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俺が今いるエリアは、中央通りから北に抜けた場所で、外国人地区のすぐ手前なんだ。
もちろん、直接中央通りの本筋と繋がっている広い通りは別にあるんだが、そっちは貴族とかお偉いさんが利用する事が多い、お上品な通りだ。
そっちの雰囲気に合わない連中は、こちら側のような外れた通りを利用する事が多いと思うんだが……。
「人が少ないね……」
こっちの通りを行き交う人間は、そりゃーいる事はいるんだ。
ただ、それはここら辺の店の関係者だったり、そこのお客さんだったりで、あくまでこの辺の一般人に過ぎない。
敢えて探ったりしようとは思わないが、この通りを利用する外国人がいないんだよな。
向こうにある教会とか、その辺に集まっていた人間の数が減ったって感じの事を、リーゼルたちが言っていたが、その影響かな?
「ふーむむ………。ねー! ちょっとー!」
建物の壁に寄りかかりながら、俺の方を見ていたおっさんたちに向かって声をかけると、まさか話しかけてくるとは思っていなかったのか「うおっ!?」と声を上げて、驚いた素振りを見せた。
「なっ……なんだ?」
うむ。
チラチラこちらを見ていたが、どうにもあからさまで素人っぽさが隠れていなかったし、やっぱりただ単に強面ってだけの一般人だったか。
強気に構えようとしていても、ビビりまくっている様子が声で伝わってくる。
こっちの人たちも、俺が誰かってのは何となくは知られていそうだな。
「あー、大したことじゃないから、そんな構えないでね。あのさ、この辺って向こうの人とかは通らないの? 見た感じお店の人とそのお客さんばかりだけど……」
「あ? ああ……」
いきなり何を聞かれているんだとでも思ったんだろう。
返事をする前に、おっさんたちが顔を見合わせていた。
だが、俺の顔を見て、特に裏があるわけでも無くて、ただ単に聞かれたままに答えたらいいと分かったんだろう。
おっさんたちの中でも一際ごついおっさんが、額に手を当てて何かを思い出すようにしながら、口を開いた。
「そうだな……。最近西の連中と戦争があったんだろう? 俺たちが圧勝したアレだ。その報せが入ってきて少ししてから、この辺を通る連中は一気に減ったな。それまでは、ダンジョンや周辺の店を利用するために、冒険者だったり商人だったりがここを通っていたんだが……。表の通りを使うような、身分の高い連中はまだ残っているみたいだがな……」
「ほーぅ……」
「まあ、戦争でわざわざ自分たちを負かした国に居残ろうって奴もそうはいないか」
そう言うと、周りのおっさんたちと一緒に大口を開けて笑っている。
あの辺の人間が減ったのは、戦争じゃなくてリアーナでの教会関連の事件が原因のはずだが、騎士団や貴族連中はともかく、平民にはそこら辺の情報は下りて来ていないのかもしれない。
ともあれ、俺が感じたのは錯覚って事は無さそうだな。
向こうを出入りする人間は減っている。
とりあえずそれがわかれば十分か……。
「そっか。ありがとー」
「おう。それよりも……あんた、ミュラー家のセラ様だろう? 見るのは初めてだが、ギルドで噂も聞くし有名だぜ。絡むような連中はいないだろうが……それでもここらはあまりお上品な場所じゃないし、長居しない方がいいんじゃねぇか? 表と違ってあんたが買うような物も無いだろう?」
「んー……まぁ、それもそうだね」
チラリと周囲の建物を見てみる。
2階建てや3階建ての広い建物が多かった表通りと違って、この辺りは狭い分上に広げているのか、4階建てや5階建てがほとんどだ。
そして、3階あたりまでは店舗の倉庫にでもなっているのか人の気配はほとんどないが、そこより上の階にはしっかりいるようで、【妖精の瞳】やヘビたちの目を通して、しっかりと捉えられている。
下の店が開いている所はもちろん、閉じている所もしっかりとな。
おっさんが言うように、ここで買う物は無いし、見たいものはある程度見れたと思う。
もう少しアレコレ見て回りたい気もするが……俺の高い声で喋っているのもうるさいかもしれないし、潮時かもしれないな。
おっさんたちに手を振って別れを告げると、背を向けて表通りに向かって進み始めた。
通りには店の関係者たちの姿がいくらか見えるが、俺に顔を向けている者はいないし、それに、仮にそうでなかったとしても、ただ単に目を閉じているってだけしかわからないだろう。
俺がヘビたちの目と連携して、周囲の建物の内部まで探っているとは思うまい!
