31 数百と数年の孤独

 ——それから数時間後。


「これを」


 と、ホリーがアクロに渡したのは青色のブローチだ。


「? ありがとうございます」

「そこの弟子が昔つけていた『魔力封じ』だよ。少しは抑えてくれるはずだ」

「……それ、旅に出る前に渡したものですよね。まだ持っていたんですか」

「物持ちがいいんだ、私は」


 アクロは黄色いリボンの真ん中に付けた。

 彼女ほどではないがオズワルドも強い魔力の持ち主なのでそれなりの働きはしてくれるはずだ。最も、暴走しないに限るが。

 ホリーから手紙を預かりながら、オズワルドは足元ではしゃぎまわる犬を視界に入れる。どうしてそんなに嬉しいのか不明だが、とにかく楽しそうに尻尾を振っていた。


「……師匠、今更ですけれどその犬はなんですか?」

「友人から貰ったんだ。甘えただが頭が良くてね、車椅子の私をよく助けてくれる。かわいいだろう?」

「そうですね」

「——使い魔でも作ると思ったかい?」

「別に」


 そっぽを向いたオズワルドにホリーは苦笑する。そのやり取りは親子のそれであった。


「じゃあお願いするね。いってらっしゃい――いい報告を待っている」

「はいはい」

「いってきます」


 馬車に乗り込む。

 服はふたりとも借り物だ。弟子たちが置いて行ったもので一番上等なものを着つけられている。どちらにしろ魔術師であることを証明するためにローブを着るから適当でいいと言ったらホリーに足を車輪で轢かれた。

 アクロはアクロで、住みこみでいる妹弟子や使用人に好きなように容姿をいじくられている。薄緑のワンピースを着せられ髪は後ろで編みこまれ、いかにもお嬢様といった出で立ちだ。


 彼女の銀髪に混じり気はない。本人の希望で、暴走時に黒へ染まった部分を切り落としたのだ。

 染色を試そうが、魔術で色を変えようが、無駄であった。黒から色は変わらなかった。

 今回は髪で良かったが、次は瞳の色が戻らなくなったらどうしよう――というのがアクロの目下の不安らしい。きんいろの瞳というのはオズワルドが知る限りいない。しかも魔王の瞳がきんいろということが伝わっているため、もし瞳が変容してしまったら相当マズいだろう。教会が調査に乗り出しかねない。

 勇者パーティのひとり、オズワルドが魔王の転生体と仲良くしているなどとバレたら大スキャンダルだ。本人は地位を取り上げられようが何をされようがどうでもいいが、周りに迷惑が掛かるのは良くない。

 力を封印する、というのが思考する中で真っ先に出てくるものの――魔力が強力であるほど封印の効果は薄れる。無理やりやれば出来るだろうが、力の持ち主たるアクロも眠りにつかせてしまいかねないので根本的な解決にはならない。


「……ルミリンナ、今まで魔力が暴走したことはなかったのか」

「ありますよ。生まれの家で小さいのが数回、それが原因で閉じ込められていました」

「令嬢だというのにずいぶんな扱いだな」

「分かるんですよ、理由は」


 恥ずかしそうにアクロは笑う。


「本当はわたし、殺される予定だったんです。当主と使用人の間に生まれた不義の子なので」

「……おう」


 いきなり重い話をぶっこまれたのでオズワルドは微妙な反応を取ることしかできない。


「だけど何回処分しようとしても、逆に魔力が暴走して周りを傷つけて大変とのことで、生かすことにしたようです。なので8歳になるまでは屋敷の中でずっと過ごしていました」

「それは……」


 今朝がた見た夢を思い出す。

 銀髪の幼い少女が本を読んでいた夢だ。あれはオズワルドが聞いた断片的な情報を繋ぎ合わせたものではなく、実際にアクロと共有していたということだろうか。

 魔力の波長が似ていたりすると稀にそのようなことが起こる。


「文字は教わったのでずーっと本を読んでいましたね。勇者の話とか暗記するほど読みました。魔王わたしが崩れた城でまどろんでいる間、あなた達はこんな冒険をしていたんだなあって」

「……」

「べつに寂しくはありませんでしたよ。魔王である時は200年も300年もひとりでしたから、それに比べればなんてことありません」


 幼い少女が、本だけを共にひとり閉じ込められていたことを『なんてことない』と言い放つのは――オズワルドになんともいえない感情を抱かせた。

 悲しいような、憐れむような、そんな感情を。


「魔王は魔王で、ルミリンナはルミリンナだ。身体も環境も違う。あまり――魔王の頃に引っ張られるな」

「……。はい」


 いま気付いたというようにアクロは薄く笑った。

 何百年も生きた経験からすれば、たかが17年あまりの人生など瞬きをするぐらいなのだろう。

 だがもう彼女は世界を蝕む存在ではない。生まれ変わってまで世界の悪意に晒されなくてもいいではないか、とオズワルドは思った。


「……そうか、でも理解は出来た。お前は人付き合いの経験が極端に少ないおかげで相手の心境を察したりコミュニケーションをすることが下手なんだな」


 そして飛び級ということはまともに同年代と触れ合っていない。

 小さな部屋の中で起きる小競り合いから社会性を学ぶというイベントを走り抜けてきてしまった。


「なんのことですか?」

「まさかお前、『見殺しにした』と言い放ったこと忘れているのか」

「あ……覚えてはいますよ」


 やはり何が悪いのかは分かっていないようだ。


「あまり人の命を軽視したことは口に出すな。反感を買いやすい話題だぞ」

「でもホリーさんはそうだって言っていました」

「……あの人だって、あんなはっきり突きつけられなければ話さなかったはずだ」

「どうしてですか?」


 困惑した表情をしてアクロは疑問を出す。


「どうして、悪いことを指摘してはいけないんですか? それが人間のルールでしょう?」

「難しいなあ……。哲学科に任せたい話題だ……」


 悩んだ様子でオズワルドは外を眺める。


「たしかに悪いことをすれば指摘されるべきだ。秩序とはそうあるべきであるから。だけどな、皆一様に悪いことを隠したがるんだよ。裁かれるのを、責立てられるのを恐れているから」

「……」

「だから、暴くのならば覚悟が必要だ。関係が悪化するのはもちろん、抵抗されるだろうし、暴力で黙らせようとする奴もいる。『あなたは悪い』と言いっぱなしでは済まないことのほうが多い」

「覚悟……」

「ルミリンナは思ったことをそのまま話してしまう。もしどうしても言いたいなら、オブラートに包むか状況を考えろ」

「状況?」

「殴られても殴り返せるような、自分に有利な場所で喋ろってこと」


 黙るという選択肢もあるが――初対面の高名な魔術師にあれだ。おそらく無理だろう。

 彼女の家族は苦労しただろうなと少しだけ同情した。


「分かりました」

「頼むぞ。特に今からは、気をつけてくれ」

「……キッサイカ家ですか?」

「ああ。ルミリンナが言っていた、『家族に見つからないように出した手紙』『なんらかの原因で震えた文字』――そこから推測するに、当主を訪ねてきた俺達は家族にとっては邪魔者でしかない」


 穏便にすませたいが、そううまく行くとも思えない。


「あの家は全員敵だと思ったほうがいい」 

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