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「アンタ意外と真面目だな……いや、わかってはいるんだがな? 暇潰しというか、時間潰しの仕方が……な?」


 俺の話を聞いた兵の一人がまたまた呆れたような声でそう言った。


「オレ自身はそんなつもりはないんだけどね……」


「それでも、わざわざ街の見回りをしているんだろう?」


「まぁ……それはね?」


 任務先で気になったことの確認に、深夜にわざわざ一人街に出て来ているわけだし、傍から見たら仕事熱心なんだと思うよな。


 まぁ……彼らは二番隊だし、良くも悪くも俺がどういう人間かは多少は知っているんだろうが、それでも仕事熱心に見えるのかな?


 単に丁度いい暇つぶしの方法が思いつかず、散歩がてら街に出てきただけに、彼らが言っていること自体は間違っていないんだが、あまり胸を張って頷くことが出来ないんだよな……。


「どうかしたのか?」


「……いや、なんでもない。それよりも……特に怪しいものは無いんだよね?」


 気まずさを誤魔化すわけじゃないが、改めてここ最近の彼らの任務の結果について訊ねることにした。


「ん? ……ああ、何も無いな。まあ……穴自体はもう春先に埋めていたし、ジグさんやフィオーラさんが直々に出向いて確認していたんだ。漏れは無いはずだぜ」


 彼は振り返って「なあ?」と言うと、同意を求められた兵たちも頷いている。


「何かの儀式をやっていた地下通路跡は念入りに浄化した上で埋めていった。もし魔物が大量に集まりでもしたらどうなるかはわからないが……領都の結界も健在だ。この間の北の森から押し寄せてきた魔物も結局到達する前に全滅させられただろう?」


「少なくとも、アンデッドを含む魔物絡みの問題は起きようが無いな。人間にしたって、昔と違ってコソコソ俺たちの目を掻い潜って何かを出来るような場所は無いしな」


「そりゃそっか……」


 彼らの話を聞いて、俺は頷いた。


「……皆も大変だね」


 と、呟きが漏れてしまった。


 恐らく何も起きないであろうことがわかっていながら、常に……とはいわないが、それでも一晩中警戒を続けなければいけないのは大変だろう。


 俺の言葉に、彼らは苦笑しながら肩を竦めている。


「まあ、確かにな。もっとも、オーギュストの旦那やリックの旦那もそのことはわかっているからこそ、交代制にしているんだろうな。もし雨季の間俺たちだけで見ておけ……何て言われたら、流石に酒くらい持ち込んでいたかもしれないな」


 そう言って笑っている。


「……団長たちが理解あって助かったね」


 冗談なのはわかっているが、今度はしっかりと突っ込んでおく。


 そして。


「それじゃー……この辺りオレがうろついていても問題ないかな?」


 彼らの話を聞いた限りじゃ、もうこの辺りに魔力を察知して発動するような仕掛けは無さそうだが……確認のためにそう訊ねると、一瞬不思議そうな顔をしたが、言っていることが理解出来たのかすぐに頷いた。


「あ? ああ……まあ、アンタなら転んで穴に落っこちるなんてこともないし、怪我することもないからな。恩恵品も加護も……なんなら魔法を使っても問題ないぜ。行くのか?」


「折角来たしね。それに、今以外だとあんまりじっくり見て回れないだろうし……いい機会だよ」


 雨が降っていようが止んでいようが、作業現場を昼間から俺がウロウロするのは、周りの者にも迷惑がかかるし避けておいた方がいいだろう。


 やるなら今だよな。


「そうか。アンタなら心配はいらないだろうが……何かあればデカい声なり魔法なりで知らせてくれ」


 俺はその言葉に「了解!」と返すと、彼らに別れを告げて小屋を後にした。


 ◇


 小屋を出た俺は、まずは孤児院があった場所を目指して飛んで行った。


 照明の魔法をかけた丸太が街灯代わりに所々の地面に突き刺してあって、夜中だとはいえ真っ暗なんてことはないが……流石に地面の凹凸までは照らせていないようだ。


 離れた場所からだと平に均されているように見えたが、まだまだまっ平になっているわけではなくて、浅い溝が何本も走っていた。


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「ポイポイ……っと。それから……」


 広範囲に渡って照明の魔法をばら撒いた俺は、今度はヘビの目も使った。


【妖精の瞳】に反応する物は何も無いし……地面に突き刺さっている照明と俺の魔法以外の魔力は見えないし、ヘビたちが何の反応もしないあたり、魔素の流れにもおかしいところは見当たらない。


