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 順調に調査を進めていって、部屋の四方の壁全てを完了させた。

 結果は壁にも裏側にも、妙な物が仕掛けられたりはしていないし、ついでに俺が見た限りでは、少なくとも魔道具に繋がれた回路も異常無しだ。


 調べるついでに、セリアーナから暗殺用や防犯用の魔道具についての話も聞くことが出来た。

 暗殺用にこっそり室内に仕込んだりするものがあるのなら、防犯用だって、目立たないようにこっそりと仕込んだりする物だってあるよな。


 ……防犯用の魔道具をこっそり隠しておくってのは、ちょっと俺の価値観だと理解出来ないが、お貴族様の部屋のイメージを崩さないために、そんな風にしているんだとか。

 まぁ、ご婦人の部屋とかだと、あんまりゴツイ物が設置されていたら、確かに台無しだよな。


 これまで俺が訪問してきたお屋敷の部屋とかにも、そんなのがあったのかもしれない。

 今はこちらの作業の方が忙しいから、あんまりじっくりと話し込むわけにもいかないが、終わったらセリアーナに聞いてみるのも面白いかもしれない。


 それはさておき……。


 調べる箇所を壁から天井に移し、話題を変更するのにちょうどいいタイミングだろう。

 護衛の冒険者たちについて、話を聞いてみようかな。


 ◇


「ねー、セリア様」


 俺は天井と体の向きを平行にしながら調べているが、その作業の最中にセリアーナに向かって声をかけた。


「どうしたの?」


 流石に彼女は真っ直ぐ【小玉】に座ったままの体勢ではあったが、話を聞こうと思ったのか、すぐ側までやって来ていた。

 この距離なら小声でも十分だな。

 部屋のすぐ外には護衛が1人いるが、別に聞き耳を立てているわけじゃないし、聞こえるような事は無いだろうが、まぁ……気を付けすぎってことは無いか。


「うん。あのさ……護衛の人たちのこと、そんなに気に入ったの?」


「何を言っているの?」


 少々唐突な物言いだったのかもしれない。

 振り向いてセリアーナを見ると、怪訝な表情を浮かべている。


「いやさ……急にリアーナまで連れて行くってなったでしょ? セリア様ってどっちかって言うと、あんまり新しい人を側に近づけさせないじゃない。ちょっと意外だったなって思ってさ」


 俺の言葉に、セリアーナは深く「ああ……」と溜め息交じりに呟いた。


「リーゼルとも話し合って決めたことだし、別に気に入ったとかそういう訳じゃないのよ。まあ……そうね。お前にも簡単に話しておくわ」


「……え? なんか真面目なお話?」


 そんな風に改まって言われると、なんか構えてしまうな。


 とりあえず、天井から離れてセリアーナの前まで下りようとしたのだが……。


「大した内容ではないし、続けながらで構わないわ。内容を纏めるから、少し待ちなさい」


「お? うん。わかった……」


 言われた通り上昇して、手でペタペタ天井に触れながらセリアーナの言葉を待つことにした。


 ◇


「待たせたわね。聞きなさい」


「うん。お願いー」


 待ったといっても2分も経っていないはずだ。

 話す内容を一旦纏めるなんて、セリアーナらしくないなと思ったんだが……この短さだと、俺に伝わりやすいように言葉を選んだだけだろうな。


「彼女たちの身元が確かなことはお前もわかっているわね?」


「うん。どこの家かは知らないけど、貴族の関係者なんでしょう?」


「ええ。私の加護を使わなくても、身元が確かで国内に後援者がいる……それだけである程度思想に関しては保証されているようなものよ。だから、彼女たちが敵だとは思っていない。いいわね?」


「うん」


 どうやら今のが前提になる情報だったらしく、俺の返事にセリアーナは「結構」と満足そうに呟いている。


「王都からここまでの護衛での働きは、目立ったものは無かったけれど、堅実で満足のいくものだったわ。そのままウチに引き抜いてもいいのだけれど、そこは後援者に話を通す必要があるし、またの機会ね」


「まぁ……ウチまで船に乗せて行って帰さないってのは、ただの人攫いだもんね」


 始めはスカウトでもするのかなと思ったが、こんな不意打ちみたいな形で連れて行くのは、自分で言った通りほとんど人攫いだもんな。

 ちゃんと、セリアーナが言ったように、後援者だったり冒険者ギルドだったりに筋を通さないといけない。


 ってことは、彼女たちを連れて帰るのはスカウト目的じゃなくて、別の理由があるって訳か。


 彼女たちを怪しんでいるわけでも無いようだし……なんだろうな?


