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 狼煙が上がってすぐに、オーギュストから襲撃が想定しているポイントよりも手前で起こると報告を受けた。


 隊列の前後への連絡で多少バタついたりはしたものの、特に速度を緩めたり、停止したりもせずに同じペースで移動を続けている。

 下手に隊列を変更して隙を作ったりせずに、このまま迎え撃つつもりらしい。

 主力になる、オーギュストを始めとしたリアーナの兵たちの実力なら、これで十分って事なんだろう。


 そして、それから数十分程が経った頃、それまで喋っていたセリアーナがふと黙り込んだ。

 どうしたのかなと、頭を上に向けると、何やら目を閉じて集中しているようだ。

 これは……そろそろか!?


「見えてきたわ。セラ、この先1キロほどの場所よ」


 どうやら、前方で待ち伏せをしている賊連中を見つけたらしい。

 ようやくか……。


「ほいほい」


 襲撃場所は予測は出来ているが、加護を持つセリアーナは一番早く察知出来るし、その情報を前に伝えるなら、俺が行くのが一番だ。

 この移動時間の間に、段取りはしっかり話す事が出来たからな。


 当初の予定では、俺はあくまで馬車に引きこもっていて、セリアーナが外に出た時には、彼女の側に張り付くことになっていた。

 だが、賊のイレギュラーな行動によって、こちらの対処の仕方も色々変わってきてしまっている。


 俺は突発的な事態に弱いからな……。

 だが、これなら問題無しだ!


 ってことで、セリアーナから簡単に話を聞くと、その情報を伝えに行く為に、すぐに馬車から飛び出した。


 ◇


 馬車から飛び出して、前を走るオーギュストの下に向かう最中、前方の景色を確認してみた。


 昨晩魔法を撃ちこんできた連中が潜んでいたような丘は無く、草原地帯が広がっていて、ちらほら森も見えている。

 街道の先には村があるはずだが、まだここからでは見えないな。

 もっと高度を取ればまた違う光景が見れるのかもしれないが……それは後回しだ。


「……潜んでいるとしたら、あの森かな? どうかなアカメたち」


 その森を注視してみるが……俺の目では何となく生物の気配があるのは分かっても、魔物や賊連中が潜んでいるかどうかまでは分からなかった。

 特に荒れた様子は見えないし、王都圏にありがちな森って感じだ。

 ヘビくんたちにはどう見えているのかな?


「ふーぬぬ……」


 アカメとシロジタは反応しなかったが、ミツメが何かを気にしているような素振りを見せている。

 三体の中で一番索敵能力があるミツメですらこうって事は、気配を殺しているのかもしれないな。

 中々油断出来ない。


「……いるのは間違いないか。ありがと、引き続きよろしく。団長!」


 賊連中の事は気にはなるが、それよりも先に報告だな!

 あまりのんびりしている暇は無いだろうし、急ごう。


 オーギュストは俺の接近に気付いていたようで、呼びかけにすぐに振り向いて答えた。


「セラ殿か。奥様からか?」


「うん、1キロほどのところだって。そろそろだね。オレのヘビはあそこの森が引っ掛かるみたいだったけど、断言はー……出来ないね。後、少数ごとにいくつかのグループに分かれているから、正確な数もわからないって」


「そうか……いや、十分だ。セラ殿【祈り】を頼めるか?」


「ほいほい……よいしょっ!」


 言われた通り、【祈り】を前列の全員にかかるように発動すると、オーギュストは短く礼を言ってすぐに、右手で剣を抜いて高く掲げた。


 それで何かをするってわけじゃないし、足を緩めてもいないが、接敵間近の合図だ。

 先程すれ違った連中が行った狼煙の代わりだな。


「セラ殿。我々は予定通り、敵を確認出来次第停止して戦闘態勢に移る。君はリーゼル閣下への報告も頼む。その後は、奥様の元へ戻ってくれ」


「りょーかい。気を付けて!」


 俺はそれだけ言うと、すぐに後ろの馬車に向かうべく、【浮き玉】を反転させて発進させた。


 ◇


「ただいまー」


 セリアーナが乗る馬車へと戻ると、今回は腕を組んだりはせずに、【小玉】に乗ったままの普通の姿勢で出迎えてきた。


「ご苦労様。全体にかけて回ったようね。……外だとどれくらい目立つのかしら?」


 前列に【祈り】をかけた後は、ついでに中列と後列にもかけて回って来たんだ。

 この馬車はその両方の範囲に入っているから、中のセリアーナにもしっかりかかっているし、それで気付いたんだろう。


「まだ明るいし。そこまで目立たないんじゃないかな? それより、敵を見つけたら停止して戦闘に移るって。セリア様は準備はどうかな? ……まぁ、言うまでもなさそうだけれど」


 俺はオーギュストからの伝言を伝えると、改めてセリアーナの姿を見た。


 剣を手にして、あのごついブーツを履いている。

 俺が離れていたし暑かっただろうが、上着もしっかり着こんでいた。

 やる気十分だな!


