第23話 有栖の気持ち
~姫宮 有栖side
中学三年生の終わり頃。
ミユキくんのクラスでちょっとした騒ぎになっていた。
――体育の授業後、生徒の何人かの財布からお金が盗まれたらしい。
バスや電車で通う子がいたとはいえ、基本大金を学校に持ち込んではいけない規則がある。
けど裕福な家庭の生徒などはこっそり持ち込んでいる人達もいた。
それを狙っての犯行だったようだ。
教師は持ち込んだ生徒にも非があることとし、表面上だけの注意で大事にはしなかった。
親も微々たる金額とし、特に苦情を訴えることはなかったと言う。
しかし中には疑われた生徒もいたようで、そういった釈然としない生徒達の間で犯人追求が始まった。
当時、ミユキくんと同じクラスで幼馴染みの木島さんが、彼の名を出し盗んだ犯人だと先生に告げて一緒に謝罪した。
――絶対に嘘だと思った。
私は知っている。
別のクラスだった私は部活が終わり、教室に忘れ物があったので立ち寄った際に見ていたからだ。
木嶋さんが大金を「渡辺
渡辺くんは、後に私が付き合うジュンくん……いえ、「笠間 潤輝」と仲が良い一方で成績や運動と共に並ぶ一方で女子にも人気が高かった。
優等生の潤輝と違い、彼はどこか不良っぽいワイルドな風貌があったと思う。
そこがいいという女子もいた。
渡辺くんと潤輝が一位と二位を争うライバルとして周囲からもてはやされていたが、実際は友達同士であり仲が良いとされている。
高校に入ってからも、その関係性が続いており、その縁もあって私もお話しをする程度の仲となった。
でも私は渡辺くんのことは好きにはなれない。
渡辺くんの本性を知っていたからだ。
表向きは潤輝を慕い、さもNo.2の位置にいる彼だけど、心の底では潤輝を毛嫌いしていた。
両親や周囲に恵まれ特別何も苦労しなかった潤輝に比べ、渡辺くんの家は決して裕福ではなく相当苦労を重ねてきたらしい。
したがって、自分がいつまでも潤輝を超えられないのは親や環境のせいだと思っていたようだ。
私も両親が離婚してシングルマザーの家だからわからなくもないけど、それだけ才能に恵まれていて、しっかり前を向いてさえいればとっくの前に潤輝を超えられていたと思う。
そして木嶋さんは、別のクラスである渡辺くんに憧れている節があり、他生徒の財布からお金を抜いて彼に貢いでいた様子である。
私は偶然にも、その二つの現場を目撃してしまった。
さらに、こんなやり取りも耳にしている。
「――悪いな、木嶋。無理を頼んじまってな。俺ん家、ボンビーだから助かるよ」
「いいよ、憧れの渡辺くんからのお願いだもん。だから約束、守ってね」
「ああ、俺と付き合うって話か? 高校に入ってからでいいだろ? 同じ高校で進学決まっているしよぉ。別高校に進学する今カノは部活がどったらっていう理由で別れるからよぉ」
「うん、いいよぉ、やった~♡」
木嶋さんは、はしゃいだ声を上げ渡辺くんに抱きつく。
彼は満更じゃなさそうに表情を緩め、茶髪を撫でている。
「可愛いな、オメェ……しかし、出何処は聞かねぇけど結構ヤバイ金じゃね? 俺が言うのも変だけどよぉ、大丈夫なのか?」
「うん、私にはいざって時の保険があるからね」
「保険?」
「夜崎 弥之……私の幼馴染みの男。あいつね、昔っから私の言うことなら何でも聞いてくれるんだぁ。お金絡みも問題ない奴だよ」
「ふ~ん、そいつ金持ちなの?」
「ううん、まったく。あいつの家、シングルだし質素な暮らしをしているよ。でも母親に溺愛されているのか小遣いだけは人並み以上に貰っているんだぁ。いざって時は、私が頼み込んでなんとかしてくれるからね」
「……そっか、夜崎ね。へ~え」
渡辺くんは怪訝の表情を浮かべている。
明らかに不快が込められていた。
こうして、木嶋さんは生徒達の追求が及ぶ前に、ミユキくんに頼んで彼が盗んだように仕向けたんだと思う。
木嶋さんが彼にどういう風に言い寄ったからわからない。
状況証拠だけで、私の憶測もあると思う。
だけど、その後の高校生活を送る彼らの素行と様子を見れば、全て辻褄が合うのも確かだ。
それからミユキくんは自分から盗んだことを打ち明けお金を全て返した。
