第38話 ボイラー室での戦い




 ダダダダダダッ――……!!!



 短機関銃ウージーが火を噴く。


 襲って来る感染者オーガ達の顔面を抉り、次々と蜂の巣にする。


「ハーッハハハァ! この反動ッ、この振動ッ!! 最高に痺れるゥゥゥッ!!!」


 豹変した西園寺先輩。

 引き金トリガーを引く度に豊な胸が揺れまくる。

 その度に喜悦の声を発していた。


 あの凛とした美人顔が何だか狂気に歪んで見えるぞ。

 でもサイコパスめいた口調とは裏腹に、作戦通り役割をしっかりこなしているのは流石といったところか。



「――トリガーハッピー。よく恐怖で錯乱した新兵に発症する状態だが何か違うようだ。流れ弾でボイラー機器を壊されなければ、このまま黙認するべきか」


「俗に言う『武士の情け』ね、兄さん」


 竜史郎さんは冷めた眼差しでチラ見しつつ、前方で香那恵さんがフォロー入れながら見事な太刀捌きで人喰鬼オーガの首を刎ねている。


「ハワ親、ヤバ~! 超ウケる~!」


 軽い口調とは真逆に、彩花は双眸を赤く染め、本気の戦闘モードに入っている。

 刃のように研がれた剣先を持つ改造シャベルで薙ぎ払い、次々と人喰鬼オーガ達の頭部を破壊し吹き飛ばしていく。

 

「……ごめんなさい」


 同じく瞳孔を赤く光らせる、有栖。

 右手に握られた銀色シルバーの『回転式拳銃コルトパイソン』の銃身が、ある感染者オーガに向けられる。


 購買部のおばちゃんだ。


 おばちゃんは既に正気を失っており、ただ人肉と血を求めるだけの『青鬼』と成り果てている。

 野獣のような唸り声を発し、唾液を撒き散らせて大口を開けていた。

 有栖に向けて両腕を伸ばし、至近距離まで押し迫ってくる。



 ――ドォォォン!



 357マグナム弾が、おばちゃんの口内へと侵入し、瞬く間に頭部全体が風船玉のように散開した。


 有栖は飛沫程度の返り血を浴びつつ悲しそうな表情を浮かべ、すぐに気持ちを切り替える。

 左手に握られた漆黒色ブラックの『自動拳銃ベレッタ』で、他の人喰鬼オーガの頭部を撃ち抜いた。



「……おばちゃん」


 その光景を光学照準器スコープ越しで眺めていた僕は、つい悲しくなり呟いてしまう。


 きっと、この場にいる者は誰も悪くない。


 人喰鬼オーガ化した者達だって同様の筈だ。


 みんなが生きるため、これ以上感染者を増やさないため仕方のない処置なのだ。

 誰も好き好んで、同じ学園の生徒や親しかった者を撃ち殺したりはしない。


「おおっ! キミは風紀委員の伊藤君だね!? そうか、そんなに私を食らいたいのか!? だがすまんなぁ、ハハハハッ!! くぅ~痺れるゥゥゥ!!!」


 ……一人、例外を除いて。


 てか、生徒会長のあんたが一番哀傷に浸らなきゃ駄目な場面だろ!?


 すっかりキャラ崩壊を遂げてしまった『西園寺 唯織』先輩であった。




 それからしばらく戦いは続いた。


 他の人喰鬼オーガ達は、いくら周囲がキルされようと無心に向かってくる。

ある意味、果敢であり無謀とも言える『青鬼』達。


 知力が低下しているためか、特に連携してくることもなく、寧ろぶつからないよう互いに距離を開けてくる。

 移動速度も遅いため、僕達にとっては絶好の的と言えた。


 僕も場所と角度を確認しながら、狙撃用M24ライフルで援護射撃をする。


 竜史郎さんの的確な指示の下、全員が連携を取れており、確実に人喰鬼オーガ達の数を減らしていった。



 しかし――。



「……なんだ、あいつは?」


 残り僅かとなった時点で、竜史郎さんはある1体の人喰鬼オーガに注目する。



 ランニングシャツとパンツのユーニホーム姿、まるで陸上部に所属していた男子生徒っぽい奴だ。

 その感染者オーガは奥側の方で何もせず、じっと動かずしゃがみ込んで床を見つめている。


 ――いや違う。


 あれは「構え」と言うべきか?


