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「ふぬ…………なんも起きないね」


 部屋で待機するようになって5分ほど。

 流石にそんなすぐに何かが起きるとは思ってはいないが……それでも、あまりにも何にも起きる気配がない。


 もうここには俺たちだけだしってことで、アカメたちも出して、割と気合いを入れて真面目に調べているんだが……建物の内も外も静かなもんだ。


 入港する際には警鐘の大きな音が響いていただろうし、いくら何でも俺たちが到着していることに気付いていないってことは無いだろう。

 それに、リーゼルたちが大所帯でゾロゾロと移動していたのだって見ていたはずだ。

 賊の引き渡しはそんなにすぐに完了するとは思わないが、そこまで時間がかかるようなことじゃないのも確かだし、襲ってくるなら何かあってもよさそうなんだけれど……。


 とりあえず、この周辺はどんな感じになっているのかを、セリアーナに訊ねてみようかね……。


「セリア様?」


 セリアーナは俺と違って、俺の向かいでソファーには座らずに【小玉】に乗って浮いたままでいる。

 表情もいつも通りで、余裕たっぷりに見えるが……。


「船から荷を下ろしたり、何かと外も色々慌ただしいでしょうし、まだ様子見じゃないかしら? 貴女はどう見て?」


 俺の質問に答えながらドアの横に立つリーダーに視線を向けると、彼女は今の状況をどう考えているのかを訊ねた。

 スパっと断言せずに、護衛のリーダーにも意見を求めているあたり、セリアーナも「おかしいな……」とか思っていそうだな。


 さて、訝しむ俺と違って、意見を求められた当のリーダーはそこまでセリアーナのことは深く知らないからか、特に気にした様子もなく、「そうですね……」としばし考えると、彼女の考えを喋り始めた。


「何も起きないのならそれが一番いいのでしょうが、今までのリアーナ領やゼルキス領。そして、我々は気づきませんでしたが、王都の状況などを考えると、やはりセリアーナ様を狙うにはこのタイミングしかありません。セリアーナ様がおっしゃったように、今は外が静まるのを待っているのではないでしょうか?」


「ふぬぅ……」


 どういう風に動くのかはともかく、普段はこの港にいない者たちの姿がたくさんある状況の方が動きやすいような気もするが……2人もこう言っているし、今はこのままでいいのかな?


