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「待たせたわね」
ペンを置き封筒に封蝋を押すと、セリアーナは顔を後ろに向けてそう言った。
ちなみになぜ後ろを向いたかというと、俺がセリアーナの首に腕を回して、背中に張り付いているからだ。
俺が呑気に夜のお散歩を楽しんでいる間にも、長々仕事をしていてお疲れみたいだったしな。
20分ほどその姿勢で施療を行っていたが、効果はいつもの通りだ。
「お疲れ様。終わったのかな?」
「ええ。これで私の王都での仕事は終わりね。後は出発まで屋敷でゆっくり過ごすわ」
セリアーナから首に回している腕をポンポンと叩かれたので離れると、彼女は立ち上がり、喋りながらソファーに向かって歩いて行く。
俺も後をついて行くが、セリアーナは、何か思い出したのかふと俺に振り返った。
「話を聞く前に、着替えを済ませなさい」
「お?」
そういえば、黒のコートを始め、外行きの恰好のままだったな。
「それもそうだね……。ちょっと着替えてくるね。……ん?」
とりあえずサクッと着替えを済ませるために、【隠れ家】を発動しようと部屋の奥に向かおうとしたのだが、そちらに向かう俺の服の裾をセリアーナが掴んできた。
「私も行くわ。話は奥でしましょう」
何事かなと思い振り向くと、セリアーナはそう言ってきた。
「む」
まぁ……確かに。
大した内容じゃないとはいえ、一応今後のスケジュールについても話すし、【隠れ家】の方が気楽に話せるってのはあるな。
「それもそうだね。それじゃーあっちでしようか」
「ええ」
ってことで、二人で寝室に入ってから、壁に手をついて【隠れ家】を発動した。
◇
「お待たせー……ぉぉ」
コートを棚にかけて、ついでに服も着替えてリビングに戻って来ると、セリアーナがお茶を淹れて待っていた。
実に手慣れたもんだ。
絶対このねーちゃん、俺よりも使いこなしているよな。
ともあれ、セリアーナが話を聞く用意は出来ているし、お散歩の成果を披露するかね。
俺は、セリアーナの向かいの席に着くとまずは中央通りを見て回った話から始めた。
うん……。
あそこの話はなー……商業ギルドを始め地区一帯が連携して、夜間に翌日の営業の準備をしていたって事くらいしかないんだよな。
まぁ、今回出かけたのは、あくまで思いつきというか、ただの気分転換であって、何かお目当てのネタがあってってわけじゃ無いから、大した話は出来ないが、それはセリアーナも承知している事だ。
開き直りってわけではないが、オチは無くてもいいか。
ってことで、一通り話をしたのだが……。
「王都ならでは……というよりも、王国西部ならでは……かしら? その方が効率はいいんでしょうけれど、リアーナやゼルキスには転用出来そうにないわね」
「まぁねぇ……。そもそも街中とはいえ、夜に大勢が出歩くってのが向いてないよね」
「そうね。街の設備をどうにかしたら可能になる様な話でもないし……」
と、セリアーナは苦笑を浮かべている。
街中の治安に関しては、そこまで心配していないんだ。
警備兵が日常的に出歩いているし、そもそも夜でも街のいたる所に冒険者たちがたくさんいるから、彼等がある種の抑止力のような役目も担っている。
だから、人間による犯罪の心配はない。
じゃあ、何を危惧しているかっていうと、やっぱり魔物なんだよな。
結界とか色々備えていても、それで魔物の侵入をシャットアウト出来るかっていうとそうじゃないし、流石にもう無いと信じたいが、街の内部から湧いてしまう事も有りうる。
んで、それが真昼間ならともかく、夜間だとな……。
気付くのが遅れて、尚且つその時に街中に非戦闘員がたくさんうろついていたら、それはもう大惨事だ。
東部ってのはそういう土地だもんな。
街を治める身からしたら、いくら効率がいいからってそれは出来ないだろう。
「まあ、これから領地を開発していって、魔境との距離がもっと開けば魔物の脅威も薄れるし、住民の暮らしにも変化は訪れるでしょうけれど……。それは10年か……あるいはもっと先の話ね」
「なるほどー……」
リアーナでは、領都の側にいくつかの街を作って、そこに色々な役割を持たせることになっているが、シンプルに魔境との盾の役目もある。
セリアーナが言うように、上手く発展していけば、いずれは王都みたいになったりするのかもしれない。
まぁ、別に今のままでも困っているわけじゃ無いし、急ぐような事じゃないかな?
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さてさて。
話題は中央通り沿いに並ぶ商会の夜間業務の件から進んで、冒険者ギルド前で会った冒険者たちとの件になった。
この件はなー……ちょいと話をするのに、事情を説明したりする必要があるし、緊張するな。
冒険者たちと会って話したこと自体は別に問題は無いんだ。
問題は、冒険者ギルドがある場所なんだよ。
あそこは、今晩のお散歩で行っても構わないと言われたエリアから、ちょっとはみ出しているんだよな。
別に何事も無く終えたからそれでいいじゃないか……って、思わなくもないが、そこを誤魔化すのもなんか違う気がするし、かといって黙っておくってのもな……。
それに、そもそも彼等との会話内容は、リーゼルやオーギュストには伝えるつもりだし、どうせセリアーナの耳にも入るだろう。
ってことで、開き直った訳ではないが、気を取り直して話を始めた。
中央広場の上空で浮いているところを、冒険者ギルド前にいた冒険者に察知されたってのがきっかけなんだが、早々にセリアーナは眉をしかめていた。
もっとも、呑気に宙に浮いていた俺に対してってよりは、察知系の加護を持つ冒険者の存在に対してだろう。
恩恵品の可能性もあるが……近付いた時に何も変わった物は見えなかったし、加護だよな……うん。
ともあれ、単純な範囲や性能ならセリアーナの方が上だと俺は思う。
他の恩恵品や加護とも組み合わせられるし、その気になれば街全体どころか、それを超える範囲を見通すことだってできる。
しかも、本人は安全な場所に引きこもりながらでもだ。
性能だけじゃなくて、使用者の安全も確保出来るし、コレを超える加護や恩恵品ってのは、ちょっと思いつかない。
だが、セリアーナは、女性でもしっかりと鍛える東部の貴族だとはいえ、戦闘が専門という訳では無いからな。
王都のダンジョンの奥を目指せるレベルの冒険者が、その能力を持っているってのは、彼女にとっては警戒に値する事なんだろう。
ましてや、それが自分が暮らす領都にやって来るかも知れないんだ。
そこだけ考えたら、彼女の気持ちもわからなくはない。
ただ……。
「何か警戒しているみたいだけど、ジグさんあたりと仲良く出来そうな人たちだったよ?」
パーティーを組んでこそいるものの、クランを組んでいる様子も無かったし、比較的少数で行動しているんだろうな。
新人のサポートとか冒険者ギルドの任務への態度からも、あまり組織を大きくしたり、どこぞの名士になりたいとかそんな感じじゃなかった。
アレクだったりルヴァンだったり、冒険者の活動を通して上の身分に上っていく、所謂成り上がりが目的だと、そういった活動は、むしろ覚えをよくするために積極的に行っていくもんだしな。
だが、それをせずに、この時期に敢えて奥を目指して遠征をするのは、ダンジョン探索だったり戦闘の方が優先度合いが上なんだろう。
流石にジグハルトほど突っ走ってはいないだろうけれど、結構近いものを感じたんだよな。
だから、彼等がリアーナに移ってきたとしても、必要以上に警戒する必要は無いはずだ。
「そうなの……?」
彼等のフォローをしてみたが、いまいち納得出来ない様子のセリアーナ。
まぁ、この辺の事はな……。
やはり貴族の価値観ではしっくりこないんだろうな。
「随分警戒するんだね。セリア様なら加護の範囲内に入ってきたら、心配ないってわかるんじゃない? ……あっ」
そういえば、敵意を持たないけれど襲ってきそうな連中が、正に今いるんだよな。
だからなのかな?
「フン……。それもあるけれど、距離をとっていても探られる様な加護を持つ者は、どうしても警戒されるわ。それが腕の立つ冒険者だとなおさらね」
「……なるほどぉ」
彼等の持っているのがどんな加護なのかはわからないが、警備とかを考えると、あまりいい気はしないのかもしれないな。
俺の場合は、従魔と恩恵品の合わせ技だが、屋敷にいる主らしき姿がハッキリと捉えられていたし、やりはしないが、その気になれば外から狙い撃つことが可能だったと思う。
リアーナのウチの屋敷は、デカいしそもそも立地が簡単には狙えないようになっているが、そこまで気を付けているのに、無効化されるかもしれないってのが大きいのかもしれない。
俺も普段は使用を控えているもんな……今日は何も考えずに使っちゃってたけど、どうなんだろう……大丈夫かな?
と、少々不安になっていたのだが……。
「何をやらかしたのかはわからないけれど、腕の立つ冒険者が警戒されるのであって、お前はそもそも対象外よ」
「……ぉぅ」
中々辛辣なお言葉じゃないか。
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