第28話 縮まる関係




 有栖の話だと、学園で籠城して三日目。


 あの『笠間 潤輝』がキレて生徒会長の『西園寺 唯織』先輩と揉めたのがきっかけだったようだ。


 僕のクラスの担任教師である『手櫛でぐし 柚馬ゆうま』が『反生徒会派』を掲げるようになったのは――。


 何でも、西園寺先輩は皆が生き残る方を優先し籠城しつつ、感染した人喰鬼オーガとの戦闘を避けて奴らの隔離や物資の調達など試みていたらしい。

 いずれ来るであろう、自衛隊などの救援を待つことを期待した上でだ。


 しかし日本政府が打ち出した対応策は違った。


 パンデミックとして猛威的に広まっていくウイルスを遮断するため、海外との鎖国は勿論、国内の各地域に至るまで感染が最も多い都市を中心に封鎖させたのだ。


 それは、クラスター対策と言えば聞こえはいいが、事実上国民への救援破棄である。


 僕達が住む『遊殻ゆうから市』は最も感染者が多いとされ、今も自衛隊を中心に厳しい検問が行われているとか。

 日本に限って事実かどうかは不明だが検問中、強引に抜け出そうとした際、容赦なく発砲されるらしい。


 肝心の警察はがどこまで関与して、今はどのように機能しているか不明である。


 ネット情報だと、各避難所やコミュニティ施設を中心に時折パトカーが走っているのを目撃されている。


 こうして美ヶ月学園内でも、笠間の件と政府からも半ば期待を裏切られる形となったことも相俟あいまって、それまで指揮を取っていた生徒会長の西園寺先輩は「無能者」との烙印を押されてしまう。


 籠城していた離脱者も増え、教師の手櫛を中心に『反生徒会派』が誕生したのだ。



「私は生徒会長が無能者だと思っていません! 感染した人喰鬼オーガの生態を徹底的に自己分析して、安全に籠城する方法や隔離させる方法、そして斃す方法だって見出してここまで来ているんです!」


 城田は涙声で主張する。


 今時の女子高生にしては意志が強く、こころから西園寺先輩を尊敬している様子だ。

 僕を蔑ろにするイケメン好きな学園三大美少女の一人だけど、そこだけは見直してやろう。


「斃す方法ね……確かに各教室に人喰鬼オーガを隔離させ、飢え死にさせる方法はユニークだな。どうやって誘導したんだ?」


 竜史郎さんは移動しながら聞いている。

 城田はムカつくことに、彼の質問なら大抵のことはペラペラと丁寧に答えた。


「放送室で1階の各教室に音楽を流しておびき寄せました。さっき三年生が私達にやらかした『血液が入った風船球』を使った上で……そして集まったのを見越して扉を封じれば完成です。校庭で徘徊している連中も同じ要領で誘導しています。計算では、あと五日間もあれば飢え死にさせて殲滅目前だったのですが、いくつか問題もあって……」


「問題だと?」


「一つは食料不足です。もう、そこを尽きています……打開策はあるのですが、さっきの『反対派』が邪魔して……」


「打開策ね。そういや少年じゃないが、『今日は私の番』だと言ってたな? あれはどういう意味だ?」


「調達班の順番です。何人かの生徒と教師が組み、日替わりで順番に行くことにしているんです……生徒会長も含めてね」


「西園寺 唯織もか? しかし指揮を執る者に何かあったら組織など総崩れだろ? 何故、自らそんなリスクを背負う?」


「生徒会長が言うには『私に何かあっても副会長の富樫がいる。問題ない』と……確かに富樫さんも優秀な人ですけどね」


 あの西園寺先輩らしいな……。

 きっと他の生徒だけに危険な思いをさせていることに抵抗があるのだろう。

 そういう姿勢が、こうして城田のように絶対的な支持を集めているに違いない。


「なるほど……娘の方・ ・ ・は、そういう人物なのか」


 竜史郎さんは意味深な言い回しで呟き理解する。

 場合によっては「拉致する」とか言っていたからな。


「……それと、シロタさん。他の問題とはなんだ? さっきの連中のことか?」


「はい。最初に言った通り、私達『生徒会派』は感染者オーガとの戦闘を避け、時間を掛けて『飢え死にさせる』という手段で対抗していましたが……『反生徒会派』の手櫛の思想は違っているようで……」


