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「それ……とな?」


 フィオーラの言葉に、俺は首を傾げた。


【風の衣】を破ることはなかったが、いきなり魔法を撃ち込んできたことと関係があるんだろうか?

 ……地味に、テレサを始め皆が何も言わないことも気になる。


 フィオーラの次の言葉を待っていると、笑いながら俺の足……右足を指した。


「そう。貴女、右足で何をするの?」


「…………っ!? 言われてみたら確かに!!」


 無意識のうちに、いつものように右足でさっきの魔法を防ごうとしていた。

【緋蜂の針】で蹴り落すことを考えてのことなんだが……右足でそうしようとしたのは我ながら驚きだ。


「急に左右の足を逆に扱うことになったんだし、不意を突かれたらいつもと同じ動作をしてしまうのも無理はないけれど、覚えておくといいわね」


「むぅ……」


 いやはや、うっかりだ。


 やはり何年も右足で戦っていたからだろうか?

 本当に全くの無意識で、右足を動かしていた。


 自分の右足をつつきながら「参ったな」と考えていると、その俺を放置してセリアーナたちが何やら会議を始めだした。


「……【風の衣】がある以上、そこまで警戒する必要は無いでしょうけれど、どうしたらいいのかしら?」


「矯正するのが一番なのでしょうが、流石に出発までの時間が無さすぎますからね。このままでもいいんじゃないでしょうか? セリア様が仰ったように、【風の衣】を抜かれるような事態は、今回の任務ではまずないでしょう?」