先生に怒られつつ卒業間近ってこともあり、それ以上の大事には至らなかった。
お金を盗まれた生徒達も無事に戻ってきたので納得を示すも、それからミユキくんの周囲からの風当たりが強くなったのは言うまでもない。
その余韻は高校に入ってからも続き、彼が塞ぎ込み皆と距離を置いた要因だと思っている。
正直、私はミユキくんにも非があると思った。
いくら幼馴染みとはいえ、木嶋さんの言う事をそこまで聞く必要はない筈だから。
けどその一件で、私がミユキくんに興味を持ち気に掛けるきっかけになったのも事実だ。
何でも受け入れてくれる優しい彼、私が木島さんならそんな目には会わせないのに――そう思う自分もいる。
当時、付き合っていた潤輝はそういう人じゃなかった。
余裕がある時は愛想がよく、人懐っこい所もあったし、博学で一緒にいて楽しかった。
けど自分の思い通りにならないことや気に入らないところがあると決まって荒れる所がある。
その時だけは、私ですら怖かった。
だからと言って暴力を振るう人じゃなかったし、男子だから勝気なところがあって当然だと容認もできる。
だけど……。
「なぁ、有栖、今日こそいいだろ?」
「ごめんね、ジュンくん……もうじき大会があるから」
「またかよ……ボク達、付き合って一年以上になるだろ? どれだけお預け食らうんだよ……悠斗なんて何人の女子と遊んでいることやら」
もう少し言い方を変えてくれれば、私の気持ちも揺らぐのだろうけど……彼は必ず渡辺くんを引き合いに出してくる。
「本当にごめんね……もう少し落ち着いて気持ちの整理がついたらね」
「ちぇっ! もういいよ!」
彼は不貞腐れてしまった。
けど潤輝も、私の知らないところで中学の頃の同級生や後輩と関係を持っていると小耳に挟んだことがある。
きっと彼にそうさせてしまった私に原因があるし、そこは責められないと思った。
そして
潤輝は可笑しくなった。
きっと中田くんが配信動画で言っていた通り、順風満帆だった日常が覆され、その変わり果てる状況に順応できなかったせいだと思う。
これまでの立場が逆転し、潤輝は周囲から浮いた存在となり孤立した。
「……クズどもがぁ。ボクは違う、お前らなんかと違うんだ!」
「ジュンくん……」
私は不憫と感じ、ずっと傍に付き添っていた。
おかげで、私も浮いてしまったけど仕方ないと割り切る。
同時に、ミユキくんもこんな気持ちで学園生活を送っていたんだなっと思った。
そんな中、潤輝から学園を抜け出すことを提案され私は戸惑いながらも賛同する。
もし安全な場所で、二人で過ごせるのなら、今度こそ彼に全てを捧げる決心さえもしていた。
あの時、ミユキくんはずっと行方をくらませたまま……。
てっきり死んでしまったと思ったからの決意。
――だけど、私は潤輝に裏切られ、捨てられ
でも、ミユキくんと再会し彼に助けてもらった。
こうして人間に戻れたのは奇跡であり偶然かもしれない。
けど、それ以前に嬉しかった。
ミユキくんがバケモノになった私を受け入れてくれて、身を捧げてくれたこと。
普通はできることじゃない。
いいや、絶対に無理だと思う。
あの時、ミユキくんがどういう気持ちだったのかわからない。
涙をいっぱい流して、私を抱きしめてくれた。
正直、聞くのが怖い……。
でも、その後のミユキくんの言動や行動を傍で見ている限り、彼はお金を盗むような人じゃないのだけはわかる。
人の命を大事にして労われる、強く優しい気持ちがある。
だから余計に……私は気づいてしまった。
自分の本当の気持ち。
今更で遅すぎるけど……。
夜崎 弥之くん。
――キミのことが好きです。
だからどうか、私をミユキくんの傍にいさせください……。
──────────────────
次回より第二章が始まります!
この度のお話も触れますのでお楽しみに(^^)/
お読み頂きありがとうございます!
「面白い」「続きが気になる」と思ってもらえましたら、
どうか『★★★』と『フォロー』のご評価をお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます