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宿に戻った俺は、そのまま真っ直ぐ部屋へと向かったのだが、途中で誰にも出くわしたりはしなかった。
人の気配は結構あるんだけど……皆忙しいんだな。
「ただいまー。入るよー」
ってことで、部屋に到着した俺は、ノックをしつつも返事を待たずに中に入った。
中では、セリアーナが俺が部屋を出た時と同じく、ソファーに座ってお茶を飲みながら本を読んでいる。
恰好も変わっていないな。
セリアーナは読んでいた本を閉じると、机に置いて俺を見た。
机には靴が入った木箱を置いていたが……どこかに移したのか今は無かった。
「お帰りなさい。早かったわね?」
「うん。ちょっと気になることがあってね。面倒なことになる前に、早めに戻って来たんだ」
「そう……。大方、いくつかの宿に潜んでいる連中を避けたんでしょうけれど……どうせここでは何もしないし、気にしなくていいのよ?」
どうやら、俺が先程見つけてきた程度のことは、彼女はとっくに気付いていたらしい。
普段とは慣れない場所なのによく出来るよな。
基本的に無理をするタイプじゃないのは分かっているが、今日こそ相手にとっては本命なのに、その加護の使い方はコンディションに響いたりしないのかな?
「まさにそれなんだけどね……。セリア様さ、いつもとは違う場所なのに疲れないの?」
「大したこと無いわ。確かに慣れない場所ではあるけれど、その代わり、領都や王都に比べて加護の範囲に収まる人間の数が違うもの。それに、精々この宿から500メートルほどの狭い範囲よ」
俺の言葉に、セリアーナは何でもない様に答えているが……。
「500メートルってのは結構広い範囲なんだけどね……? まぁ、負担になっていないんならいいけど」
直径じゃなくて半径だ。
この宿を中心に半径500メートルっていったら、代官の屋敷も含めて主要施設に、賊らしき連中が潜んでいた宿もゴッソリ入っているし……必要なポイントは全部抑えてもいる。
確かにセリアーナが言うように、王都の様に大勢の人間が暮らす街でもなければ、リアーナの領都の様に、近くを魔物がうろつくような土地でもないから、セリアーナの消耗の度合いも低いのかもしれない……のか?
まぁ、大丈夫って言ってるんならそうなんだろう。
「その宿にいるのが、昨日王都からついて来ている連中ね。それとは別に、北から窺っていた連中もいたでしょう? そちらは、早朝に出発していたわ。何台かの馬車と一緒だったし、商人の護衛として街を出たのね」
「元気だね……。それなら街道上で待ち伏せなのかな?」
昨晩も他所からこの街まで移動してきて、んで、早朝から出発か。
徒歩か騎乗してかはわからないが、俺たちの護衛の様に馬車に乗って休憩しながらって感じはしなさそうだし。
「どうかしら? 北へ向かっていたから、昨日と同じ様に、また北から狙ってくるんじゃない? お前も昨晩魔法で狙われたでしょう? 加減したみたいで大した威力は無かったとはいえ、あの距離で正確に狙える技術があるし、正面からよりは側面を突いた方が可能性は高いでしょうしね」
と、セリアーナは自分が狙われることになるにもかかわらず、呑気に分析をしていた。
「なんか余裕あるね? 街の方は気にしなくていいの?」
「どうせ後でぶつかるし、それに、少なくとも今この街には王都からつけて来た連中以上の腕の持ち主はいないわ。今更気にしても仕方が無いでしょう」
セリアーナは、手をヒラヒラ振りながらそう言った。
「なるほどなー」
セリアーナに敵意を持っていない相手は、彼女の加護でも敵かどうかの識別は出来ないらしいが、【妖精の瞳】も併用したら、範囲内の生物の強さもわかる。
とりあえず、それで脅威かどうかを判断しているんだろう。
それに、彼女が言うようにどうせ後で出くわすんだし、今から気にしていてもしょうがないか。
セリアーナは、「ふむ」と納得する俺を見て満足そうに頷くと、フッと部屋の隅を指した。
何かなと、その先を見ると靴が入っている木箱が置いてある。
そういえば、お茶が用意されていたし、持って来た使用人がそっちに移したのかもしれないな。
「はいはい……よいしょと」
俺はそちらへ行くと木箱を抱え上げて、セリアーナの下へと持って行った。
「履き替えるの?」
「ええ。そろそろ呼びに来るでしょうしね」
「なんかやたら重たかったけど……入ってるの靴だよね?」
しっかりした木箱ではあるけれど、これは中身も結構な重さだよな?
