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 俺がゼルキスへのお出かけを終えてから1週間ほど経った今日。

 長く街を離れていた戦争に参戦した兵たちが、ようやく領都に帰還を果たした。


 元々ウチは、外の情報を得るのに南回りの水路を利用しているから、他の領地の様に陸路を使った場合よりもずっと早く伝わる。

 出兵した兵たちの帰還時期も、俺が帰って来た翌日には広まり始めていたらしい。

 前日に情報を持ってきた伝令経由だろう。


 そして、ゼルキスと違って、リアーナ領では大きな騒動は起きる事はなく、静かなものだった。

 もちろん、道中の街には受け入れ態勢を整えてもらうために、領都から伝令を送って伝えてはいるが、この状況を利用して稼ごうと考える商人はいなかったらしい。

 まぁ、街の外を出歩くのは、他の領地よりもハードルが高いからか。


 ただし、領都の各商店等は何やら気合いが入っていた。

 ウチの領地から参戦した兵は皆領都の住民だし、全員ここに戻ってくるからな……。

 道中の街や村で稼ぐよりも、領都に集中した方がいいって考えているんだろう。


 その甲斐あってか、今街は大いに賑わっている。

 賑わっているのだが……俺とセリアーナは、屋敷のセリアーナの部屋で、一緒に窓の外を眺めていた。


 部屋の窓は閉ざしているが、それでもしっかりと歓声が届いてくるほどだ。

 先程までは西門側だったが、徐々に中央広場に近づいているな。


「ねぇ、オレたちは何もしなくていいのかな?」


 出兵時には、わざわざ兵たちの家族を集めて、ちょっとした式を開いていたのだが今回は何も無しだ。

 今日だけじゃなくて、明日以降も何も無し。

 全員無事に帰ってきたのにいいのかな?


「折角帰ってこれたのに、私たちがいては気を抜くことが出来ないでしょう」


「まぁ、うん」


「街の酒場や食堂には支援金を後日出すし、今日は勝手に自分たちで労ってもらうわ」


「なるほどー……」


 セリアーナの言葉を聞きながら頷いた。


 班長クラスのお偉いさんはともかく、出兵した兵の大半は冒険者上りのガサツな連中だ。

 街の冒険者たちとも付き合いが長いだろうし、彼等もきっと帰還を喜んでいるだろう。

 この街の冒険者は荒っぽいんだが、戦う相手は魔物で、人間同士で戦う訳じゃないから、意外と仲が良いんだよな……。

 それは、冒険者を引退して騎士団の隊員になってもそうだ。


 俺たちがいない方が、皆気楽だろう。


「今日から1週間ほどだけどエレナたちも休みにしているし、屋敷の仕事も抑えめにする予定よ。もちろん、休暇明けからは領地の見回りが始まるし、人の移動も活発化するから忙しくなるでしょうけれどね」


「うん」


 何かとセリアーナのフォローをしている、エレナとフィオーラは今日はいない。

 アレクとジグハルトが戻ってきたからだ。


 テレサはいるんだが、彼女は俺の副官としての仕事に取り掛かっている。

 1番隊の面々と一緒になって、帰還した兵たちの情報を色々纏めていかなくてはいけない。

 リックは領内の見回りがあるし、オーギュストもいないからな。

 参戦した兵の大半が2番隊だし、彼女が適任だろう。


 いやはや申し訳ない。


「まあ、夕方にはアレクたちはこちらに顔を見せるし、その時に話を聞きましょう」


 どうやら、兵たちは全員街へ入り終えたらしく、そう言ってセリアーナは窓から離れていった。


 ◇


 さて、夕方になった。

 街は相変わらず屋敷にいてもわかるくらいの賑やかさだ。

 もっとも、騎士団が出動するような騒ぎは起きていない。

 しばらくの間、街はこんな感じになるだろうが、必要な秩序は保たれているし、大丈夫かな?


