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「あー…………よしっ!」
気合いを入れると、俺はベッドの上で跳ね起きた。
「まだ外は……暗くはなってないのかな? でも、頭はスッキリしてるし、熟睡出来ていたみたいだね」
ベッドから下りようと一歩踏み出したが、右足の痛みに顔をしかめながら座り込んでしまった。
「あいたたたっ……。まだ治ってはいないか。ここ最近ちょこちょこ【祈り】を使ってたし、そろそろ痛みがひいたかな……とか思ってたんだけどね。まだまだか……」
ポーションだったり魔法だったり加護だったり。
体の治癒能力以外の方法で治すのは、今の俺にとってあまりいいことではないと言われたから、【祈り】を使っていなかったんだが、ここ数日はちょっと面倒な魔物との戦闘が続いていたから、俺の判断で【祈り】を使っていたんだよな。
それで足も治る……まではいかなくても、回復が進んでいたりしないかな……とチラッと考えていたんだが、そんなことはなかったな。
まぁ、それならそれで良しだ。
「よいしょっと……」
俺は改めて立ち上がると、ベッドから下りて【浮き玉】に乗り込んだ。
そして、移動する前に向こうの部屋の様子を軽く探ってみる。
「うーん……と? 向こうは二人と使用人たちだけか……。皆はまだ職場にいるのかな?」
寝室の向こうでは、セリアーナとエレナの気配はあるが、他のメンバーはいないようだ。
ついでに、ミネアさんも自室に戻ったのか、部屋からいなくなっている。
折角睡眠をとって頭をスッキリさせたんだし、もう少し話を続けてみるのもアリかな……と思ったんだが、今日はアレで終わりみたいだな。
さて……それならどうするか。
そんなことを考えながら、俺は隣室に向かって行った。
◇
「起きたのね。疲れは取れたかしら?」
姿を見せた俺に、セリアーナは机から顔を上げずにそう言ってきた。
「うん。しっかり休めたよ。……セリア様とエレナはお仕事?」
セリアーナは自分の執務机で、エレナは応接用の机の上でそれぞれ手紙を書いたりしている。
仕事というよりは、いつもやっている雨季の雑務の片付けかな?
「今日届いた分の返事を書いているのよ。お前の分も届いているけれど?」
セリアーナは、笑いながら机の隅に置かれた手紙の束を指差した。
二十か三十通ほどあるが、どうやらアレが俺宛ての手紙らしい。
「あぁ……それはいつも通りに……」
文章はテレサに任せて俺はサインのみだ。
少々気まずくなった俺は、話題を変えるように「それよりもっ!」と切り出した。
「テレサとかフィオさんはまだ仕事なのかな?」
「そのはずよ。何か用でもあるの?」
「用ってほどじゃないけどね。ちょっと昼食の時の話の意見を聞きに行こうかなと思ってさ」
「ああ……。テレサはわからないけれど、フィオーラなら下の研究所にいるわ。オーギュストたちが持ち帰った積み荷の検査もあるし、あまり暇は無いだろうし、邪魔をしちゃ駄目よ」
「む……了解」
今日は行くのを止めた方がいいかなと一瞬考えもしたが、まぁ……行くだけ行って忙しそうなら帰ってきたらいいか……と考え直すと、俺は使用人たちに挨拶をして、部屋を後にした。
◇
今朝と同じルートを辿って地下研究所に向かっているが、相変わらず今日は屋敷に兵以外の気配が多い気がする。
それと同時に、地下通路を通っているとすれ違う兵の数もだ。
ただ、兵の数が多いことはともかく、兵以外の者の数が増えているのは何となく理解出来た。
三番隊がどうこうって情報は昨晩か今朝早くに外に伝わって、知った者たちがその情報の真偽や詳細を聞きに来ているんだろう。
コレを狙って使用人たちを部屋から外さなかったのなら、上手いことセリアーナの狙い通りにことが運んでいるんだろうけれど、それでどうなるのかだよな。
「まぁ、それも聞いてみるか。オレよりは色んな見方が出来るだろうしね」
俺は「うむうむ」と一人頷きながら、フィオーラがいる研究所に向かった。
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「……思ったより忙しくなさそうだね? 色々積み荷が届いたと思うんだけど」
屋敷や前の地下通路の人の多さに比べると、こちらは思ったよりもバタついていないし、部屋の中に荷物が溢れているなんてこともなかった。
色々分析するような物ばかりだし、てっきりこっちに運び込まれているかと思っていたんだが……どうしたんだろう?