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 そろそろ起きるであろう戦闘に向けて、セリアーナの準備は既に出来ている。

 それなら俺も……と、馬車の中で腕をクルクル回したり、アップを開始した。


 この馬車は公爵家の専用の物だし、本来ならもっと何人もが乗るために、広く大きく造られている。

 ましてや、今日は俺とセリアーナの二人しか乗っていないから、余裕はたっぷりだ。


 セリアーナは、なにやら渋い顔をしているが……無視だな。


「オレの出番はあるかなー?」


 グルグル肩を回しながらセリアーナに訊ねた。


 ミュラー家の一員でもある俺は、当初の予定では戦闘は極力控える様に言われていたんだ。

 精々セリアーナのサポート役で、もし彼女が危ないかもしれないとなったら、ほんのちょっと介入をする程度……そのつもりだった。


 だが、賊側も何かと無駄に手を凝らしているって事もあって、役割こそ変わらないが、俺も最初から参戦することになった。

 狼煙一つとっても、色々考えているみたいだし、気を付けるに越した事は無いだろう。


【琥珀の盾】を渡しているし、彼女自身も腕はいいが、俺も一緒の方が安心だ。

 もちろん【蛇の尾】を始めとした、怪しい見た目の恩恵品は使わないが、【影の剣】と【緋蜂の針】だけでも十分過ぎる攻撃力だしな!


「無い方がいいでしょう? まあ、邪魔にならない程度に私の側にいなさい」


 もしかしたら訪れるかもしれない出番に備えて、気合いを入れていたのだが、セリアーナはそれを窘める様に苦笑しながらそう言ってきた。


 まぁ……俺の出番って事は、それだけセリアーナが危険な目に遭うって事だし、確かに無い方がいいよな。


「それもそうか……お?」


 セリアーナの言葉でちょっとクールダウンした俺は、振り回す腕を前に下ろすと、セリアーナの隣に移動したのだが、その時馬車が不意に動きを止めた。

 公爵夫人の乗っている馬車だし、何も無ければ急停止なんてするようなもんじゃない。

 ってことはだ……。


「来たのかな?」


 賊連中が姿を見せたのかな?


「ええ。森に潜んでいたのよね? そこから這い出てきたわ。数は……随分入り混じっているわね……20弱かしら? 少なくは無いけれど、後ろの連中を含めても多くは無いわね。それとも、ここから増援でもあるのかしら?」


 賊の人数が腑に落ちないのか、セリアーナは小さく首を傾げているが、今から出るか、それともまだ中で待機しておくかを聞こうとしたのだが、その前に御者が壁をドンドンと叩いたかと思うと、返事を待たずに開けてきた。


「奥様! セラ様!」


 彼も襲撃に関しては話を聞いているだろうし、このことは予測出来ていただろうに、随分と慌てた様子だ。

 全く……彼の役割を考えたら仕方が無いのかもしれないが、俺の様にドーンと構えて欲しいもんだよ。


「落ち着きなさい。賊の襲撃ね?」


「はっ……はい。申し訳ありません。その通りです。あちらから多数の賊が姿を見せました。既に対処に動いておりますが、万が一の事もあります。奥様は……」


「そこまで」


 と、セリアーナは長く続けて来そうな彼の言葉を遮り、逆に彼女が強い口調で話を始めた。


「この場で停止して迎え撃つのよね? 私の事は問題無いから、貴方は貴方で決められた通りに動きなさい。いいわね?」


 セリアーナの言葉に御者は一つ深呼吸をすると、どうやら平静さを取り戻した様で、落ち着いた声で返事をした。


「……はい。お気をつけて」


 そして、こちらに一礼をすると小窓を閉めた。


 この後の彼の役目は、万が一の際の伝令役だ。

 今から彼が乗る馬を馬車から切り離して、いつでもここから離脱出来る様に備えるんだろう。


 戦力的には俺たち側の方が上だし、迎撃の備えもしっかり出来ている。

 彼が一人で抜け出すような事は起きないんだが、知らない土地で、襲撃から抜け出して単独行動をするかもしれないってのは、プレッシャーだったのかもな。


 まぁ、それはそれとして……。


「どうする? もう外に出る?」


「まだいいわ。今は……矢でも射かけているのかしら? 足を止めているわ。私たちが出るのは本格的に戦闘が始まってからよ」


「りょーかい!」


 さてさて。


 少なくとも後ろの連中と違って、この賊連中も仕掛けてきた以上は逃げるって選択肢は無いはずだ。

 今はまだ大人しい戦いだが、そのうちしっかりこちらに向かって突っ込んでくるんだろうな。


 空回りしない程度に気合いを入れて、その時を待ちますかね!

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