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 ペチペチと通路を裸足で走る音が響く。


「セラっ!?」


 3人とも急に走り出した俺に対応出来ていない。

【祈り】を発動しても尚大した速度は出ないし、これがもう少し広い場所でだったなら簡単に捕まえられただろうが、この狭さじゃ難しいだろう。


「せー……っの!」


 部屋まで後2~3メートルといったところまで来た俺は、【緋蜂の針】を発動した。

 なにもこれであの石柱を蹴り砕こうってわけじゃ無い。

 蹴るのは……。


「ほっ!」


 床だ!

【緋蜂の針】を発動した右足で力強く床を踏み切ると、壊れた壁を通って部屋の中心に設置された石柱目がけて、俺の体は勢いよく宙を飛んだ。


「っ!?」


 後ろで3人が驚いた気配を感じたが、もう振り向く余裕は無い。

【緋蜂の針】は大型の魔獣の突進だって軸をずらす威力がある。

 それで床を踏み切れば、俺の軽く小さな体ならこれくらいの芸当は可能だ。

 角度が甘く、少し石柱からずれているが……それも問題無い。


「ふっ!」


【風の衣】の範囲を狭めていき、風の膜に触れて軌道を修正する。

 石柱と接触までもう僅かの距離で【影の剣】を発動すると、俺は右腕を振りかぶり、そして振り抜いた。


「はあっ!」


 硬い金属同士をぶつけ合う様な音が部屋に響くが、石柱に刃がしっかりと入っているのがわかった。

 強度はフィオーラが言っていたように相当硬いが……【影の剣】は魔力を切り裂く刃だ。

 そして、この石柱は魔物の素材を固めたもので、魔素を大いに含んでいる。

 十分通じている!


 通じてはいるが……硬い!

 刃は確かに通ってはいるが、俺が今まで倒してきた魔物とは違う。

 刃を押し付けるも、両断できないまま【緋蜂の針】と【風の衣】の勢いが落ちてきた。


「……っぐぅ!! ふっ!」


 俺はさらに【足環】を発動して、石柱に取りついた。

 そしてそこを足掛かりに、再び俺は刃を押し付け始める。

 ヘビたちに周囲を探らせるが、レイスは湧いていない。

 まだいける!


 チラっと通路の方に視線を向けると、セリアーナとテレサが部屋ギリギリのところまできている。

 特にセリアーナは怒ってんだか心配してんだかわからない表情だ。

 これは後でお説教かもしれないな。


「ふぐぐ……っ!!」


 ……正直、もう方針を決めたわけだし、後はそれに従えば確実に解決できると思う。


 先程決めたように、地上からこの部屋まで一気に穴を掘ってぶち壊してしまうのがいいのかもしれない。

 とにかくアンデッドさえ現れないようにしたら、たとえ街壁が壊れても補修する間は街を守り抜ける。

 なんだかんだでウチの人間は冒険者も含めてみんな優秀だ。

 魔物はもちろん、まだ街に残っている今回の事に関与していない敵対者にだって対処出来るはずだろう。


 俺がこんなに頑張る必要はないのかもしれない。


「ちぃっ!」


 でもなぁ……!


 3分の1ほどまで刃が進んだところで、明らかに腕に伝わる感触が変わってきた。

【蛇の尾】を右腕に巻き付けて、さらに【猿の腕】を胸から生やして、右腕に当てて、一気に刃を押し込む。

 さらにまた斬り進んでいった。


 と、不意にヘビたちが急な動きをし、そしてすかさず通路から細いビームの様なものが飛んできた。

 レイスが湧いたか。

 そして、フィオーラが魔法を使った……と。

 あの細い魔法は、分解を遅らせるために収束したからだろう。

 ヘビたちとあの魔法……それならレイスの撃退も出来る。


「セラっ!? もういいから下がりなさい!」


 俺は【緋蜂の針】を発動したままの右足を折り曲げて胸元にやると、【影の剣】が強化されたことで覆われる様になった右手の甲に押し当てた。

 止まっていた刃が再び加速していく。

 顔の側を【緋蜂の針】が纏う紫電が弾けるが、この際無視だ!


 俺が今無駄に頑張っている理由……まぁ……ただの意地だな。


 恐らく俺がこの体でこの世界にやってきたのはこの部屋が原因だ。

 たまたま日本で命を落とした俺は、稼働だけはしていたこの部屋のシステムで召喚されたんじゃないか?