 待つだけの状況に、どうにもスッキリせずに唸り声をあげていると、リーダーはそれが聞こえたのか、セリアーナを見ながら彼女は再び口を開いた。


「よろしければ外の1人をそこの窓の裏に移動させることも出来ますが……どうしましょう?」


 どうやらリーダーは、俺がここの守りに不安があると思っていると勘違いしたようだ。

 まぁ……これまでの襲撃は結構派手にやってくれてたからな。


 この建物の守り自体はしっかりしていると思うんだが、賊の姿が見えない以上何をしてくるのか予測出来ないし、警戒すること自体は間違っちゃいないだろう。


 だが。


「……いえ、その必要は無いわ」


「そうだね。お客さんが連れてきた人たちだけれど、ここの中にもしっかり護衛の兵もいるし大丈夫だよ」


 俺とセリアーナが揃って外の護衛を動かす必要が無いと伝えると、彼女は「わかりました」と小さく頷いた。


 ◇


 ……部屋で待つ事さらに10分ほど。

 マジで何も起きない。


 ここに来て、セリアーナも流石に想定外と考えたのか、部屋にリーダーがいるにも拘らず、眉間に薄っすらしわを寄せながら目を閉じている。

 真面目に索敵を行っているんだろうな。


 リーダーはセリアーナの加護のことを知らないからか、索敵を行っているセリアーナを見て、不機嫌にでもなったのかなと、視線を外している。

 セリアーナを通り越して、外の様子を窺っている。

 そして、今のところ彼女にも変わりはないし、外も異常は無いんだろうな。


「セリア様、使う?」


 俺は発動していない、耳飾り状態の【妖精の瞳】を指して、セリアーナに使うかどうかを訊ねた。


 今はセリアーナは自分の加護だけだが、これを使えば情報量が増えるし、今は気付けていないことも気付くかもしれないんだが。


「いえ、必要無いわ。まだお前が持っていなさい」


 セリアーナは、どうやらまだ様子見を続けるつもりらしく、目を開けるとフッと表情を緩めてそう言った。


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「セラ」


 一旦話を終えてからさらに10分ほど。

 ここに来てそろそろ30分が経つだろうという頃に、セリアーナが俺の名を呼びながら手を伸ばしてきた。


「はいはい」


 短く返事をすると、俺は耳から【妖精の瞳】を外してその手に置いた。

 そして、セリアーナは受け取った【妖精の瞳】を耳に着けると、すぐに発動した。


 頭上にズズズっと現れる目玉。

 さらに、目を閉じて周囲の索敵を開始している。


 リーダーは、俺がそれを発動しているのは見ているが、まさかセリアーナも使うとは思っていなかったのか、小さく息を呑んでその光景を眺めている。

 彼女たちだけじゃなくて、領地でも俺たちだけの時くらいしかコレを使うことはないし、中々レアな姿だと思う。


 まぁ……セリアーナにはあまり似合わない姿だろうし、驚くのも納得だ。


 しかし、コレをセリアーナも使えることを知られるのは何の問題も無いんだが、セリアーナがこれを使うのは、自分の加護も併用することを前提にしているし、どう説明するんだろうな?


 等と考えながら、セリアーナとリーダーに視線を行ったり来たりさせて、セリアーナが口を開くのを待っていた。


 ◇


 数分ほどが経って、索敵を終えたのだろう。

 セリアーナは目を開けて、ついでに【妖精の瞳】を解除した。


 そして、リーダーの方を見ると「来なさい」と呼び寄せた。

 彼女は首を傾げつつも「はい」と呟くと、こちらへとやって来る。

 彼女がセリアーナの前で止まると、セリアーナは口を開いて話を始めた。


「貴女に伝えていなかったけれど、私は周囲の者たちの自分への敵意の有無を見分ける加護を持っているの。それと、セラの恩恵品と合わせて、周囲に居る者の実力もある程度計ることが出来るわ」


 大雑把にではあるが、いきなりカミングアウトしちゃったな。


「言っちゃうんだね!?」


 それを聞いた俺は驚いて、声を上げながらついついセリアーナの顔を見るが、彼女は先程までとは違い、もういつもの澄ました顔に戻っている。


「私はもう領地の外に出ることは当分無いでしょう? 今更気にするようなことでは無いわ」


「……なるほど」


 セリアーナが言う通り、リアーナに帰還したら当分の間は彼女が外に出ることは無いし、守りを気にすることも無くなるだろう。

 加護の件が万一外に漏れたとしても、もう問題は無いって考えなんだろう。


「我々が他者に漏らすようなことはありません。ご安心ください。……しかし、道中の襲撃の際に随分と手際よく対処していたと仲間と話していたのですが、セリアーナ様の加護の力もあったのですね」


 ともあれ、セリアーナからその情報を聞かされたリーダーだが、多少驚いた様子は見せたものの、思ったよりも落ち着いている。

 確かに襲撃に対して、何だかんだで、俺たちが周囲の様子を探れる加護なり恩恵品を持っているとでも思っていたのかな?


「フッ……もちろんそれだけでは無いのだけれどね。……まあ、いいわ。それよりも、この周辺に私に敵意を持つ者はいるにはいるけれど、どれも大したことのない腕だったわ」


「……弱いの?」


「ええ。およそ戦闘経験があるとは思えない程度の能力だったわ。場所もこの建物の内部だし、恐らく、西部の貴族か商人でしょうね」


「なるほど……。確かに、リアーナ領やリセリア家を疎ましく思う者は、西部の者が特に多いでしょう」


 セリアーナの言葉にリーダーも頷いている。


 ウチが東部の開拓を一手に引き受けた上に、マーセナルを経由してではあるけれど、自分たちで王都まで船を通すようになったからな。

 大陸西部の商人とかにしてみたら面白くないだろう。

 その連中に出資している貴族たちもそうだ。


 今ここにどんな連中がいるのかはわからないが、セリアーナのことを疎ましく思うのもわからなくはない。


 ってことは……。


「あれ? それじゃー、その人たちは別に関係無いの?」


「……関係があったら楽だったのかもしれないけれど、残念ながら違うかもしれないわね」


 セリアーナはため息交じりにそう答えた。

 その言葉に、俺とリーダーは苦笑しつつ何となく互いの顔を見てしまう。


 まぁ、戦闘慣れしていない弱いおっさんたちが襲撃犯なら対処も楽だろうけれど……流石にそれは無いよな?

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