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「おおっと……って、あらららら……!?」


 俺めがけて、前列の兵たちを超えて射ってきた矢を、ひらひらくるくる飛び回りながら回避をする。


 パッと見で20本ほどあっただろうか?


 この程度の矢なら【風の衣】を破る事は出来ない……それは、先程の投げ槍を弾いたことで賊にも伝わっただろう。

 だが、それでも射ってくるのは、俺に矢を弾かせて周りに被弾させようとしているからだ。

 いくらこちら側が腕が立つからって、後ろや上から流れ矢が飛んでくるって事態にはそうそう遭遇しないよな。


「もう少し前に行った方が良いかな……」


 先程まで俺は、最前線でフラフラ囮をしながら時折攻撃を仕掛けたり、後ろに戻ったり等を繰り返していたのだが、相手が俺を利用するようになってからは、念のためやや後方に下がるようにしていた。


 だが、もうこうなってくるとな……。


 この位置だと割と高精度で狙ってこれるようだし、後ろに下がったら今度はセリアーナにも当たりそうになる。

 この戦闘自体は、もうウチの勝ちはほぼ決まっているが、だからこそ相手がセリアーナを殺す事だけを考えようとするかもしれないし、そうなると、今は彼女から離れていた方が良いかもしれない。

 セリアーナの側には冒険者たちがしっかりと付いているし……大丈夫だろう。


 どうしようかな……と、セリアーナの方へ視線を送ると、プラプラ払うように手を振っていた。


 これは、さっさとやって来いって事だな?

 それなら!


 俺は考えを纏めると、一列下がった位置で指揮を執っている隊長のもとへと近づいて行った。

 とりあえず、行動する前に彼にも一言断っておかないとな。


「セラ様? どうかされましたか?」


「ちょっとこのままだとさ、どの位置にいてもオレを狙ってくるかもしれないし、前の方で動こうと思うんだよね」


「前の方? ……ああ」


 俺の言わんとする事が伝わったらしく、隊長は頷いている。


「適当に前の方で突っ込んどくから、そっちで上手い具合に止めとか刺しといて。……おっと」


 隊長の返事は、またも飛んできた矢によって邪魔されて聞くことが出来なかったが、伝えることは伝えた。

 彼等がやる事はほとんど変わらないだろうし、問題無いだろう。


「よっし、それじゃーやるか!」


 気合いを入れると、仕掛けるために一旦北側へと離脱する事を決めた。

 そこから一気に突撃だな!


 ◇


 戦闘開始当初に、セリアーナと共に移動した場所の近く。

 そこに俺はやって来た。

 目印の死体があるからな……間違いようがない。


 ここからなら全体を横から見ることが出来るし、俺自身は縦に突っ込むから、たとえ矢を撃ち込まれても周りへの被害を気にしなくてもいい。

 いい場所だ。


 それにしても、こうやって見ると結構押し込まれていたんだな。


 俺たちも前に出てはいたはずだが、向こうは俺たちの背後に回り込もうとしていたし、どうしてもそれに合わせて戦うことになって、全体的に下がり気味になっていたんだろう。

 もし、やる気無い組も参戦していたら、もう少し戦い方が変わっていたかもな。


 ……いや。

 その時はリーゼルたちが隊を分けずに、一気に全力で戦っていたかもしれないし、むしろ早く片付いていたかもな。


「まぁ、いいや。さて……と」


 改めて向こうを見ると、賊もこちらも兵は動きを止めていた。


 ウチの連中が止まっているのは、俺が離脱してこっちに回ってきたからかな?

 先程までは結構積極的に突っかけていたんだが、賊連中も動きを止めているし、ちょっと仕掛けるきっかけを失ってしまったって感じか。


 それなら、俺が今から作ってやりますかね。


「よいっしょっ……!」


【祈り】と【風の衣】を発動すると、俺は一旦【浮き玉】の高度を下げた。


 下手に高い位置に止まっていると良い的になるし、それならいっそ低い位置に移れば、後方の連中は狙いにくくなるからな。

 今までは3メートル程の高さにいたが、50センチほどの高さだ。


 周りの草は俺の意識が障害と捉えているからなのか、【風の衣】が押し潰していて邪魔にはならなくなっている。


 ……ミステリーサークルとか言われないよな。


 どうでもいい事が不安になってしまったが、これで準備完了だ。


「それじゃー……行くぞ!」


 俺は気合いを入れると、端の賊目掛けて【浮き玉】を加速させた。


 端の男は矢を射かけて来るが、その矢を正面から受けるとそのまま地面へと弾き落とした。

 正面から一本だけならこんなもんだ!


