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中央広場から再度飛び立った俺は、今度は教会周辺にやって来た。
昔は孤児院やらボロ小屋やら色々建っていたこの辺りだが、孤児院の地下にあった穴を埋めるための資材とかが見当たらないのは、使い切ったのか、それとも雨を避けるために移動させたのか……。
どっちにせよ、今は教会と作業用の小屋のみで随分と寂しくなってしまっている。
事故防止のためか防犯のためなのかはわからないが、照明が設置されているだけに、周囲の光景がよく見えてより一層寂れて見えた。
「……これだけ見晴らしがいいのなら身を隠せるような場所はないし、怪しい奴がうろついたり……なんてことは無いかな?」
それ自体は喜ばしいことなんだが……なんというか、怪しかった場所がこうもさっぱりしてしまうと、自分が育った場所なだけにちょっと寂しさというかなんというか……。
昔を知っているだけに、その変わりように何とも言い難い気分になっていたが……ふと教会の裏手にある作業用の小屋に、それなりに腕の立つ者たちの気配を感じた。
教会にもそこの職員の気配がいくつかあるが、能力的に考えて明らかに別のグループだろう。
となると……?
「……五人か六人かな? 明かりもついてるしアレだけの人数で潜んでいる……なんてこともないだろうし、作業員かなにかかな? それにしては強すぎる気もするけど……リアーナだしね。行ってみるか」
ここで考えていても埒が明かないし、ここはもう乗り込んでしまった方が早いだろう。
手持ちの戦闘用の恩恵品は【影の剣】だけだし、戦闘を行うには大分物足りないが……何も敵地に乗り込むわけじゃない。
【風の衣】もあるし、これだけで十分だろう。
念のために【影の剣】の発動と解除を数度繰り返した俺は、一つ息を吐くと、人の気配がある小屋に向かって静かに飛んで行った。
◇
「中で照明は使っているみたいだけど、外まで明かりが漏れていないね。……暗幕でも引いてるのかな?」
小屋のすぐ手前までやってきた俺は、窓の隙間から微かに光が覗いていることに気付いた。
加えて、雨音と【風の衣】で大分軽減されているが、中から楽しげな様子の声も聞こえてくる。
これなら少なくとも賊ってことはないだろうし、戦闘になるようなこともないだろう。
それなら……と、俺は小屋のドアの前に行くとトントンとノックをした。
中の声が一瞬でピタッと止まったかと思うと、ゆっくりとドアが開いて行った。
「……副長かよ。何かと思ったぜ」
中に入った俺を見た一人が、ホッとしたような声でそう呟いた。
俺に対しての口の利き方と、何より顔に覚えがあることから、彼が二番隊の兵であることが分かった。
「お疲れ様……何してんの?」
彼に挨拶をしながら彼の脇から中の様子を窺ったが、イスとテーブルが何セットかあるのはわかったが、丁度死角になっていて他の者たちの姿は見えないでいる。
「見てわかんねぇか? 工事現場の警備だよ」
彼はそう言うと、俺を中に招くように横に下がった。
お陰で中の様子がよく見えるんだが。
「……とてもじゃないけど警備をしているようには見えないよ? 遊んでんの?」
四人の男たちが、カードを手にして一つのテーブルを囲むようしている。
少なくとも警備の兵が見せる姿ではない。
そう伝えると、テーブルを囲んでいた一人の男が「そんなことないぞ」と口を開いた。
「俺たちの役割はこの場に止まって、異変が起きないかどうかを観察することだ。要は、朝まで何が起きたかを記録することだな」
「魔導士たちが綺麗に処理したし、後は地下の大穴を埋めるだけなんだが、残念ながらこの雨でその作業は中断しているんだ。今更ココに何かを仕掛けるような者は残っちゃいないだろうが……地下で何かが起きるって可能性もゼロじゃないそうだからな。何か起きた時にすぐに見つけられるようにココに詰めているんだ」
彼の説明に合点が行き、俺は小屋の中を見回しながら「なるほどねぇ……」と頷いていた。
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彼らが囲んでいるテーブルにはカードが広げられているが、小屋の中を見回してみれば、棚にはボードゲームだとか、ダーツだとか……ちょっとした暇潰しの遊具が何種類も用意されている。
ただし、どこにも酒は見当たらない。
その辺の線引きはしっかりと出来ているようだ。
小屋の中をキョロキョロしている俺を見て、兵の一人が「な?」と肩を竦めている。
……こいつら、もしかしたら仕事中でも酒を飲みたいのか?
