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「……!? くそっ!」


「あっ!? 待てっ!!」


 こちらの兵と交戦していた賊の裏側にスススッと回り込んで、蹴りを放とうとしたのだが、その直前で気付かれて逃げられてしまった。

 まぁ……バチバチ色々音がしているし、勘がいいと気づけるもんなのかな……。


 離脱していった男の背中を睨んでいると、その男と交戦していた兵士とは別の兵士がこちらにやって来た。


 彼も戦闘を行っていたはずなのに、そこまで疲労しているようには見えない。

 結構余裕ありそうだな。


「セラ様!」


「ん? なに?」


「はっ。敵の数がだいぶ減ってきました。ですが……ご覧ください」


 そう言うと、彼は槍をスッと伸ばして前を指した。

 そちらでは……。


「集まってるね」


 先程離脱した男だけじゃなくて、他の賊……8人かな?

 やる気ある組が固まっていた。


 多少傷を負った者もいるが、ここまで残っているだけあって、中々どうして……しぶといね。

 こっちも余裕はまだまだありそうだ。


「ええ。奥の残党は変わらず動く気は無いようですが……それでも、あの数に固まられては少々手こずりかねません。突破される前に一気に片を付けようと思いますが……セラ様はどうされますか?」


「ぬ」


 見ると、こちらの兵たちは賊たちを囲むように移動を始めている。


 先程から、戦闘中にもこういう風に取り囲もうと思えば出来るタイミングが何度かあったんだが、その時は、囲んだりせずに態勢を整えたりする時間に使っていた。


 まだ一気に決めるには相手の消耗度合いが低かったって事もあるだろうが……やる気無い組を警戒していたのかもしれないな。

 その気になれば一気に離脱出来る俺ですら、チラチラ確認していたくらいだし、彼等が警戒していたのも無理も無いか。


 だが、あの連中を囲むって事は、やる気無い組に背中を見せることになるが、それでもやっちゃうって事は、いよいよやる気無い組は無視してもいいと判断したんだろう。


「そうだね……オレは……」


 後方のセリアーナを見ると、俺が見ている事に気付いたのか、小さく頷いている。


 剣を手にしたままで……当然【琥珀の盾】も発動しているよな?

 冒険者たちもしっかりと付いているし、あっちは大丈夫か。


 それじゃー……。


「わかった。オレはどう動いたらいいかな?」


 俺が返事をすると、すかさず口を開いた。

 この辺の事は事前に想定していたのかな?

 実にスムーズな進行だ。


「ありがとうございます。我々は包囲して削って行きます。セラ様は隙を見て自由に動かれて構いません」


 囲って突っかけながら隙を無理矢理作っていって、一人ずつしとめていく……そんな感じか。

 んで、俺は適当に動いて、いい感じに援護する。


 まぁ……やるならそれくらいだよな。


 一緒に訓練を積んでいる王都の兵士たちと、そもそも騎士としての訓練を積んでいない俺じゃ大人数での連携は無理だろうし、それなら適当に個人で動いた方が良いだろう。

 短い時間ではあるが、今までの戦いでそれなりに俺がやれるって事もわかっただろうしな。


「……やる事は一緒か。りょーかい!」


 それだけ言うと、俺は一旦その場を離れることにした。

 まずは、包囲の完成を待とう。


 ◇


「ふむ……」


 敵味方を含む一団から少々離れることにした俺は、それまで低い位置にいたが、西側も含む戦場全体を見渡すために、10メートルほどの高さにまで高度を上げることにした。


 まずは東側……俺たちサイドだ。

 残った賊連中は、包囲されながらも一ヵ所に固まっているが……これは一点突破でも狙っているのかな?

 まだ矢が残っているかもしれないから、セリアーナは高度を取らずに後ろに控えているが、もし突破されたらセリアーナに届くかもしれない。


 だが、もちろんこちら側も想定しているようで、包囲に参加しない兵たちがセリアーナの前に数名控えている。

 冒険者たちもいるし、少なくともセリアーナが離脱するくらいの時間は稼げるだろう。


 なら、こっちは心配ない。


 それじゃーお次は西側だが、西側はあまり変化は無し。

 ウチの兵たちに犠牲は無く、敵側は少しは減らせているけれど、俺たち側のペースを考えると、ちょっと遅いかな?


 どう転ぶにせよ、俺たち側の戦況の変化次第か。


「それじゃあ、行くか」


 包囲も完成したようだし、そろそろ俺も参加するかな?

 もう俺を気にかけるだけの余裕も無いだろうしな……さっさと決めてしまおう!