「そうね。つい無意識に右足を使おうとしてしまう……。そのことをセラが自覚出来ただけでも上出来じゃないかしら?」


 そんなことを言いながら、三人はこちらを見る。


「お前も聞いていたわね?」


「聞こえてたよ。【緋蜂の針】を着けてるのは左足だってことを忘れるなって言いたいんでしょ? まぁ……大丈夫だよ。今身をもって実感したからね」


 気を付けないと右足が出る……それがわかりさえしたら、後は気を付ければいいだけのこと。


 俺は「大丈夫」と頷いた。


「それは結構。とは言え……もう少し動きを慣らした方がいいわね。付き合ってあげるから、【風の衣】を解除しなさい」


 そう言うと、セリアーナだけじゃなくてエレナたちもこちらにやって来る。


 手伝うと言ったが木剣を取りに行くわけでもないし、多分威力の低い風の魔法をポンポン撃って来るんだろう。


 火や土、水の魔法と違って、風は肉眼じゃほぼ見えないし、ヘビの目も併用する必要がある。

 これはちょっと、気合いを入れないといけないが、訓練には丁度いいだろう。


「りょーかい!」


 と、大きな声で返事をした。


 ◇


 あの後約2時間ほどの訓練が続いた。


 俺以外は汗をかくほど動いてはいなかったが、土埃をまき散らしたりをしていたので、皆で地下訓練所に併設されているシャワー室を使い、サッパリとしている。


 シャワー室はお茶を飲めるスペースもあるが、こちらの方が落ち着くからと、セリアーナの部屋に戻って優雅にお茶を飲んでいる。

 俺以外は。


「……あちこち痛い気がする」


 ソファーに寝転がりながらそう呟くと、セリアーナは「気のせいでしょう」と笑っている。


「そうかなー……」


「威力は相当抑えましたからね。それに、始めは防ぎきれていませんでしたが、最後の方はほぼ全ての魔法を、防ぐか躱すか出来ていましたよ」


 俺のぼやきに、テレサが宥めるように続いた。


 地下訓練所で行われた、魔法を防ぐ訓練。


 確かに威力は大したことが無かった気がするが、ポコポコと何度も風の弾が命中しては、その都度体ごと弾かれていたから、実際の威力以上に衝撃があったのかもしれない。


 とは言え、その訓練の甲斐あってか、テレサが言うように最後の方はほとんど防ぐことが出来ていた。


 ヘビの目を使いながら慣れない左足を前に出した構えで、それだけ動けたんだ。

 完璧とは言わないが、出発前の訓練としては十分な成果だろう。


「【祈り】は使う訳にはいかないし、今日はもうこのまま寝転がっておきなさい」


「はーい」


 返事をした俺は、そのままクッションに顔をうずめた。


1383


「失礼します。姫、明日以降の予定を伝えに参りました」


 部屋に入ってきたテレサが、資料を片手に俺たちの前にやって来た。


 夕食後、俺たちは毎度のようにセリアーナの部屋に集まっていたが、テレサは用があるからとどこかに行っていたんだが……下の騎士団本部に行っていたみたいだな。


 よくよく考えると俺は今回の件について、明日の朝から出発するってことと、領地の北部に出向くってこと以外はほとんど何も知らないんだよな。


 一応隊長という肩書はあるが、直接指揮を執るとかそんなことはないだろう。


 1番隊と2番隊がそれぞれ仕事をして、取りまとめ役は冒険者が行う。

 一方俺は、必要なら隊長として顔を出しはするが、毎晩領都に帰還するし……ほとんどお飾りみたいなもんだ。


 それに、そもそも調査隊の派遣が決定してから出発までの期間も無さ過ぎたし、隊長として恰好が付く程度の備えをするだけで十分かな……と思っていたんだが、まぁ……情報を知っておくのは悪くは無いか。


 俺はセリアーナたちと共に、テレサから渡された資料を見ながら彼女の説明を聞くことにした。


 ◇


 テレサの説明は、基本的には俺が知っていることと同じだった。

 強いて言うなら、出発時刻や隊員名など、もう少し具体的になったくらいだろうか?


 だが、資料にはもう少し詳しく書かれている。

 ただ……。


「結構いい加減……と言ったらいいのかな? あんまり詳しいことは決まらなかったんだね」


「そうね……十数人もの隊員が滞在出来る場所ともなれば、ある程度は限られているけれど、そこは決めなくていいのかしら?」


 説明がひと段落ついたところで、俺は資料を読んで湧いた疑問を口にした。


 初日の明日こそ具体的に書かれているが、それ以外は時刻はもちろんだが、滞在先の街や村すら空欄になっている。

 北の森の側にはいくつかの拠点があって、そのどれかに滞在するんだろう……ってのは間違いないんだが、そこは決めなくていいんだろうか?

 どこからでも、北の森の調査には出ることが出来るし、別にどこでも構わないと言えば構わないんだが……。


 俺たちの視線を受け止めると、テレサは小さく頷いて口を開いた。


「はっ。そこは下でも議論が重ねられたそうです。ですが、賊の協力者がどこにいるかもわからない以上は、細かく決めることで動きを狭めてしまわないか……という意見が出たようです。こちらから間に合うように伝令を送る時間はありませんし、状況に応じて動くか止まるかを判断することになりました」


「……そうなると1番隊の役割も重要になって来るわね」


「ええ。リック隊長が直々に指示を与えていました。それと……」


 テレサは俺に視線を向けた。


「む?」


「元々、帰還した姫から外の状況を伺う予定でしたが、拠点の調査を行っている1番隊の兵からの情報も運んで欲しいそうです。状況に応じて、こちら側から移動先を指示する可能性もあります。よろしいですか?」


「うん。両方に対しての伝令役は、元から引き受けるつもりだしね」


「ありがとうございます。お伝えすることは以上です」


「ご苦労だったわね。貴女もかけなさい」


 セリアーナの言葉にテレサは短く返事をすると、ソファーの空いたスペースに座った。

 いつも通りこのまま皆でお喋りをするんだろうが……。


「オレはそろそろ休ませてもらうよ。明日早いしね」


 俺はお先に退散させて貰おう。


 今日は珍しくたっぷり運動したし、明日は早いのに寝過ごしたら大変だ。


 ……まぁ、起こしてくれる相手はたくさんいるし、まず大丈夫だとは思うが、念のためだ。


 俺のその言葉に、セリアーナは「そうね」と笑いながら答えた。


「起きるだけなら問題はないでしょうけれど……寝ぼけて外を飛ばれたら迷惑ですものね。さっさと寝てしまいなさい」


「流石に寝ぼけて飛んだりはしないよ……多分。それじゃ、お休み」


 大丈夫だよな……と少々不安に思いつつ、俺は皆に挨拶をして【浮き玉】を寝室に向かわせた。

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