 城田は突然、言葉を詰まらせる。


「言いたくなければ無理して聞きはしないが?」


「い、いえ……大丈夫です。手櫛は『校内の生徒数を減らす』ことに率先しており、ああして三年生の不良達がけしかけているんです」


「なんだと?」


「食料が不足していると言いましたよね? 後、二日持てばいい方です。きっと手櫛が籠城している所も同じだと思います。だから生徒を減らすことで、その分の食料を確保するべきだと主張しているのです」


「そして、まずは『生徒会派』の生徒を減らし、その分の食料を強奪しようと目論んでいるってところか?」


「はい……手櫛が謳うには、『自分に付き従う者こそ、有能であり選ばれし者。生きるに値する』と……私達は無能者のレッテルを張られ、人喰鬼オーガに捧げられる『生贄』だと言われています」


 酷すぎる話だ。


 手櫛の野郎、仮にも教師だろ!?

 担任やっていた時から、胡散臭い奴だと思っていたけど、もうキャラ崩壊どころの騒ぎじゃねーよ!


「それで、人喰鬼オーガは飢えて死ぬことなく、寧ろ増える一方ってか……教師の癖に頭の悪い奴だな。大方、独裁者にでもなったつもりなんだろう。そんな奴に付き従う連中も程度が知れている」


 先程、不良の一人が「もう法も秩序ない。強い奴が生きて弱い奴が死ぬ」って言い切っていたよな?


 あれが連中の本性なんだろう……。


 僕もネトゲでよく似たような悪態をついていたっけ。

 けど、あれはあくまでヴァーチャル。仮想現実だ。

 いつでも、やりお直しができるからこそ言えること。


 だけど現実リアルはそうじゃないだろ?

 いくらこんな状況だからって倫理まで崩壊させちゃ、街を徘徊する人喰鬼オーガ達と変わらないじゃないか。


「リュウさんじゃないけど……んな連中なら、やっぱりあん時、全員キルすりゃ良かったね~」


「彩花ちゃん、そういうことは言わない方が……」


「――姫宮先輩に言えますか!? 自分だけ笠間先輩と逃げたくせに!」


 彩花を窘めようとする有栖に向けて、城田は大声を発した。


 有栖は悲しそうに俯き何も言えないでいる。

 当時付き合っていた笠間に誘われたとはいえ、乗っかってしまったのは彼女の意志。


 城田からすれば立派な裏切り行為……。


 でも。


「城田さん、無視してもいいから、僕の話を聞いて欲しいんだけど……有栖さんはそのことを誰よりも悔やんでいるからこそ、こうして学園に戻って来たんだよ」


「笠間先輩に捨てられて居場所がないからでしょ!? 私にはそう見えます!」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない……けど、それなら真っ先に自分の家とか行って親の安否とか気にするところだろ? でも有栖さんは自分のことよりも、学園のことを優先したんだ。自分から人喰鬼オーガと戦う決意を持ってね。ここで、こうしているのがその『証』じゃないのかい?」


「……先輩、お名前は?」


 城田は立ち止まり、僕を真っすぐ見つめてくる。

 睨んでいるわけでなく、初めて興味を持たれたような感じだ。

 不覚にも、ドキッとしてしまう。


「ん? 僕? 夜崎 弥之だけど」


「夜崎先輩ですね……先輩はどうして学園に戻ってきたんです?」


「ずっと入院していたんだ。笠間病院でね。その間に感染者オーガに襲われてしまってね。そこで竜史郎さん達に助けられたんだ。今はそのお礼も兼ねて、こうして付き添っているだけだよ。西園寺生徒会長に会うための『仲介役』としてね」


「皆、強制はしていない。シノブもそうだが全員が自分の意志でここにいる。嬢さんがシロタさんの思うような少女なら、今頃キミは感染者オーガと成り果てていただろう」


「……そうですね。そこは感謝しています。酷いこと言ってすみません、姫宮先輩」


 城田は深々と頭を下げる。


「気にしないで……全部、城田さんの言う通りだから」


 有栖はニッコリと微笑んで見せた。

 だけど、切なそうだ。



 それから再び廊下を歩き出す、僕達。


 ふと、



 ぎゅっ



 隣で歩いていた有栖が制服の袖を握ってきた。


「ありがと、ミユキくん……」


 瞳に涙を浮かべて囁いてくれる。


「……うん」


 僕は胸を高鳴らせつつ素直に受け入れた。


 こうして、また有栖との距離が縮まったようだ。






──────────────────


お読み頂きありがとうございます!


「面白い」「続きが気になる」と思ってもらえましたら、

どうか『★★★』と『フォロー』のご評価をお願いいたします。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る