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「どうかしたの?」


 ヘビたちが後ろを向いたり、俺が急にキョロキョロしだしたことを不審に感じたのか、セリアーナが何事かと訊ねてきた。

 彼女がこの反応って事は、別に外で何かが起きたってわけじゃなさそうだけれど……どうしたんだろうな?

 セリアーナじゃないが、俺も同じことを言いたくなってきた。


「なんか、アカメたちがね……。ちょっと外を見てみるね」


「? ええ……好きにしなさい」


 一言断りを入れて目を閉じると、ヘビたちの視界に合わせた。


 今はもう隊列は元に戻っていて、囮の馬車はこの馬車の周囲を囲んでいるし、護衛の兵や冒険者たちも一ヵ所に固まるのではなくて、距離を空けて広がっているから、【妖精の瞳】を使わずともヘビたちの目だけでも十分様子を把握出来るようになった。

 ここからでも問題無いな。


「ふーぬ……」


「何か異常はあって? 私は何も見えないけれど……」


 小声で唸り声をあげながら、外の様子を窺っているが……特に異常らしき物は見えない。

 だが、それでもアカメたちは未だに後ろを気にしているんだよな。

 何も無いならこういった行動はとったりしないんだが……。


「特に何かは無い気がするんだけど……んん?」


 改めて目に気合いを入れてみると、なにやら空に向かって薄っすら何かが立ち上っているような……。

 ヘビたちの目で見えるって事は、アレは何かしらの魔力が込められているんだろうが、ギリギリ見える程度だし、魔力はほとんど込められていないといってもいいだろう。

 少なくとも魔法じゃー無いな。


「何か地上から煙みたいな物が上がっているっぽいね。ちょっとだけど魔力を感じるし、どうしよう? 外に出て確かめてみる?」


「……地上から魔力? そうね、窓から顔を出すだけでいいから、確かめて頂戴」


 俺の言葉にセリアーナは頷くと、外には出ずに中から様子を確かめるようにと、指示を出してきた。

 確かに、何か起きているのなら、俺がフラフラ外に出るのは危ないか。

 見るだけなら窓から顔を出すだけでいいもんな。


「そうだね……。それじゃ」


 俺はセリアーナの膝から離れて窓へと向かい、外に顔を出した。

 唐突に窓から俺が顔を突き出したことに、後ろの馬車の御者や周囲の護衛たちが驚いたような顔を見せているが、説明は後にしよう。


 さて、一体何があったのかな?

 彼等の様子を見る限り、彼等も特に何かに気付いた様子は無いが……。


「……お? 何か赤い煙が見えるね。なんだアレ? って、セリア様?」


 何だろーなーと見ていると、頭の上にセリアーナの手が乗っかってきた。


「私にも見せなさい。アレね? 自然に起きるようなものでもないし、人為的なものね。先程すれ違った者たちの誰かがやったのね。でも、何のために?」


「……合図とか?」


 俺がリアーナの領都側の森で狩りをする時なんかは、照明の魔法だったり笛だったり、アレコレ第三者に伝わるような合図を用意している。

 あの赤い煙がそういった類の物なら、何の為かって事はさて置いて、まぁ……理解は出来る。

 セリアーナはどう考えるかな?


 セリアーナの顔を見るために頭を上に向けると、何やら険しい表情のセリアーナの顔が飛び込んで来た。

 芳しくない状況なのかな?


 だが、俺の言葉にセリアーナが答える前に、護衛の兵と冒険者の二人がこちらに向かってきた。


 まぁ、俺だけならともかく、セリアーナまでが揃って馬車の窓から顔を出しているんだ。

 何事かと訊ねに来るのは当然か。


「奥様、どうかされましたか!?」


「アレを見なさい」


 セリアーナは二人の質問に答えず、その代わり煙が上がっている後ろを見るように指した。


「アレ……っ!?」


 このやり取りの間も移動し続けているし、気付いた場所から少々離れてしまってはいるが、それでも昼間に赤い煙はよく見えるだろう。

 背後を振り返った二人もすぐに気付いた様で、その赤い煙を見て驚いている。


「その様子では、外にいた貴方たちも気付かなかったようね。となると……オーギュスト!」


 セリアーナは今度は前を向くと、オーギュストの名を呼んだ。


 彼女に合わせて俺も前を向くと、オーギュストがこちらに向かって下がってきている姿が目に入った。

 彼はこの一行の先頭にいて全体の指揮を執っているんだが、わざわざそこを離れるってことは、あの赤い煙に気付いたのかもしれないな。


 オーギュストはアレをどう捉えているのかを訊ねようと思ったのだが、俺たちが口を開く前に、俺たちや護衛の二人に聞こえるように強い口調で話し始めた。


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「あの赤い煙は、西部の国で利用されている狼煙です。アレそのものには意味はありませんが、遠くからも見えることから、合図代わりに使われることがあります」