そう睨んでいると、悪びれもせずに話を続けてきた。
「夜は俺たちだが……昼間は作業の監督も兼ねて、一番隊が詰めているんだ。まあ、今は作業自体は止まっているがな? 変なモン持ち込んでいたら、アイツらに処分されちまうんだよ」
「……それは一番隊を褒めておかないとね。んで、冗談はこれくらいとして、皆は普段からココに詰めてるってことでいいのかな?」
ちゃんと任務中にやったらダメたってことはわかっているみたいだし、わざわざ突っ込んだりはしなくていいだろう。
それよりも、彼らの話を聞かないとな。
「昼間に入る一番隊は決まっているが……俺たちはその時その時で都合の合うものが入っているな。二班で入って、定時に外を見て回って……そんな感じだ」
「まぁ……泊まりの仕事だしね」
俺が目の前の兵の話に頷いていると、テーブルにもたれかかっている別の兵がさらに続けてきた。
「見回りだけなら遮蔽物もないし一班だけで十分なんだが……場所が場所だ。アンタも参加してたし、警戒している理由もわかるだろう?」
彼の言葉に「そうだね」と頷いた。
ここが単に魔物と戦闘があったってだけなら、地面諸共しっかりと焼き払ってしまえばそれでお終いなんだが、魔素と薬品由来のアンデッドとの戦闘だったからな。
しかも、ここには教会勢力の謎の儀式跡があったり……。
フィオーラがしっかりと処理したし、もう大丈夫だとお墨付きも得てはいるが、それでもアレだけのことがあった場所だ。
万が一に備えて余力を持たせておくのは理解出来る。
「何か怪しいものがあったりとかはした?」
「何もねぇな。気になるんならそこに提出用とは別に記している日誌があるぜ? 見ていくか?」
彼はそう言うと、棚の上にポンと置かれたファイルを指した。
提出用ではないって言ってるし、ここの業務連絡とか引継ぎ用のファイルなんだろう。
怪しいものは何も無いって言っているし……わざわざ見る必要は無いな。
俺が「見なくていい」と首を横に振ると、また別の一人が不思議そうな表情を浮かべたかと思うと、「姫さん」と口を開いた。
「なに?」
「アンタ、何しに来たんだ? ここ最近アレクの旦那が街から離れているし、その間の様子でも見てこいって言われて来たのかと思ったんだが……違うのか?」
その彼の言葉に、他の兵たちも頷いている。
今まで一度も姿を見せたことが無い俺が、このタイミングで急に現れた……となると、何か理由があってのことだと考えてもおかしくない。
昼間ならともかく、こんな深夜だしむしろそう考える方が自然だろう。
だが。
「いや……ちょっと今日は昼寝をし過ぎて目が覚めちゃったんだよね」
だんだん気まずくなってくるが、それでもしっかり答えると、兵たちが揃って呆れたような表情を浮かべた。
「まあ……アンタは雨も水溜まりも関係無いしな。たとえ何かが起きても切り抜けられるだけの腕はあるし、気分転換に外をうろつくってのもわからなくもないが……」
「なんでまたこんな何も無い場所に来たんだ? 冒険者ギルドや騎士団の詰め所や本部にならまだ人がいるだろう?」
呆れながらも不思議そうな表情で訊ねてくる彼らに、北の拠点内で住民の視線の死角で、怪しい連中が取引をしていたかもしれなかったことと、領都で死角について考えたことが無かったことを踏まえて、人気のない今の時間帯ならゆっくり見て回れそうだ……と、俺はここまでやって来た理由を簡単に話すことにした。
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