す。三人とも、あの男を倒すことだって追い払うことだって容易くできたはずなのに、そうはしなかった。私に危害を加えられないように、細心の注意を払ってくれていた。だからこんな手の甲の小さな傷だけで済んだのだ。


「皆さん私を助けようとしてくれたんですから……皆さんがいなければ、私は死んでました。感謝しているんです……だから褒めることはあっても叱ったり罰したりなんてしたら……嫌いになりますからね」


 眠気のせいでうまく聞き取れなかったかもしれない。それでもイェナが絶え間なく髪を梳いて「はいはい」と返事をしてくれたから──ホッとして、目を閉じる。


 そのままぬるま湯に沈み込んでいくように、私は眠りについた。








 ナツが眠りについた1時間後。イェナは髪を撫でる手を一度も止めず、彼女の寝顔をじっと見つめていた。


「──イェナ様」

 誰かがイェナの自室の扉をノックした。ベッドから降りたイェナが扉を開くと、使用人を取り仕切る三人の優秀な執事たちの姿があった。


「どうしたの」

 ちらりと視線を背後のベッドに向け、ナツを起こさぬように声を抑える。執事たちもすぐに状況を把握し、小声で話し出した。

「……私たちはナツをお守りできませんでした。三人ともどのような罰も受けます」

 端的に伝えられた用件に、イェナは小さく息をついた。


「……しないよ」

「え?」

 あの無慈悲な長男が、と三人は耳を疑う。いつだって“使えない”と思ったものはどれだけ貴重なものであっても、それこそ人であっても──すぐに切り捨ててきた。そんな男に初めてできた“大事なもの”に傷をつけられたのだ。処罰がないとは到底思えなかった。


「ナツがダメだって言った。自分が死んでないのは3人のおかげなんだから、処罰なんてしたら許さないってさ」


 その言葉を最後に「もういいよね」と早々に扉を閉められた。


 あっけない宣告に、怪訝そうな顔をした三人は顔を見合わせる。


「……やっぱりナツってすげー」

「彼女のおかげで命拾いしたわけですね」

「あのイェナ様が他人の言うことを聞くなんてね……」


 あまりにも変貌を遂げた主人の様子に、感心したように執事室へと戻っていった。

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