 俺は他には思いつかず、首を傾げていた。


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 護衛の彼女たちを何故連れてきたのか……その理由がわからずに首を傾げていると、セリアーナが苦笑しながら説明を始めた。


「ゼルキスにいた頃から私は外部の護衛を雇う事は無かったわ。だから、今回のように護衛で外部の冒険者を雇うことは、賊は想定していなかったと思うの」


「まぁ、そりゃそうだろうね」


 どうやら今回の一連の襲撃を企てていた連中は、セリアーナの加護を警戒するような動きを見せていたし、多少情報は古かった気もするが、それなりに彼女のことを調べてはいたっぽいんだよな。

 まぁ……あれだけ人数を使った襲撃を企てているんだし、それは当たり前なのかな?


 だからこそ、外部の護衛が加わるってことは、セリアーナが言うように想定外の事だと思う。

 そもそも、護衛を手配したのは王都のマイルズで、セリアーナやリーゼルの考えじゃないし、俺たちだって想定外だった。

 あまり活躍する場面は無かったけどな……。


「それが連れてきた理由なの?」


 流石にそれだけってことは無いだろうと思い、セリアーナにどうなのかと訊ねると、彼女は小さく頷いた。


 それに「そうなの?」と驚いて思わず、視線を天井からセリアーナに向けてしまったが……とりあえず、彼女の言葉を待とう。


「理由の一つではあるわね。こちらで時間をもっと使って、捕らえた賊の取り調べが出来たのなら必要は無かったけれど、それは無理だし……。賊の狙いが結局わからないままでしょう?」


「そうだね……」


「それなら、賊の想定の範囲外の要因を抱え込んだら、何か起きるかもしれないでしょう?」


「まだ何か起きるかな?」


「起きないなら起きないでいいのよ。その時は無事にリアーナまで辿り着くだけのことですもの。ただ、もし何か起きた時に戦力として……少なくとも足を引っ張らない程度の実力があったから連れてくることにしたのよ」


「ふーん……」


 チラッと目だけを動かしてセリアーナの表情を見たが……何やら口の端を僅かに上げている。

 笑っているわけじゃないんだろうけれど……これはまた何か悪だくみでもしてるんだろうか?


「団長に弓を貸したままなのは何か関係ある?」


 セリアーナは頬に手を当てて、「弓?」と呟いたが、俺の言いたいことがわかったんだろう。

 すぐに笑って答えた。


「アレは違うわ。あくまで船外の敵に備えてのものよ。矢の威力はお前が一番わかっているでしょう? 船内に向けて放つわけにはいかないもの」


「ぉぅ……」


 そりゃーいくらこの船がルバンが特別に造らせた良い物だからって、アレに耐えられるようには造られていないよな。


「それよりも、手が止まっているわよ? 出港までに終わらな……あら?」


「どしたの?」


「外が片付いたようね。リーゼルたちも船に乗って来たわ。そろそろ出港ね」


「ぉぉ……それは急いで済まさないとね」


 いくつか気になる点はまだあるが、とりあえず護衛の彼女たちを連れてきた理由は何となくわかったし、この場で聞くのはそれでいいかな?

 リーゼルたちも船に乗り込んだみたいだし、急がないとな。

 別に急いだところで、この作業にすっかり慣れた今は、調査の精度に影響はないし残りはもう少し。

 お喋りは止めて、調査に専念するか。


 ◇


 リーゼルたちが船に乗り込んでしばらくすると、リーゼルから部屋に来るように伝令が届いた。

 といっても、通路を挟んで向かいの部屋だし、部屋の前の警備兵が呼びに来ただけなんだけどな。


 まだ彼の部屋の荷物整理なんかは終わっていないんだろうけれど、先に俺たちとの話し合いの場を持つ事を優先させたんだろう。

 急いで調査を終わらせておいて正解だった。


 部屋の中に入ると、大量の荷物を相手に使用人たちが忙しそうに部屋の中を整理していた。

 ソファーにかけているリーゼルのもとに向かうついでに、その様子を見ていたんだが……これって多分、俺たちよりも荷物が多いんじゃないか?


「やあ、わざわざ呼び立てて済まないね。そちらの部屋はもういいのかな?」


「ええ。荷物の整理も終わったし、部屋の確認もこの娘が済ませたわ。こちらはまだ終わっていないようだけれど……別に片付けてからでも構わないわよ?」


「君を待たせていると、彼等も緊張するだろう? 少し音がするかもしれないが、気にしないでくれ」


 そう言うと、リーゼルは俺たちに向かいの席に座るように、手で促した。

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