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俺たちが座ると、リーゼルはオーギュストに何かの資料を持って来させた。
そして、それを机の上に広げていく。
「君たちは外の状況は把握出来ているかな?」
「外……港のことではなくて、船の事かしら?」
リーゼルの問いに、セリアーナは一拍間を置いて答えた。
口にこそ出さなかったが、セリアーナは「そう言えば……」って感じの表情を浮かべている。
港や街といった地上のことは俺もセリアーナも気にかけていたけれど、他の船の様子とかはあんまり気にしていなかったよな。
ハッキリとは見ていないから確かではないが、何隻か停泊していたのはわかっている。
戦闘を終えた後に、馬車に乗ったり船に乗ったりする際も特に騒ぎは起きていなかったから、何か被害が出たりってことは無いはずなんだが……その船がどうかしたのかな?
リーゼルに顔を向けると、資料の一番上にある一枚を取って、セリアーナに手渡した。
「これは……船の情報かしら?」
リーゼルはセリアーナの言葉に小さく頷くと、言葉を続けた。
「港に停泊している船の、船員や持ち主について記されているんだ。とりあえず目を通してくれるかい?」
「わかったわ」
セリアーナはそう言うと、資料を束ごと手に取り目を通し始めた。
随分早いペースで読んでいるようで、10枚近くあるその束が次々とめくられていく。
そして……数分もかからずに読み終えたようだ。
「読み終えたわ。随分小型の船まで記載しているのね。その資料の出元は商業ギルドかしら?」
「ああ。港に商業ギルドの出張所があって、そこで管理している資料なんだ。快く貸し出してくれたよ。オーギュスト、これはもういい」
「はっ。これを外へ」
資料を読み終えたセリアーナはそれをリーゼルに手渡すと、今度は彼からオーギュストへ。
そして、オーギュストはウチの兵に渡して、受け取った彼は、資料を返すためなのか部屋から出て行った。
出港したら簡単には返せなくなるし、その前に持って行かないといけないのはわかるんだが……もしかしたら、持ち出し禁止とかの結構重要な物なのかな……?
リーゼルは快く貸し出してくれたなんて言っているけれど、無理を言ったのかもしれない。
その割には、使用人たちが側で作業をしているこの場で話をするみたいだけれど……いいのかな?
「セラ君、何か気がかりな事でもあるのかな?」
首を傾げる俺を見て、リーゼルが口を開いた。
「ほ? あぁ……いや、ここで話をしてもいいのかなって思って」
「ああ……不特定多数がいる街中などでは問題になるかもしれないけれど、ここでなら問題無いよ。さて……それじゃあ、話に入ろうか」
「ええ、どうぞ」
「この港には大小様々な船が停泊しているんだ。大型や中型の中でも遠方まで出るような船はこの船と同じエリアに留まっているが、小型は少し離れたエリアだ」
「そう……まあ、船体の大きさも積み荷の量も違うし、船を留める場所が違うのも当然ね」
「そうだね。それで、大型や中型の船と違って、小型の船には警備が付いていないんだ。街が用意した、そのエリア全体を見る警備の兵はいるけれど……船個別にはね。だから、港で戦闘が起きた時に、港や商業ギルドの職員だったり商会の人間が、巻き込まれないように船を対岸だったり川に移動させたそうだ」
今のリーゼルの話を聞いて、俺は前世のヨットハーバーみたいなものを想像しているが、多分その考えはそんなに外れていないと思う。
一艘一艘が近い距離で纏まっているから、何かあった時に纏めて被害が出てしまうんだろう。
この船のように動かすのに何人もの人手が必要ってわけでも無さそうだし、それなら異変を感じたらとりあえず港から離れる方がお手軽なのかもな。
「それで、その船がどうかしたの? まだ港には戻って来ていないけれど?」
どうやらセリアーナは、今の間に簡単にだが加護で周囲を探ったらしい。
こちらの状況はもう大分落ち着いたが、まだ港から出た船は戻って来ていないようだ。
まぁ、馬のように簡単に行ったり来たり出来るものでもないしな……。
周りに同じ様に退避してきた船がいるだろうし、手間取ったりでもしているんだろうか?
