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ジグハルトの話を聞いて、オオカミたちの行動を思い返してみた。
最初に倒した一体は、突如違う方向に向かって逃げて行ったが、アレは実は逃げるんじゃなくて俺を引き離そうとしていたんだろうか?
それならあの往生際の悪さと言うか、必死さも理解出来るな。
んで……こっちの草原で倒した二体。
妙に三本足を庇っていると思ったが……アレはそういうことか?
「その顔を見る限りじゃ……思い当たる節でもあるか?」
「うん……そう言われたらしっくりくるかな……? 家族だったかぁ……」
最後の三本足の行動を思い出して、もしかして俺は相当ひどいことをやっていたんじゃないか……と、一瞬考えたが。
「まぁ……森の奥に引っ込んでたらよかったのにわざわざ街道に出てきたからね」
森の中を調べていた俺たちではなくて、街道周辺の調査をしていたジグハルト隊の前に出て、尚且つ何度も引き下がる機会があったのに、そのこと如くを無視して襲って来たんだ。
気の毒だとは思うが、俺が気に病むようなことではないな。
「しゃーないしゃーない……」と頷いていると、ジグハルトが同じような口調で続けてきた。
「……まあな。俺もすぐに気付けたが……あのレベルの魔獣なら、俺よりも先にこちらに気付けていたはずだ。森の奥にいた時に逃げるって手を打てたんだろうが、奴らも群れを作っている以上は戦いもせずに退くってことは出来なかったんだろう」
「あぁ……魔物も大変だねぇ」
何時だったか教えてもらったことだが、魔物も群れを維持するためにボスはメンツだったり威厳だったりを保たないといけないそうだ。
いくらジグハルトよりも先に気付いて、尚且つ勝てない相手だとわかっても、何もしないうちに逃げることは出来なかったんだろう。
それに……だ。
「オレが裏に回り込んでたからってのもあったかな?」
「それもあっただろうな。戦闘に入るまで警戒の外にいたんだろう? 不意を突かれて退路も断たれたな。お陰で面倒な群れを潰すことは出来た」
そう言うと、こちらを見てニヤッと笑う。
だが、すぐに表情を引き締めると、すぐ側に転がっているオオカミとは別の死体を指した。
「アレはなんだ? わざわざ持って来たにしてはただの魔物のようだが……何か気になる点でもあったのか?」
俺が森で仕留めて、ここまで運んで来たサルの死体だな。
ジグハルトが言うように、それだけを見たらただの魔物に過ぎないんだが。
「アレはさ、森に潜んでいた魔物の群れの指揮をしていたみたいなんだよね。上手く仕留めることが出来たから持って来たんだ」
「なるほどな……。お前が合流する少し前に、向こうの魔物の動きが変わったり、森に潜んでいた魔物たちが逃げて行ったのはソレか」
あまり実感することは出来なかったが、それなりに効果はあったのかもしれない。
俺は「そうかも」と答えると、ジグハルトはまた笑いだした。
◇
さて、オオカミや魔物たちの話をしている俺たちだったが、別にここでお喋りだけをしているわけじゃない。
魔境のすぐ側だし、大量の魔物が動いたばかりなだけあって油断は出来ず。ジグハルトは時折魔物の処理の準備をしている兵たちに指示を出すし、俺も上空に上がって周囲の様子を探ったりもしている。
ってことで、何度か話は中断されたが、それも終わってお喋りを再開することにした。
「しかし……逃げた魔物の群れがいるか」
「うん?」
「お前の存在を知った魔物が、奥に引き返したってことだ。一応指揮役は仕留めたみたいだが……」
ジグハルトはそこで口を閉ざすと、側に転がるオオカミの死体に視線を向けた。
「直接戦う姿を見せたりはしてないけど……気配は覚えられたかもね。それがどうかした?」
「群れの中で目立った力を持つ魔獣は、コイツら三体だけだったが……それで全てかどうかだな」
「……む」
「とりあえず……こちらは俺たちが片付けるから、お前はアレクたちの方に合流した方がいいかもな」
