第45話 それぞれの未来へ

 レンとイリスに先に戻ると伝え、叶は一足先にトランシルバニア近くの渓谷まで飛んできていた。

 地面に降り立ち、フッと一息つく。胸に手を当て、拳を握り固めた。

 傷は完全に治り、闇も取り戻したがそれでもフォレアにやられた傷が痛む。屈辱に唇を噛みしめていると、ふと声が聞こえた。


「あー。こんな所に通じてたのか。最後の仕上げでくしゃみして座標の設定を間違えたからどこに行くのか怖くて入れなかったわ」


 そんなことを言いながら、壁面に穿たれた穴からアルマが歩いてくる。

 よく見ると、そこは叶がアビスから脱出した際に神殿の魔法陣から通じていた横穴。やはりあれもアルマの仕業だったかと思うとクスッと笑みが漏れた。

 穴を修復してダンジョンを隠しているアルマ。それが終わると、振り返って叶の肩に馴れ馴れしく手を置く。


「にしても、災難だったな。まさかあそこでフォレアに絡まれるとは」

「ほんとですよ。しかも、結構本気で私のこと殺そうとしてましたし」

「あはははは! 邪神のジョブを有している叶は半端な事じゃこの世界から追放できないからな! 力を削ごうとしたらああなるさ」


 何が面白いのか、お腹を抱えて目元に涙を浮かべて笑うアルマ。

 ひとしきり笑うと、指で涙を拭って叶の頭を数回軽く叩く。


「とまぁ、無事で良かったぜ。マジで一瞬焦ったわ」

「アルマ様が助けてくれたおかげです。これで二回も命を救われましたね」

「娘のピンチには駆けつけるのがイケてる大人ってやつさ。……っと、冗談はこのくらいにしておこうか」


 クックとアルマが嗤う。

 叶も、異質な気配が段々と近付いてきているのを感じていた。空の赤色がさらに濃くなっていく。

 遠くから雷鳴が聞こえてきた。竜の咆哮も轟いてくる。


「そういえばアルマ様。決して文句というわけではないのですが、登場が少し遅れましたよね。何か理由が?」

「まぁな。主の叶から許可はもらってないが、お客さんを新しい魔王城に招待させてもらったんだ」


 巨大な城が近付いてくる。

 ワイバーンに乗った不気味な騎士たちが周囲を飛び回り、精神に圧をかける空気を流しながら天を支配する城。

 城から数体のドラゴンが飛びだした。そのうち、最も強そうなドラゴンだけが地上に降り立ち、他のドラゴンたちは空中で城へと引き返していく。

 ドラゴンの背中から、甲冑を着た男が降り立った。

 男は、アルマの前で跪く。


「魔王レングラード。ただいま参りました」


 天帝の暗黒魔城。そして、それを支配するもう一人の魔王レングラード。

 ふと叶がアルマの横顔を見ると、今にも笑い出しそうなほどに目元を細めていた。


◆◆◆◆◆


 その頃。

 壊滅したアルカンレティアでは、聖とフォレアが向かい合っていた。

 誰も近付かないでと釘を刺し、完全に二人だけの空間を作っている。今からする話は他の誰にも、特に勇や蓮たちにだけは聞かれたくなかった。

 それはフォレア分かっており、ゆっくりと口を開く。


「それで、聖さんは私に聞きたいことがあるのですよね?」


 アルマにやられた傷を癒やしながら、そう問いかける。


「はい。……魔王になってしまった人を元に戻す方法。私は、それが知りたい」


 聖はまだ諦めていない。

 叶を闇から光に取り戻せると信じていた。フォレアが強行手段に出たため、一抹の不安はあるもののそれでもなお可能性を探る。

 聖の強い目を見て、フォレアは目を伏せた。


「魔王へと覚醒するために必須な黒煉の果実については、邪神たちが絶対に情報を漏らさないために私たちにも名前以外の詳細は分からないのです」

「そう、ですか……」

「はい。あれは、果実の力で魔王となっているのか、果実が食べた者の内側に眠るナニカを目覚めさせるトリガーになっているのか、果実を通じて邪神の力が流れているのかのどれかだとは思うのですが……」


 でも、と、フォレアは続けた。


「もし、邪神の力が流れているのなら可能性はあるでしょう」

「……え?」

「アルマ……あの燕尾服の男を倒すことができれば、もしかすると叶さんを闇から解放することができるかもしれません」


 その言葉に聖が拳を固めた。

 倒すべきは、魔王ではなくあの邪神。明確に自分の敵が分かった。

 聖がフォレアに頭を下げて部屋を出て行こうとする。その背中をフォレアが呼び止めた。


「これだけは言わせてください。聖さんには悪いと思いますが、私の使命はこの世界を守ることです。私もあいつを倒すために攻撃を仕掛けますが、見過ごせないと判断すれば容赦なく叶さんにも矢を向けます」

「そうはさせません。私と、私の友だちが全力で先にあの男を倒して見せます!」

「……我々神々に攻撃できるのは、同じく神々のジョブか、勇者。そして、魔王やスペースといったごく一部の特別なジョブを持つ者のみです。最後は聖さんと奴の一騎討ちも考えられますよ」

「覚悟は決めているので。そのくらいしないと、叶の懐には届かない!」


 強く言い放ち、聖が部屋を出て行く。

 途中で未玖と合流し、一緒になって馬に乗った。

 勇と蓮、そして勇と一緒に来たクラスメートたちは一足先に王都に向けて出発していた。そのため、これからの会話は未玖にしか聞かれない。


「ねぇ未玖」

「どうしたー?」

「私ね、考えがあるの。だから、先に話すから未玖に選んで欲しい」


 聖が自分の考えを話す。

 一通り聞き終えると、未玖は優しく笑った。笑顔でピースサインを浮かべる。


「私は聖に付いていくよ。それで、贖罪になるかは分からないけどね」

「未玖……ありがとう」


 自分を選んでくれた友だちに感謝し、前を向いた。

 王都に戻ればきちんと話す。聖の仲間は誰なのかを知るために。

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