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 さてさて。


 包囲は無事完了し、上手く相手の動きを封じることには成功した。

 もうここまで来てしまえば、タイミングを合わせて一斉に襲ってしまえ……と上から見ていて思ったりもするが、みんな騎乗しているからな。

 生身よりも、小回りが利かないし融通も利かない。


 下手に仕掛けて掻い潜られたりしようものなら大事だ。

 相手もその事を理解していて突破の隙を窺っていた。


 結局、どちらも馬の足を止めずに包囲を維持したままグルグル動き続けるっていう、妙な膠着状態が続いている。


 だが!


「よし……」


 俺は包囲を形成している最中は兵たちの陰に回っていた。


【浮き玉】で浮いているとはいえ、高度を取りさえしなければ俺はただの小柄な人間で、武装した上に騎乗した兵に比べたらずっと小さく、姿を隠すのは簡単だ。


 もちろん、連中だってそれまで俺とも戦っていたわけだし、全くの無警戒とはいかないだろうが、それでも今はもうそれどころじゃ無いだろうし、一手くらいなら俺が有利な状況から仕掛けられる。


 ってことで……行くぞ!


 俺は前に向かって一気に加速すると、兵の背中が目前に来たところで真上に急上昇した。


「っ!?」


 何やら下で驚いたような声がした気がするが、俺がいきなり動き始めたことに驚いたんだろう。

 何人かが上を向いて唖然とした顔をしている。

 存分に驚いてくれ!


 上昇しながらチラっと下を向くと、もう大分地上から離れていた。

 30メートル近くはあるかな?

 この高さなら、下からの矢も魔法も躱せるし、もう十分か。


「よいしょっ!」


 反転して下を向くと、【浮き玉】に左足の裏をペタッと張り付けた。


 見れば、先程の上を向いていた連中が隙になってしまったんだろう。

 包囲している兵たちが攻撃を開始していた。


 包囲が歪になっているし、先程までならそこを逆につかれて、突破されていてもおかしくないんだが、いい感じに混乱しているな。

 これはもう決まりだろう……!


「せーのっ!」


 俺は混乱しているその場目掛けて、急降下を開始した。


【風の衣】はしっかり発動しているから風圧こそ無いが、それでもこれは中々迫力がある。

 いつもは横方向にばっかりで上下に高速移動する事なんて滅多に無いもんな。


「っ!? おい、上だ!」


「広がれ! 躱してしまえば大した事は無い!」


 降下に気付いた賊たちは、俺の一撃を避けようと互いに声を掛け合って、包囲されて槍を突き付けられているにもかかわらず、そこに突っかかっていって、包囲を広げようとしていた。


 連中は俺の蹴りの威力と、ついでにリーチの短さを分かっている。

 あの動きは突破しようとしているのではなくて、とにかく距離を取ってしまえば俺の蹴りは躱せると考えているようだ。

 だから、多少の傷を負ってでも蹴りを食らうよりはマシだと、包囲の中に動けるスペースを作ろうとしているんだろう。


 うむ。

 その考えは間違っていない。


 実際に包囲は少し広がって、馬でも多少は動けるだけのスペースは出来ている。

 包囲のど真ん中に降り立ってはみたものの、ここから真っ直ぐ蹴ったんじゃ躱されるし、中でフラフラ不用意に動けば、逆に俺が叩き落される可能性もゼロではない。

 何人かは兵と交戦しつつも、真ん中に降りた俺に攻撃をする隙を窺っている。


 抜け目ないな……。


 だが!


「……甘ーい!」


 俺は【浮き玉】にくっつけていた左足を伸ばすと、同じく【緋蜂の針】を発動したままの右足も伸ばして、足を広げながら真横に回転を開始した。


 回転をする度に何かを蹴り飛ばすような感触と、ついでに罵声交じりの悲鳴も聞こえてくるが、それを無視して二回転三回転。


「よし、こんなもんかな……おぉぉ……」


 これだけやれば十分かなと、再び真上に上昇してから離脱し、体勢を整えた。

 そして、下の様子を見てみると、先程までは多少追い詰められながらも、まだまだ戦えていたんだが……。


 俺の蹴りを食らったらしき者たちは落馬して地面に倒れこんだままだったり、既に止めを刺されていたりしているし、蹴りから逃れた者も、数が減った事で兵たちに一気に押し切られそうになっている。


 遠巻きにこちらを窺っているやる気無い組も、流石にもう終わりだと考えているのか、武器を納めていた。


「ボロボロだね……後は、やたら粘っているのがいるけれど、アレがボスかな?」


 残った賊の中で、一人で数人の兵を相手にしながらも渡り合えている男がいる。

 アレを倒してしまえば、こっちはもう片付きそうだな。

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