48 名前
魔王がぱっと手を伸ばすと魔法陣から鋭い刃がいくつも放たれる。
オズワルドも同時に杖をかざすと大きな円盤が刃を受け止める。ぱきぱきと氷が割れるような音をたてながら円盤にひびが入っていく。
ひびを無理やりくっつけ、円盤を真っ直ぐ魔王に投げ付ける。蝶が舞い、円盤の動きを止める――が。
「——甘い」
その後ろから用意していた魔法陣を発動させた。
大小さまざまなツララだ。さらに、砕け散った円盤のカケラも動かして魔王の胴体へ当てにかかる。
蝶によって次々無効化されるも、とにかく数が多い。すり抜けたいくつかの攻撃は魔王の身体へ深々と突き刺さった。
「【攻撃魔法展開・炎・裂】!」
バツン――とあまり耳障りの良いとは言えない音が響く。
魔王はよろめいて自分の腹を見た。巨大な口に生えている牙は折れ、周りの肉は抉れている。大量の黒い血が溢れていた。
これごときで行動不能になるとは思えず、さらにオズワルドは魔法陣を床に連ねていく。
倒し方は知っている。当たり前だ。18年前、間近で死ぬ様を見たのだから。
——聖剣で首を斬る。
口にすれば単純な方法だ。
しかし、もはや不可能に近い方法である。
聖剣はちからを失い城の宝物庫に厳重に保管されているらしい。
勇者はもういない。その資格を持つものが生まれたという話も聞かない。
「聖剣と勇者の代理なんて、どう用意すればいいんだか……」
絶望を通り過ぎていっそ面倒な気分になりながらオズワルドは強く床を叩いた。
床に亀裂が入り魔王の足元へと延びていく。
溝に片足が取られ、がくりと姿勢を崩す。
その隙を見逃さずに亀裂を閉じた。
「……」
足を挟まれ動きを制限された魔王は、どうにか足を引き抜こうとするがうまくいかないようだった。力を籠めるほどに腹から血が大量に流れていく。
……首を刈り取るなら今だろう。
オズワルドは考える。
魔王という存在は一度は失われたいのちであり、元は人間(アクロ)だ。人間に近い人体構造をしている肉体ならば、首と胴体を切り離す攻撃が通るかもしれない。
だが、そうした場合――アクロはどうなる?
魔王とは別に彼女は生き延びるのか、それとも前世のちからとともに消えていくのか。
……重症を負わされていたので、すでに死んでいるということもあるだろう。
最悪の思考に行きつき、苦々しい顔をしながらオズワルドは杖を握り直す。
とにかく今は魔王退治だ。魔王を倒さなければ後のことは何もできないし、オズワルドの命も危うい。
まず強い光を明滅させ、一時的に視力を奪った隙に首を狙うことにした。上手くいかなければまた別の手段だ。
頭の中で術式を出す順番を考えながら最初の魔法陣を展開したときだった。
「■■■」
魔王がざらざらと呟く。
すると、胴体の抉れた部分がもこもこと蠢きだした。オズワルドは目を見開く。
失われた部分に生えてきたのは――触手であった。太さは成人男性の腕ぐらいか。
どう考えても先ほど食らった魔獣だろう。腹に入れたものを即座に肉体に反映することができるというのは厄介だ。
ヒト型の生き物の腹から触手が生えているのは控えめに言ってもグロデスクであった。
「……お前それ、流行らないだろ……」
異形の見た目に吐き気を催しながらも軽口をたたく。そうでもしないと正気でいられなかった。
魔王は新たに増えた自分のパーツをまじまじと観察した後、顔を上げた。
オズワルドの青い瞳と、魔王のきんいろの瞳がぶつかる。
ぞわりと本能的な恐怖を感じたのと同時に触手が伸びた。咄嗟に避けようとするが触手の方がはるかに早い。
「っ!」
魔獣の触手よりも細いためにしっかりとオズワルドの身体に巻きついていく。攻撃手段として認知されていたのか杖を叩き落された。
やすやすと宙づりにされ、足がぶらつく。
首に絡みついた触手が気管を圧迫するので呪文を唱えるどころか満足に息も出来なくなる。
爪を立ててもひっかき傷すら作れなかった。
「がっ……は、っく……」
ぎゅうと身体のあちこちを締め付けてくる。
かろうじて骨は折れていないが、それも時間の問題だろう。
触手は縮まっていき魔王とオズワルドの距離が一気に近くなる。魔王が腕を伸ばせば届くほどだ。
無表情で魔王は捕えた獲物を観察している。
「っんの……ぐ……」
息を吐くごとに胸のあたりが絞められていく。このままでは窒息だ。
だがもがいたところで拘束は外れてくれずいたずらに体力を奪っていくだけ。
狭まる視界の中、きんいろの奥に緑が見えた気がした。
それをきっかけにしてぶわりと記憶がよみがえる。
勇者の墓場。雨粒石。宝石糖。図書館。ばらけたページ。黒い蝶。購買。孤児院。魔力封じ。夢。植物園。紅茶。スズラン。ワイバーン。呪い。勇者信仰——。
……弟子。
「弟子にしてください」。
明るく、静かで、凛とした声色。
銀色の髪。緑の目。
名前は――。
「……アクロ!」
肺に残るすべての空気を使ってオズワルドは少女の名を叫んだ。
魔術の世界では名前は魂に結びつく重要なものだ。いつであったか、名前で呼んでくれと彼女はオズワルドに直接許可を出していた――。
途端。
はっと驚いたかのように。
魔王の表情が崩れる。
「せ■■んせ■?」
拙い言葉とともに、触手の拘束が緩んだ。
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