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「……ふん。なんの追跡も無しかー。あそこを離れるまでの間は視線だけは感じていたんだけどな。考え過ぎかな?」
中央広場のすぐ北にある問屋街を後にした俺は、目を閉じて最警戒状態のまま、まっすぐ貴族街に繋がる門のすぐ前へと戻って来ていた。
そして、検問の兵士も見えるし、ここならもう警戒を緩めてもいいだろうと、目を開いて後ろを振り返ってみるが……通りを行き交う人の姿はあるものの、特に怪しい動きをする者は無い。
問屋街からここまでは決して距離があるわけじゃ無いし、そこまで警戒する必要は無いのだが、それでもここまで念を入れていたのには理由がある。
俺があそこに踏み入ってしばらくしたころ、明らかに何者かの監視を受けているような動きをアカメたちがしていたんだ。
俺はちょっと気付けなかったが、周囲の警戒をしていたし、あの場に何かがあるんだろうと思い、引き返す際に全開で周囲の索敵を行っていた。
その際に分かったのは、営業をしていない店が入っている建物も含めて、上階に多数の人間がいたってことだ。
前世のオフィスビルの様に、一つの建物に複数の会社が入るってことはこの世界だと稀だし、恐らくは1階で店を出している商会の人間なんだろうが、その中に明らかに戦闘力を持った人間が何人か交ざっていたりしたんだ。
これが他所の街とかだったら、用心棒として雇われた冒険者ってことも考えられたんだが、ここは王都だからな。
それも、兵士の巡回経路ですぐ近くが外国人地区だ。
そんな際どい場所で、裏通りとはいえ王都に店を構えられるような商会が、戦力を揃えておくってのはちょっと考えにくくないか?
それに、中には妙に腕の立つのもいたし……。
ってことで、その事に気付いてからは俺はあの通りでの動き方を少し変えていた。
それまでは、普通に通りの端を移動していたんだが、あえて真ん中を通ったり、目立ちやすいようにだな。
釣り出すってわけじゃ無いけれど、もしかしたら何か変化があるかも……と思ったんだ。
だが、問屋街を離れるまでは、確かに俺の動きを建物の上階から見張っていたんだが、それ以降は何も無し。
「セラ様、どうかされましたか? もうお帰りでしょうか?」
「ほ? あっ……」
考えながら問屋街の方を睨んでいると、滞空していたつもりの【浮き玉】が、いつの間にやら門の側まで流されていたようで、警備の兵が声をかけてきた。
行きにここを通った際に話した兵士とはまた違う兵士だが、俺が今日街に出かけていることは知っていたようだ。
まぁ、それはともかく、俺が向こうを見たままボーっとしていたことを気にしている様だし、適当に誤魔化すか。
確証のない情報を彼等に伝えたって、聞かされた彼等もどうしていいかわからないもんな。
「うん。ちょっと買い忘れたりしてないかなって考えてて。思い出せないし……もし忘れてても大したこと無いんだろうけどね」
そう言うと、彼は「そうですか」と笑いながら言って、門の前へと戻っていった。
「それじゃぁ……オレも屋敷に戻るかな。荷物はいつ頃届くかなー」
その戻っていく兵士の背中を見てそう呟くと、【妖精の瞳】を解除して、俺も門へと向かうことにした。
◇
行き同様に、戻りの際も検問での審査は特別待遇に近いもので、挨拶だけで通して貰う事が出来、スムーズに屋敷まで到着した。
出発する時もそうだったが、セリアーナが使用人たちに言ってくれていたから、大袈裟な出迎えも無しに気楽に中に入る事が出来た。
すれ違った使用人たちに「お帰りなさいませ」とだけは言われたが、それだけだ。
この気楽な感じが実にいいな。
街にちょっと出て思ったけれど、問屋街のおっさんたちは別にしても、マジで色んな人に畏まられるんだ。
今までは屋敷の人間の方がちょっと気疲れしていたけれど、主から命令があればこういう風に対応を変えてくれるし、いざ貴族になってしまえば、リアーナならともかく、他所の土地だと滞在先の方が気楽に過ごせるのかもしれない。
まぁ、それはさておき、俺はそのまま真っすぐセリアーナの部屋へと向かうことにした。
今日は、俺が外に出かけている間に商人を呼んで、色々買っていたはずだ。
セリアーナの部屋に運ばせているのか、あるいは別の部屋か。
それは分からないが、何を買ったのかの目録くらいはあるだろうし、それを見せてもらわないとな!
部屋の前に到着すると、ドアのすぐ脇に控えていた使用人が、ドアを開けて待っていた。
セリアーナの指示があったんだろうな。
「ただいまー!」
ってことで、俺は元気よく中に向かって声をかけながら、入ることにした。
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