 前足側の膝を立てつつ、後ろ足側の膝と両手を血塗れの床につけている。

 陸上競技の短距離走選手がスタート前に行う姿勢、『クラウチングスタート』だ。


 人喰鬼オーガは、ぐいっと顔を上げてこちら側を見据えてきた。

 同時に、後ろ足の膝が上がる。


 あの格好といい顔付きといい……こいつ見覚えがあるぞ。


「思い出した……中田を殺った奴だ」


 僕のクラスメイトであり、ユーチューバーの『中田 敦盛』が配信した動画サイトで、異端性を発揮した人喰鬼オーガ


 通常の『青鬼』より、知能が高く身体能力に特化した――『変種』と呼ばれる感染者オーガだ。


「……三年の『楠田くすだ 陸翔りくと』君ではないか? 陸上部のホープであった……全国大会出場目前で可哀想に」


 正気に戻った西園寺先輩が言ってきた。


「生徒会長は、あいつを知っているんですか?」


「無論だ、夜崎君。彼は高校の陸上会では八種目競技オクタスロンの選手として有名人だったからな。強豪で知られる某有名大学からの入学が内定していた筈だ……本人も夢や希望に満ちていただけに残念だ」


 ウイルスは人間の体を蝕むだけでなく未来すらも奪って行く。


 感染していない僕達ですら、自分の家族や生活を奪われて行くのと同様に。


 けど、西園寺先輩の口調……。


 やっぱり、人喰鬼オーガウイルスに西園寺製薬が関与していることを知らないようだ。

 その背景には必然として、彼女の父が組織する西園寺財閥があるということも……。


 もし知ってしまったら、先輩はどうするのだろう。


「あの変種……以前は胸部が腐敗し、肋骨が剥き出しになっていた筈だが、随分と綺麗に修復されているぞ? そうか……人間を食らうことで破損した肉体が再生されるのか」


 竜史郎さんの推測に、僕は納得した。


 確か人喰鬼オーガは何日か食わないと餓死するらしい。

 つまり食った人間の血や肉を栄養源にすることができるんだ。


 まさしく生きた屍か……。



 ドォォォン!



 竜史郎さんが拳銃を発砲する。


 その銃声がスタートダッシュの合図に聞こえたのか。


 変種の人喰鬼オーガである楠田は突如駆け出した。

 両腕と両足を規則正しく振り挙げる、綺麗な疾走フォーム。


 低い姿勢で屈んでいたこともあり銃弾は頭部でなく股間を撃ち抜くも、楠田は走るのを止めず、床に倒れ伏せる人喰鬼オーガ達を踏みつけて向かってきた。


 しかも、やたらと足が早い。


「まずは奴の動きを止めろ! それから頭部を破壊する!」


 竜史郎さんの指示で、僕を含めて各自が行動に移した。


 対する楠田は走りながら、胸元に10本の指を突き刺している。

 何を思ったのか、自分の胸部を引き剥がしてきた。


 肋骨が剥き出しになり、楠田はそれを6本ばかりへし折り無理矢理もぎ取る。

 まるで円盤投げの要領で身体を反転させ、猛スピードで投げつけてきた。


 あの時、中田の大腿部を刺した攻撃技だ。


「チイッ! 嬢さん、俺達で全部撃ち抜くぞ!」


「はい!」


 竜史郎さんと有栖が前に出て、拳銃で鋭利なブーメランと化した肋骨に向けて狙撃する。


 その隙に楠田は、二人に接近したかと思うと何故か無視し、そのまま突き抜けて行った。


「なんなの!?」


「いいからヤッちゃうよ、カナネェさん!」


 彩花の合図に香那恵さんは刀を構え、近距離戦に持ち込むため待ち構えた。



 ぶわっ



 今度は走り高跳びのように、背中を逸らし華麗に宙を舞った。

 楠田は鮮やかな背面飛びで、二人の攻撃を躱しきったのだ。


「嘘だろ! なんなんだ、こいつ!?」


 嘗て見たことのない人喰鬼オーガの機敏な動き。

 僕は驚愕し同時に戦慄してしまう。


 これが変種なのか!?


 楠田は着地すると、西園寺先輩を目掛けて疾走する。


 まさか、こいつの狙いとは――。


「そういうことか、楠田君……キミは以前から私に好意を持ち告白してくれていたな。しかし私は断ってしまった……西園寺財閥の者として恋愛より学業を優先してしまったばかりにな。あの時は即答で断ってしまい、悪かったと思っているよ……」


 西園寺先輩は言いながら短機関銃ウージーを構え、楠田を標的に連射させる。


「だが、すまんなぁ、楠田君! やっぱりキミの好意は受け取れんよ――ハァーッハハハ!!!」


 再びトリガーハッピーを発症する、西園寺先輩。


 だが楠田は自分の顔を覆う形で、両腕を十字にして翳してきた。

 圧倒的な連射攻撃で、瞬時に前腕部が破壊されていく。


 楠田の顔面が晒され、このまま銃弾を浴びるのだろうと思われた。



 ――カシャッ



 だが思わぬ場面で弾切れになってしまう。


 楠田は大口を開け、西園寺に詰め寄ってくる。


 彼女は急いでマガジン交換を試みるが、間に合うのか微妙な至近距離だ。


 後方にいる僕は援護射撃しようにも、西園寺先輩が前にいて狙いが定まらない。


 それに僕の狙撃技術腕前で確実に仕留められるのか?

 もしミスして西園寺先輩に弾丸が当たってしまったら……。


 土壇場の展開で、ついライフルの銃身が震えてしまう。


 クソォッ、どうする!?






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