「向こうの皆が言ってたように、もうこの辺は何もおかしなところは無いみたいだね……」


 俺は一度先程までいた小屋の方を見て、彼らの話を思い出した。


 少なくともこの辺に魔物の気配は無いし、地下通路があった場所も既に埋められている。


 特に警戒するようなこともなく、気楽に見て回ることが出来るだろう。


「まぁ……気楽に見て回れるのはいいんだけど、こうやって見て回ると結構な広さだよね。商業ギルドと冒険者ギルドがどうしようかって話してるのは知ってるけど……どうするかもう決まったんだっけ?」


 俺は教会の裏側の土地をボヤキながらウロウロと飛んで回っているが、建造物はもちろん人すらいないと、土地が広いだけに不気味さが際立ってしまう。


 雨季が明ければここの作業も再開するだろうし、さっさと土地均しを終えて、建設小屋でも何でもいいから建てて欲しいよな。


 また今度顔を合わせる機会でもあれば、ちょっと聞いてみようかな。


「……とりあえず、アッチ行ってみるか」


 一応以前孤児院が建っていた辺りは、既に整地が完了しているんだが……まだ慰霊碑は仕上がっていないようで、木の柵で囲ってはいるものの何も無い状態だ。


 行ったところで何かがあるってことは無いだろうが……それこそここまで来たんだし、見に行くぐらいはしておいた方がいいだろう。


 俺は「よし……」と頷くと、少し離れた場所にある孤児院跡に進路を向けた。


 ◇


「いやはや……地上も地下も見事に何にもないね。去年井戸の下に降りた時はあんなに禍々しい気配が漂ってたのに……」


 孤児院跡にやってきた俺は、孤児院や裏手の畑や井戸があった場所を順に見て回っている。


 ただ、アレだけ禍々しかったこの場所も、今では実にスッキリしている。


 人がいないだけに、むしろ街中よりもこの辺りの方が魔素が漂っていない分、空気は綺麗なのかもしれない。


 しかも、フィオーラが任されている慰霊碑が完成したら、それの効果でこの辺りはさらに空気が浄化されるんだよな?


 領都で一番清い場所になっちゃうんじゃないかな?


「なんだかなぁ……別に汚染されたままでいて欲しいわけじゃないんだけど、これだけ何の痕跡も無いと他所から来た人は何があったのかとかわかんないよな」


 複雑だ。


「複雑だけど……まぁ、ここが何かの役に立つならそれで十分か……」


 俺は「ふぅ……」と溜め息を一つ吐くと、【浮き玉】の高度を上げて孤児院跡を離れていった。


 ◇


 孤児院跡から離れた俺は、そのまま真っすぐ東門に飛んで行った。


 別に各門に挨拶をしようってわけじゃないが、普段から街の東側を警戒している彼らに、話を聞いておくのもいいと思う。


 東門はあまり他所からの商人が利用することは無いと思うが、一の森の開拓拠点に向かう商人たちがよく利用する場所だ。


 今までの任務で、何か気になるようなことでもあれば聞かせてもらいたい。


 ってことで、東門に到着した俺は詰め所に入ると、驚く兵たちに俺がやって来た理由を話して、彼らの返答を待っていた。


 数分ほど待っていると、兵の一人が代表して返事をしたんだが……。


「……何も無いの?」


 話を聞いて、思わず気の抜けた声を出してしまった。


 どうやらこれまでの任務の期間で、今俺が挙げたような怪しい点は何もなかったらしい。


 一の森に行くくらい抜け目がなくて気合いが入っている連中なんだし、捕らえられない程度に怪しいことの一つや二つはしていてもおかしくない……と踏んでいたんだが、違ったらしい。


 俺が驚いた表情を浮かべていると、兵の一人が苦笑しながら説明を始めた。

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