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「えーと……あぁ、こっちは結構木の上に生物がいるんだね。それなら……地上に下りるか」
北の森の上空を移動していたが、一の森と違ってチラホラと樹上にも生物の気配が見えた。
森の中よりも上空を飛ぶ方が速度は出せるが、下手に刺激を与えたくないし大人しく地上を移動することにした。
だが、下りる前に。
「えーと……あの方角だね。移動はしていないし異変も起きてない……かな?」
アレクが率いる隊の拠点の位置と状況を確認することにした。
相変わらず煙は一本で森の外にいた時から変わっていないし、まぁ……こっちは順調なんだろうな。
向こうの状況を報告したら、こっちで適当にアレクの指示を聞きながらのんびりするのもいいだろう。
「よし……それじゃー、下りるか」
大まかな森の状況を把握した俺は、樹上の魔物を引っかけないように気を付けながら、地上に降りて行った。
◇
地上に降りて森の中に入り込んだ俺は、樹上はもちろん地上をうろついている魔物たちにも気を付けながら、拠点があるであろう位置に向かって飛んでいた。
北の森も一の森ほどではないが、積極的に襲ってくるような素振りは見せないものの、意外と地上にも魔物の気配がある。
ただ、この辺りで戦闘が行われた様子は無いんだよな。
上手く避けているのか、今のように魔物側が近づいて来ようとしないのか……。
「おっと……? アレかな?」
慎重に森の中を移動していると、拠点とそこに集まっている兵たちの姿が目に入った。
拠点と言ってもシンプルなもので、大きな木陰に篝火をたいて、その周辺を防壁代わりの数本重ねた丸太で囲んでいるが、戦闘用ではなくてあくまで連絡用の集合地点といった感じだ。
アレクや他の兵たちの姿は見えないから、そこで待機している兵たちはアレクが率いる本隊から分かれて、こちらの拠点に下がって来ているんだろうが、ジグハルトの班で後方に下がっていた連中と違って負傷しているようには見えない。
拠点を維持するためにいるのかな……?
色々疑問が頭に浮かび上がるが、一先ず彼らの下に向かうことにした。
「副長?」
「外でバカでかい音が何度かしたが……アンタが来たってことは戦闘は終わったのか?」
口々に色々訊ねてくる兵たちを手で制すると、簡単にだが外の様子を説明することにした。
「外の戦闘は終わったよ。ちょっと手強い魔物が出てきたりはしたけど……とりあえず問題無く終わらすことが出来たね。今は戦闘の後処理をしているんだけど……こっちはどうなってるの? 上から見た感じ魔物は結構いるみたいだけど……戦闘の気配は無いんだよね」
「一通り見て回ったが、目立った異変は無かったな。今は隊長たちは北の拠点と森の大穴を調べに向かっている。この辺りには何も無かったが……まだあの辺りは見れていないからな」
「まだそっちは見てなかったの?」
「ああ。あの辺りから南に向かって移動して来たからな。森の奥に向かっては調べていなかったんだ。今隊長たちがいるのはあの辺りだ」
兵の一人がそう言うと、北の拠点がある辺りから大穴がある辺りに向かって線を引くように腕を動かした。
アレクたちはその周辺を調べているのか。
「何か見つかりそう?」
「わからん。アンタが率いていた兵たちも合流したし、戦力面では問題無いはずだが……あの辺りは地下に通路が広がっているんだろう? そこに逃げ込まれたら面倒だからな……」
「ふーん……」
どうも本当に何かがいるとは思っていない感じだな。
要は北の拠点が安全かどうかを確認したいんだろうな。
「ここは皆だけで大丈夫そうかな?」
「ああ。魔物がうろついてはいるが……何度かこの辺りの魔物の群れを片付けたし、今更襲ってくるようなことは無さそうだ。俺たちだけで充分維持出来る。アンタがいたら魔物の見逃しは減るだろうしな。隊長たちの支援を頼めるか?」
「うん。任せてよ」
俺はそう伝えると、アレクたちがいる方向に向かって【浮き玉】を発進させた。
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