俺は首を傾げつつ、リーゼルの話の続きを待つことにした。
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セリアーナの、騒動が終わったのにまだ戻っていないという指摘に、リーゼルは頷くと言葉を続けた。
「セリアが言うようにまだ戻って来ていないね。港側が戻らせていないそうだ。とはいっても、別に何か問題があるからとかでは無いよ」
「あら? そうなの?」
「ああ。今は夜だ。たとえ照明を用意しても、視界が悪いことに違いはないからね。一斉に戻らせると、事故が起きた時が大変だろう? だから、少数ずつ徐々に戻らせるらしい。今はそのための準備をしているんだ」
「言われてみればもっともなことね。海程では無いけれど、川の事故も大変ですもの。……それで? 完了するまで出港を遅らせるのかしら? どれくらい時間がかかるのかわからないけれど、それは流石に遅くなり過ぎるんじゃなくて?」
そう言うと「ねえ」と同意を求めるように、セリアーナは俺を見た。
「そうだよねー。船がどれだけあるのかはわからないけど、この船だってすぐに動けるようになるわけじゃないしね? それならもう、出港は明日に回した方がいいんじゃない……?」
ただでさえ、今はもう結構遅い時間だ。
そこからさらに待つとなると……出港するのは何時になるのやら。
セリアーナに促されたから、適当に思いついた事を喋ってみたが、確かに出港を明日に回すのだって悪くは無いと思うんだ。
俺たちが警戒していたこの街に潜んでいる賊も、組織立って動くような連中は流石にもう打ち止めだろうしな。
まぁ……泊まるとしたら代官の屋敷になるだろうが、今はあそこはボロボロになっているが、その分逆に警備がしっかりしているだろうし、安全なはずだが……。
どうだろう……とリーゼルを見ると、彼は苦笑しながら首を振っている。
「安全が確保出来ていて時間が余っているのならそれも悪くはないんだけどね」
「……時間無いんですっけ?」
安全は断言は出来ないけれど、時間はそんなに切羽詰まっていたっけ?
「本来僕らは船団を組んでリアーナを目指す予定だったんだ。街への到着が遅くなることは前から想定していたから、そのために出港予定の船に、時間の調整をしてもらっていたんだが……流石に遅れ過ぎたからね。既に出港しているんだ」
「代官の屋敷と港での襲撃が余計だったわね。でも、今日の出港にこだわる理由はわかったわ」
そう言って、セリアーナは頷いている。
ついでに隣で俺も。
適当な船の集まりである船団は、基本的にお貴族様の船が真ん中に入ることで、何となく指揮系統が完成するんだ。
その貴族の船がいないんじゃ、ちょっと困るよな。
リーゼルにしても、俺たちが予定をさらに遅らせることで、合流が出来ずに、他の船に何か被害が出てしまうような事態は避けたいんだろう。
「わかってもらえたなら良かったよ。それじゃあ……ここからがある意味本題なんだ。セリア」
「何かしら?」
「あの資料の中に君と関係のある船はあったかな?」
「直接関係は無いけれど、実家が利用している商会の名前はあったわね……。それがどうかしたの?」
「この船はもう出港するけれど、それと合わせて退避中の船も戻すことになっているんだ。ただ、その際に何か事故が起きて転覆したりしても、僕たちは救助に向かわないことになっている」
「そう……まあ、時間もかけられないし仕方ないわね」
「そうだね。ただ、この船の近くで事故が起きた際に、その船が僕たちと関係のある船だった場合は、船を止めて救助を特別に行うつもりだからね。後で船長に渡すから、関係のある商会を紙に書き出しておいてくれるかい?」
「ええ。他に話す事が無ければ、今この場で済ませるわ」
「ああ、頼むよ」
どうやら話はこれで終わりらしく、リーゼルは使用人を呼ぶと、部屋に備え付けられた机から紙とペンを持って来させた。
セリアーナはそれを受け取ると、サラサラとペンを走らせて一気に書き上げている。
チラッと覗き見ると、商会らしき名前とその関係性が書かれていた。
あまり詳しくないからってのもあるが、俺は聞いたことも無い名前だ。
セリアーナが資料を見ていたのは数分程度のはずだったけれど……よく覚えているよな。
そう感心しながら、セリアーナの動く手を眺めていた。
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