 もっとも、テレサ、使いをこちらに寄こす事はあっても、自分は下の騎士団本部に詰めたままだったし、裏方は何かと忙しいのかもしれない。

 俺も負けじと、この部屋で本を片手にゴロゴロしながら、セリアーナの護衛に精を出していた。

 セリアーナも同じく読書をしている。

 今日はもう、彼女もお休み状態だな。


 賑やかな街と違って、屋敷は今日は静かなもので、もちろんこのセリアーナの部屋もそうだ。

 部屋には昼食を持って来た使用人以外は誰も訪れる事はなく、俺だけじゃなくて、セリアーナもゆったりとした時間を過ごしていた。


「セラ」


「……ほ?」


 本も読み終えてすっかりダラけていたが、セリアーナが俺の名を呼んだ。

 何事かと顔を上げると、部屋のドアを指している。


「……あぁ。ほいほい」


 エレナたちなら、中から声をかけたら入ってくるが、この相手はそうじゃない。

 って事は、使用人だな。


 俺はそちらに向かうと、ドアを開けた。

 予想通り、廊下にいたのは使用人だ。


「失礼します。エレナ様方がお越しになりました。今は下の談話室に通しています」


「はいはい。了解です」


 俺の返事を聞いた彼女は、頭を一度下げると下がっていった。


「セリア様」


 と、振り向いてセリアーナの方を見てみると、既に彼女は部屋を出る用意が出来ていた。

 まぁ、セリアーナならエレナたちが屋敷に入った時点で気付くか。


「準備は出来ているわ。行きましょう」


「はーい」


 それじゃー、下に向かうかな。


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 南館1階の談話室。

 南館の2階は男性は立ち入り禁止だが、1階は別だ。


 もっとも、この南館はセリアーナの縄張りだし、誰でも通されるってわけじゃ無いからあまり利用されることは無いけどな。

 普段から出入りするのは、アレクとジグハルトくらいだったが、ここ最近はその彼等が街から離れていたから、もっぱら開かずの間になっていた。


 だが、アレクたちが帰ってきたこともあって、久々にその談話室が使われることになった。

 集まった名目は今回の戦争の報告ではあるんだが……大分砕けた内容になっているし、どちらかというとお茶会の様なものだな。

 とはいえ、それでも一応報告は行っている。


 まずは、この街を発ってからゼルキスの領都に着くまで。


 今回一緒だった2番隊の隊員も、領内の見回りだったりで集団での行軍経験はあったが、リーゼルやオーギュストといった、ガチのお貴族様と合同でってのは初めてで、最初の数日はやはり緊張などもあって、想定よりも少し遅れていたらしい。

 ゼルキスの領都に到着したって報告は俺たちも受けていたし、順調だとしか聞いていなかったが、そんなことがあったのか。


 領都に到着した後は、他の東部派閥の面々が集まるのを待って、船を利用して南回りで王都圏へ。


 リーゼルたちは王都に向かい、そこで式典とかを行っていたそうだが、アレクたちは近くの街に滞在していたため、その辺の事は分からないらしい。


 リーゼルたちが戻ってきた時に聞くのもありだろうが……聞いても別に面白いことでもないだろうし、それはセリアーナたちに任せるとして、その間アレクたちは一緒の街に滞在していた、他領の兵たちとアレコレ話をしていたそうだ。


 ウチは一応東部閥に組み込まれているが、まだまだ他領との交流はあって無いようなものだし、ただ王都に行ったお偉いさんとの合流を待つだけの待機時間ではあったが、無駄にはしなかったらしい。


 リアーナはなー……ド辺境なんだよ。


 あまり積極的に他領と付き合いを深めていない領地でも、派閥に組み込まれていたら、なんだかんだでそこから情報を集めたりは出来るが、

 ウチはそれすら碌に出来ない環境だ。

 そして、リアーナの人間で他領と付き合いが一番多いのって俺だからな……。


 アレクたちにとっては、国内の最新情報を集めることが出来た、有意義な時間だったそうだ。


 そして、王都の式典も終わり、戦場である大森林同盟の盟主国で、西部と国境を接しているルゼル王国に向かい出発した。

 流石に何千人もの兵が同じルートをひと固まりに移動するのは、少々道中の街や村への負担が大きいから、いくつかのルートに分かれて移動したんだとか。


 ルゼル王国とはウチの国も国境を接しているお隣さんだ。

 王都から普通に移動すると、通常なら2週間から3週間弱ってほどで到着するそうだが、今回は人数が多いから、時間は通常よりもかかってしまい、3週間を過ぎたそうだ。


 そこから、さらに西に向かってルゼル王国内を移動するわけだが、ルゼル王国はメサリア王国と違って、あまり国土は広くないんだとか。

 ルゼル王国は元々古い国で、今の様に大陸東部を開拓する前に出来たからだと聞いている。

 俺も本でそんな事を書かれているのを見たが、広い国土を保つだけの余力が、まだ当時はなかったんだろうな。


 とはいえ、国土は狭いが人口は多く国内での交流が盛んだからか、文化面と知識面で西部とも渡り合えるレベルだし、決して侮っていい相手ではないんだとか。


 まぁ、それは今回関係無いことだし、置いておくとして……。

 要は小さい国で、ルゼル王国の東から西までは、メサリア王国の王都から西の国境までの距離よりも、短い。

 さらに、平地でしっかり街道は整備されているため移動も楽で、2週間もかからず戦場のすぐ手前の村の一つに辿り着くことが出来たそうだ。


 もちろん、ウチの国だけで戦争をするわけじゃ無いし、大森林同盟だけじゃなくて同盟外の東部の国もだから、集まるのにはもう少しかかったが、それでも秋の2月の初週には完了した。

 無事雨期の前に、移動を完了する事が出来たわけだな。


 ちなみに、集まった兵は8千人に少々届かないくらいだったらしい。

 西部レベルでは決して大兵力ってほどじゃないが、東部にしたら一大戦力だ。


 もっとも、それでそこに集まった東部の兵たちは、少なくとも雨季が明けるまではその場を離れる事が難しくなってしまった。

 規模が大きくなればそれだけスタンドプレーは難しくなるからな。


 たとえ本国で何が起きても、残った者たちに任せるしかない。


 もろに、このリアーナがそれだな。


 いやはや……こうやって、外の問題の対処に向かった側の視点の話を聞くと、返す返すよく練られていたと思う。

 結局不発に終わったが、本気で策を成功させようと思っていたら、案外上手くいってたんじゃないだろうか?


 俺たちはだいぶ運が良かったよな……。

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