どんなのが入ってるんだろう。
そう思いながら、俺の問いかけに答えずに箱を開けようとするセリアーナを眺めていた。
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「ほぅ……」
セリアーナの開けた木箱を覗き込むと、中にはブーツが上下互い違いに横に寝る形で収まっていた。
靴のデザインは黒地の膝まである、編み上げのロングブーツだ。
紐と何ヵ所かにあるベルトは赤で、俺の【緋蜂の針】とは配色が逆になっている感じだな。
そのまま上からブーツを眺めていると、木箱からセリアーナが片方を取り出して床に置いたんだが、その際の音がゴトッ……とした。
重量感たっぷりだ。
セリアーナがリアーナでダンジョンに行く際や、訓練所を利用する際に履く靴は、そこそこ稼げている冒険者が履いている靴と同じような物だ。
靴底とかは頑丈な素材を使われているが、動きやすさを優先していて、比較的軽かったりした。
何気にお高い物なんだよな。
まぁ……それを履いて戦うんだから、防御力と動きやすさを両立させないと、すぐに魔物に殺されてしまうから、お金をかけるのも当然か。
さて、それはさておきこの靴だ。
この靴は足首回りこそある程度動かせそうだが、重さも素材も、ちょっと歩くのには向いていなさそうに見える。
前世の安全靴とかを彷彿させるな。
俺は履いた事は無いが、あれは重い物を落としたり尖った物を踏んだりしても簡単に怪我をしない様に、多少の歩きやすさを捨てても頑丈に作られていた。
「ごつすぎない?」
「そうでしょうね。私もこの靴を履いて歩いて回る気は無いわ。素材は革鎧に使われたりする素材と同じ物を使っているそうよ。魔境産の魔物ね」
セリアーナはそう言って、靴を履き替え始めた。
革製の鎧は、金属鎧ほどじゃないが硬いし重さもある。
それと同じ素材を使って仕立てたブーツか。
男性女性関係無しに、そんなのを履いてまともに戦闘が出来るとは思えないし……ってことはだ。
「それじゃあ【小玉】を使うことが前提なんだ……そういや、じーさんともその状態で稽古してたね」
「そういうことよ」
リアーナで仕立てていたんだし、元々【小玉】を使う事を前提に考えていたんだろう。
【琥珀の盾】があるとはいえ、足元は無防備になってしまう。
俺だったら玉の上に乗ったり、【緋蜂の針】を発動しながら足を振り回したりして、狙いを絞らせないように色々出来るが、セリアーナに同じことをやらせるわけにはいかないだろう。
「さて……と。こんなものかしらね」
セリアーナは履き終えたのか、立ち上がると、ガツンガツンと大きな音を立てながら履き心地を確かめるように室内を歩いている。
それを見て、ふと湧いた疑問を訊ねることにした。
「パッと見は冒険者がよく履いているようなブーツなんだけどね。音凄いけど重くない? 使い道があまり思いつかないね……」
セリアーナの歩き姿に違和感を覚えるような事は無いんだが、音から間違いなく重たいことはわかるし、歩きづらいであろうこともわかる。
今日は【小玉】に乗りっぱなしになるから問題無いだろうが、それ以外の時ってどうするんだろうな?
そして、セリアーナが領地で武装する時ってのは運動をしたい時だし、そんな時には【小玉】は狩場までの移動程度にしか使わないはずだ。
使う機会はあんまりないよな?
セリアーナは俺の言葉を聞くと、一瞬何言ってんだというような顔をして、口を開いた。
「……? 何を言っているの。今回のために仕立てたのだから、片が付けば処分するわよ」
「あっ…………そうなんだ」
俺は色々な考えが頭をよぎりつつも、なんとかそう口にした。
鎧に使えるだけの素材をしっかり処理して、そしてブーツとしてデザインしたコレは、結構な逸品だと思うんだけど、今日限りなのか。
もったいない気もするが、フルオーダーで仕立てたものだし、彼女が使わないんなら死蔵だもんな。
かといって、取っておくにももう二度と使わない物をどこに仕舞っておくかって話だ。
領都の俺の部屋は色々飾れるような部屋になっているが、他人の靴を飾るってのもな……。
そうなると……処分が妥当か。
それでも、もったいないなー……という気持ちで、部屋中を歩いているセリアーナを眺めていると、何周かしたところで足を止めて、【小玉】を発動して、浮き上がった。
「もういいの?」
「ええ。履いて歩くのには向いていないことは確認できたし、どの程度動かせるのかはわかったわ。セラ、一旦奥へ行くからお願い」
「お? ほいほい」
まだ何かあるのかな?
俺は言われた通り、【隠れ家】を発動するために、寝室へ向かった。
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