 と、オーギュスト。


 狼煙はたかが煙とはいえ、色や組み合わせだったり本数だったりで、色々意味を持たせることが出来たりもする。

 ただ、それ以外にももっとシンプルに、ただ上げるだけで、合図として使う事もあるが、どうやらあれはその為の物らしいな。


「錬金素材を組み合わせることで、その効果を高めることが出来るのですが……。セラ殿、君ならアレに魔力が込められているかどうかわからないか?」


 オーギュストは話を中断して俺を見ると、あの狼煙について魔力が含まれていたかどうかを訊ねてきた。


「ぬ? うん……微かにだけど、魔力が込められてたね。アカメたちの目でも見れたよ」


 ただの狼煙に何で魔力を感じたのか少々疑問だったが、どうやら通常の物より性能を高めるためだったらしい。


 俺の返事にオーギュストは頷くと、セリアーナに向き直ってさらに続けた。


「やはり……。使い捨てにもかかわらず値が張るので、商人や護衛が普段使いするような代物ではありません」


「何か目的をもって使用したか、それとも何者かに渡されて使用したか……。何の考えも無しに使用したという事は無さそうね。その割には誰も追わせていないようだけれど、放置でいいのかしら?」


 捕らえて問い詰めたりとか色々やってもよさそうだけど、オーギュストがこちらにやって来ただけで、特に兵を動かしたりはしていないよな。

 セリアーナが言うように、放置するつもりなのかな?


「村で小銭と引き換えに、我々と擦れ違ったら使うように言われただけでしょう。後で報告だけして、こちらの兵に対処してもらいます。それよりも、我々が想定しているよりも少々早いタイミングで仕掛けてくるかもしれません。背後の連中もいますし……奥様もそのおつもりで。セラ殿、いいな?」


「お……ぉぅ。だいじょーぶ」


 俺の返事を聞くと、オーギュストは「失礼」と一言告げると、側を走っていた護衛の二人を連れて後列に向けて走っていった。

 そして、俺たちは窓から離れて中へと戻る。


 どうやら既にウチの兵やリーゼルたちは動いている様だし、後ろの兵たちへの指示はオーギュストが行うんだろう。

 とりあえず、本職の彼等に任せておけば問題無いか。


 それよりもだ。


「襲撃だってね……」


 いや、そりゃー……襲ってくるのはほぼ確定だってわかっていたし、くるんだろうなー……とは思っていたんだが、オーギュストが言うように、思っていたよりも手前で起きちゃいそうで、ちょっと心の準備が……セリアーナはどうかな?

 ちなみに俺は、特に何もせず大人しくしておけばいいのに、無駄にドキドキしているんだが……。


 チラリと彼女の方を見ると、何でかつまらなそうな顔をして、前の席に置いていた剣を手に取っていた。


「何か気に入らないの?」


「連中は、私たちに襲撃を察せられていることをわかっているのよ。それにもかかわらず、いくら金で依頼したとはいえ、無関係の一般人を利用する事は面白く無いわね」


「む」


 言っていることは分からなくもないが、セリアーナはこういう時、自業自得とかそんな風に言いそうなんだが……。


「捕らえるために動くのは王都圏の兵で、捕らえた後にどう裁くかも王都で決められて……それでいて、下手をしたら恨みがリアーナに向くのよ?」


 と、うんざりした様な口調で言い放つと、「ふう……」と大きく溜め息を吐いた。


「あぁ……そういう事ね」


「時間を考えたら、グラードの街で捕らえることになるでしょうけれど、取り調べであの一行全員を足止めすることになるわ。実際に関与しているのは多くても数人でしょうし、大半は無関係よ。それなのに、リアーナの問題で王都手前で足止めを食らうことになるんじゃ、不満が出るでしょうね」


 ウチ絡みの事なのに、主導権が無いことが面白く無いのか。

 これがリアーナだったら、もう少し便宜を図ったりできるんだろうけれど……王都圏だもんな。


 こっちに滞在している期間中、ずっと各方面に配慮していたのに、最後にこれじゃー、セリアーナも愚痴の一つや二つ零したくなるか。

 コレを狙って相手が仕掛けていたんだとしたら、それは成功しているな。


 まぁ……考え過ぎだろうけれど。


 しかし、結構慌ただしい状況のはずなんだが、何だかんだで余裕があるな。

 お陰で、俺の緊張もいい感じに解けた気がする。


 元々備えはしっかりしているんだ。

 ちょっとやそっとのイレギュラーでどうにかなるような事は無いよな!

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