そう話しながら隣に立つフィオーラに顔を向けた。
部屋のドアをノックした時に出迎えたのはフィオーラだったんだが、よくよく考えると、それも忙しいんなら変な話ではある。
普段だと手の空いた職員が中に入れてくれるんだが、フィオーラは大体忙しそうにしているからな。
俺の視線に気付いたフィオーラは、肩を竦めながら答えた。
「貴女も今日領都に運び込まれた物がどんな代物か、少しは知っているでしょう? ここに届くのは、先に外の訓練場である程度検査をしてからになるそうよ」
そう言うと、残念そうに「はあ……」と溜め息を吐いた。
この様子だと、フィオーラは自分で色々調べたかったのかもしれないが、確かに彼女が言うように、魔物を呼び寄せたりするような薬品だったり、動けないように四肢を切断したアンデッドだったりを、地下とは言え領主の屋敷に運び込むのはストップがかかるよな。
「私が直接出向いても良かったんだけれど、設備の問題もあるものね。とりあえず、問題が無い物がいくつか運び込まれているし、今日のところはそれの検査だけよ」
「アンデッドとかも一緒だったし、街道でも魔物を引き寄せた原因があの荷物だったかもしれないからね」
俺も一緒に頷くと、フィオーラはもう一度溜め息を吐いた。
そして、こちらを見る。
「それで、どうしたの? 今話したように、まだここには目新しい情報は無いわよ」
「あぁ……それもちょっと気になってたけど、違う用だよ。フィオさんに少し相談があったんだ。忙しそうだったら後にするつもりだったんだけど……」
俺はそう言うと、研究所内を見回した。
魔物の素材の解析だったり研究だったり、ポーション類や何かの薬品の製作だったりと、ここではやることはいくらでもあるだろうし、暇ってことは無いだろうが、それでも忙しいって様子は感じられない。
「大丈夫かな?」
「一応いつ運び込まれても大丈夫なように、今日の作業量は調整しているから、私が抜けるくらい問題無いし構わないわよ。私の部屋でいいわね?」
フィオーラはそう言うと、作業をしている職員たちにいくつかの指示を出して、奥にある彼女の部屋に歩いて行った。
◇
フィオーラの部屋にやってきた俺は、一先ず今日の昼食時の出来事を彼女に話すことにした。
俺と違ってフィオーラは、三番隊の設立が割と現実な話になっていることを知っていたようで、さほど驚いたりはせずに黙って話を聞いていた。
そして、一通り話を終えると。
「妥当なところね。特に今回の件は、西側の策の影響もあったでしょうけれど、それ以上に魔境側の問題も大きいもの。この辺りがリアーナ領に組み込まれて数年経つわね。本格的な探索と調査が行われるようになったけれど、今回のように未知の魔物が魔境とこちら側を行き来して、他の魔物と連携をとるだなんて初めてのことでしょう?」
「そうみたいだね。団長とかも驚いてたし……」
「確認されたのが初めてというだけで、以前から行われていたのかもしれないけれど……まあ、オーギュストだけじゃなくて、上の皆も随分驚いていたわよ」
フィオーラは指を上に向けてそう言った。
「旦那様たちも?」
「ええ。それと、領地の開拓の予定が狂ってしまいかねないことに、頭を抱えていたわ」
そう言って、おかしそうに笑っている。
頭を抱えてってのは大袈裟な表現なのかもしれないが、どうやら困っているのは本当らしいな。
俺は「ふむふむ」と頷いて続きを促した。
「既存の騎士団の編成では対処が間に合わなくなるかもしれない……。だから、雨季の間だけとか季節を問わずに、魔境や領内の東側の調査と対処を行う部隊を検討することになったの」
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