第52話 凍る砂漠
急いでサジャルタの町に到着した真二郎たち。
だが、もう手遅れだった。到着が遅すぎた。
民家は凍り、逃げ遅れた氷像が至る所にある。中には人が閉じ込められ、苦悶の表情を浮かべていた。
空気は完全に冷え切り、ダイヤモンドダストが発生している。
幻想的な光景ではあるが、それを飾る装飾品はあまりにも冒涜的すぎる。
町の入り口近くに荷物を置き、抜剣して戦闘陣形を組む。
町の中央広場。たくさんの水が蓄えられたその場所で。
白く凍り付いた水面。中央で存在感を放つ氷塊。その頂点、赤く染まった先端に、黒い少女が立っている。
黒少女の周囲には、干からびてミイラのようになった恐らく町に住んでいた女の子たちの遺体が散らばっている。
真二郎たちの気配に気付いた少女は、首筋に口を付けていた若い女の子の遺体を優しく氷の上に横たえて振り返った。鋭く長い犬歯に血が滴っている。
口の周りと牙に付いた血を舐め取りながら、集まった顔ぶれをゆっくり観察する。
「あー、たくさん来ちゃったか。今、カナウ様は出払っているのに」
サラだ。
叶が所用で少し席を外した間に食事でもと考え、そこら辺から自分好みの死体を持ってきて血を吸っているときにこうして遭遇してしまった。
真二郎が鑑定で情報を見ようとしたが、当然のように妨害魔法を使っている。情報は渡さない。
すっと目を細め、真二郎だけを見つめる。
「勇者の仲間は一人かな。つまらない」
「なに?」
「もっと大勢来ると思ってた。カナウ様も、きっと残念に思うよ」
「さっきからカナウカナウって……まさか……」
真二郎は、聖が叶について話す前に王都を発ったため生きていることを知らない。
それでも、偶然にしては奇妙な名前の一致に不気味なものを感じていた。
武器を強く持ち直す。
目の前の敵が言う人物は気になるが、それ以上に戦意を昂ぶらせる。不確かな敵よりも、確実な仇が心に火をつける。
「吸血行為……ヴァンパイアか……」
突然送りつけられた一花たちの死体。
あの時、奏は血を抜かれて殺されていた。それで聖はヴァンパイアの仕業だと言っていたことを思い出す。
目の前の敵もヴァンパイア。奏を殺したのはこいつだと結論づけた。
実際には、殺したのはサラでなくイリスだが、そんなこと真二郎たちが知るよしもない。ただ仇だと信じて武器を向ける。
そして、真二郎はもう一つ昏い気持ちを内面に抱えていた。
(ヴァンパイアなら再生能力でそう簡単に死なない……永遠にいたぶり続けてやらぁ……! 殺してと懇願する姿が待ち遠しい)
ほくそ笑む。
悲しいかな、彼我の実力差が理解できていないからこその無謀な考え。レベル差を確認すれば、尻尾を巻いて逃げ出すことができただろうに。
尤も、逃げたところですぐに追いつき叶が戻ってくるまで足止めするつもりだが。
騎士たちも真二郎に続き、武器を構えて池を取り囲む。さすがにこれにはサラもため息を吐いた。
一対一ならともかく、一対複数の戦闘などサラは好きじゃない。そもそも戦闘向きではないサラは誰かと戦うことも億劫だった。
仕方なく口笛を吹くことにする。近場で食事中の友人を呼び戻す。
サラの口笛に応え、フレスベルグが民家を突き破ってサラの前に降り立った。
人の腸を嘴からこぼし、一体はサラに甘えるように頬をすり寄せ、もう一体は周囲の騎士たちを威嚇するように甲高い鳴き声を発している。
フレスベルグの頭を優しく撫でながら、冷たい目でサラが命じる。
「フレスベルグ。……ホワイトアウト」
瞬間、二体が飛び上がって両翼から猛吹雪を発生させた。
視界を純白で埋め付くす攻撃が騎士たちに直撃する。周囲の気温が急速に低下していく。
どうにか真二郎がハンマーを構えて防御する。
体の表面が一部凍り付くが、まだ充分動くことはできる。
「そんなものか! ならば勝てる!」
「粋がらないで。あなたがいるそこ、一番影響が少ない場所なのに」
「は? 何を……」
周囲を見て言葉を失う。
真二郎の近くにいた騎士たちはまだ無事だったが、少し離れると体の一部を失って痛みに悶える人たちが多い。足元に落ちて砕けた氷塊からは、肉の一部が転がり落ちていた。
それだけではない。サラの背後にいた騎士たちは完全に氷に閉ざされ、住民たちと同様苦悶の表情を浮かべている。
「な……っ! こんな……」
「うーん……この程度も防げないなんて。イリスが戦っていたらとっくに全滅してるよ」
足の震えが止まらない。
苦戦することがあっても自分たちの絶対有利は変わらないと信じていた真二郎の考えを、サラはたった一撃で、それも自分の力を使わずにへし折って見せた。
勝てない。殺される。
どこか楽観的だった真二郎はようやく認識した。自分たちに突きつけられているのは理不尽な現実だと。
それを理解したときにはもう遅い。
サラは自分の指を小さく切り、出血することで血を固めた。
五メートルは軽く超える斧を作り出すと、その見た目のどこにそんな力があるのか猛烈な速度で斧を回転させ始める。
「私も食後の運動しないと。さっ、どこからでもかかってきなさいな」
挑んでこいと手招きをするも、真二郎を始め騎士たちは微動だにもできなかった。
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