 男は二本目をつがえようとしていたが、俺の方が速い!


「せー……のっ!」


 蹴りの姿勢をとると、さらにそこからもう一段速度を上げた。


1013


 俺に矢を射かけてきた男は、二射目を諦めて槍を構えた。

 そして、接近する俺をカウンターで迎撃しようと馬上で振りかぶっていたが……俺の狙いはこの男ではなくて、その後ろで矢を構えている別の男だ。


「くそっ!? 撃ち落としてや…………なっ?」


 驚いたような声を上げる、手前の男のすぐ脇を一気に突破すると、まさか来るとは思っていなかったのか、同じく驚愕している男めがけて突進した。

 もちろん、その男だって腕は悪くないようだし経験も豊富なんだろう。

 すぐさま弓を槍に持ち替えて、迎撃するために突き出すように構えた。


 コイツは初めての気がするが……大方今まで他の連中がやっていたように、蹴りのタイミングに合わせて弾こうとしているんだろ。

 だが、流石にもう慣れた。


 接触の瞬間に、男は身をそらして槍を払おうとしたが、ちょいと考えが甘いな。


「……ほっ!」


 そのタイミングで俺はひょいっと足を引っ込めると、そのまま真横にスライドして……!


「よいしょっ」


 男の脇腹目掛けて蹴りを放った。

 まぁ……蹴りというには少々腰が入っていないが、【緋蜂の針】は発動している状態で対象に接触したら、それだけでも小型の魔物程度なら一撃で倒せるほどの威力を発揮出来る。


 こいつで十分だ!


「がぁっ!?」


 今まで何度槍や盾で弾かれても、ただ真っ直ぐ蹴りを放ち続けていたから、相手もまさか俺が小細工を使ってくるとは思っていなかったんだろう。

 ちょっとフェイントを入れる程度の事に過ぎないのに、反応する事が出来ずに蹴りはモロに直撃した。

 そして、男は呻き声と共に馬上から吹き飛んで行った。


 声を出せたあたり生きてはいるんだろうが、それでも【緋蜂の針】の一撃だ。

 ダメージはしっかりあったようで、地面に転がったまま起き上がれないでいた。


 ヘビたちの目で見ると、生きているのは分かるが……大分弱っているな。

 無理も無いか。


「おいっ! 立てる……くそっ」


 手前の男がすぐに反転して無事かどうかを確かめようとしたが、チラリと一瞥するとすぐに再度馬を反転させて、大きく外に回りこむように走らせて行った。

 やる気無い組の後ろを回り込んで、また前に出てくるつもりなんだろう。


 追うのは……止めておくか。


 それにしても、俺からしたらむしろ生きているだけでも大したもんなんだけどな。

 傍から見たら、そこまでの威力があるとは見えないのかもしれないし、油断したとでも思ったのかもしれない。


 そんな事を考えながら、離脱する男を尻目に、こっちの地面に沈んでいる男に目をやった。


 そこまで防御力が高くなさそうな革の鎧だが、それで俺の蹴りを防げたんだ。

 魔力を通して、強化していたんだろう。

 やはり腕は悪くないな。


 だが。


「あらら……これは無理かもね」


 顔を上げると、こちらに向かってくる兵たちの姿が目に入った。

 手には槍を持っているし、捕らえるか止めを刺すかしに向かって来ているんだろう。


 俺への援護だな。


 蹴りしか使っていないし、落馬した者への攻撃手段があるかどうかがわからないから動いたんだろう。

 よく見ているし、判断も早いじゃないか。


 まだまだ戦闘中だし、敢えて手間と人手をかけて捕縛して、この戦場から離れて連行するわけないし、恐らく止めか。


 もう一度倒れている男に目をやるが、何か苦しそうにピクピクと動いている。

 さっき見た時より悪化してないか……これ。

 蹴ったのは右の脇腹だが……こっちって何か大事な臓器はあったっけ?


 ともあれ、結構なダメージの様だし……放置したらそのうち死んでいるだろう。

 魔法や何かしらのポーションを使えばここからでも回復は出来るかもしれないが、賊連中はこちらを警戒してはいるものの、救助に来るような気配は無いし、もう切り捨てているんだろうな。


 哀れなり。


「セラ様!」


「うん、止めは任せるよー」


「はっ!」


 近くまでやって来た兵の声に、俺は短く答えると一旦下がることにした。


 とりあえず、この連中にも一発当てさえすれば俺でも十分戦えることは分かったが、相手にも今の動きを見られていただろうし、連戦は避けておいた方が良いだろう。

 矢を射られない位置に移動しながら、ついでに介入する隙を探そう。

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