 そして、丁度そのタイミングで真上の孤児院で命を落とした赤子のエリーシャの体に宿ったと……。

 いわば俺はアンデッドのなり損ないってわけだ。

 0歳からじゃなくて、1歳からスタート。


 細かい日付までは無理でも、季節の移り変わりなら数えていたんだ。

 その俺が自分の年を1歳勘違いしていたのは、それが理由ならしっくりくる。

 それに、衰弱死するくらいだし、体も小さかったことだろう。

 見た目的にも違和感はなかっただろうしな。


「ふっ……! くっぅぅ……」


 バチバチと音を立てながらも、【影の剣】をさらに押し込んでいく。

 半分を越えたところで、石柱から黒い何かが漏れ出ているが、俺は珍しく熱血しているんだ。

 無視だ無視。


 押し込む右足に【蛇の尾】と【猿の腕】にも力を込め、そして、俺自身も最後の力を振り絞った。


「ぐっ……ぬぬぬ……はっ!」


 今まであった抵抗がフっと無くなったかと思うと、そのまま腕を振り抜き【影の剣】は見事石柱を断ち切ることに成功した。


 俺自身はともかく、エリーシャやここに到達するまでに見てきた子供のアンデッドたち……。

 かたき討ちなんて大したもんじゃないが、俺がコレを壊すってのは意趣返しとしては悪くないはずだ。


【足環】で掴んでいた石柱が無くなった事で、振り抜いた腕の勢いに釣られて体は前に倒れていきながら、そんな事を考えていた。


731 セリアーナ side 1


「行きなさい!」


 セラが石柱を破壊したのを見届けると、フィオーラからすかさず指示が飛んだ。

 それと同時に、彼女は収束した炎の魔法を、部屋に現れたレイスに向けて撃ちだした。

【竜の肺】も併用しての本気の攻撃だ。


 セラが石柱を両断した際に、砂のように崩れながら蓄えられていた黒い靄が噴出して、未だ部屋の天井を満たしている。

 そこから数体のレイスが現れているが、もうこの部屋の機能は停止済みで、中に踏み込んでも消耗しないし、魔法が使えるようになっているから恐れることは無い。

 

 それよりも、フィオーラの魔法で崩落しないかの方が心配だ……急いだほうがよさそうね。


 セラの下に辿り着くと、先程まで色々と発動していた恩恵品がどれも解除されている。


「意識が無いわね。テレサ、貴女が抱えて!」


「はい!」


 テレサにセラを任せると、私は崩れて砂状になった石柱の残骸をポーチに詰めていった。

 役に立つかはわからないが、これも何かの資料になるかもしれない。

 出来れば全部回収したいが……。


「奥様!」


「ええ」


 残念だが、離脱を優先だ。

 セラを抱えたテレサと共に通路を目指して床を蹴った。

 レイスを牽制するフィオーラの魔法が頭上を越えて行く。


 私たちが部屋にいたから、魔法の威力を押さえているため未だに倒せないでいる。

 だが……。


「……っ!?」


 私たちが部屋から脱するや否や、即威力を引き上げた魔法を連発し、一気に倒し切った。

 その余波で部屋の壁や天井から瓦礫が落下していく。

 魔法陣や石柱は壊れても部屋の強化効果はまだ作用しているだろうに、恩恵品の効果もあっての事だが、腕の立つ魔導士がその気になればお構いなしか……。


 部屋は完全に埋もれたわけではないが、これではもう石柱の回収は出来ないだろう。

 少量だが、私が回収した分で何とかしてもらおう。


 それよりも……。


「セラはどう?」


 あの黒い靄は直撃こそしなかったが、石柱にも数分近く触れていたし、何か影響が出ていてもおかしくはない。

 テレサはセラを床に降ろして、呼吸や脈の確認をしているが……。


「脈や呼吸に問題はありませんが、右腕の骨が折れています。大分無理をしていたようですね。治療は地上で行うべきですが……急いだ方がいいかも知れません」


「腕? ……ああ」


 近寄って私もセラの様子を見てみるが……一目でわかる。


【猿の腕】や【緋蜂の針】はまだしも、【蛇の尾】は腕に直接巻きつけていたため、その両端が折れてしまっている。

 その腕を、テレサが布を何重にも巻きつけて固定していたが、彼女の言うように屋敷で行った方がいいだろう。

 治療器具も【隠れ家】には置いているが、肝心のセラがこの有様だ。

 こういう事を避けるためにも、普段この娘は温存しているのだが……珍しく言う事に背いたかと思えば随分な無理をして……この娘なりに教会の所業に思うところがあったのかもしれない。


「そうね。落ち着いて治療できる場所に移動した方がいいでしょう。それに、ここももう長居しない方がいいかも知れないわ。魔物は私が倒すから、テレサ、貴女が2人を抱えて行きなさい」


「わかりました。奥様、失礼します」


 セラの応急処置を終えたテレサは、通路に転がしていた【浮き玉】にセラを抱えたまま乗ると次は私を抱えようとしたが、その前に……。


「待って……いいわ。お願い」


 通路脇に転がされていたセラの傘を拾った。

 元々物持ちが良い娘だが、コレは特に気に入っていたしここに置いたまま回収不能になったら、後で喧しいだろう。

 改めて、テレサに抱えてもらうと、フィオーラに合図を出した。


 ◇


 地下からの離脱路は、ゾンビが中心だった行きと違ってレイスが溢れていた。

 あの石柱を破壊した事で新たに生み出されることは無くなったが、既に現れていた分は別だ。

 もっとも、手こずったかと言うとそうではない。

 フィオーラが先導も兼ねてレイスを倒し、私たちが部屋を清める……その繰り返しだった。


「……ねえ、フィオーラ」


「なに?」


 通路の出口まであと数部屋。


 今しがた戦闘が終わった部屋に薬品を撒いて部屋を清めていたが、少し疑問がわいた。

 この薬は対アンデッド……正にこういった事態に備えてフィオーラに用意してもらった物だ。


 倒したゾンビが別の死体に乗り移ったり、あるいは消滅し損ねたレイスが時間を置いて復活したりさせないために、場の魔素を分解する効果があって、使い方次第では魔道具の使用に支障をきたしたりするため、製造には領主や代官の許可がいる。

 念のためどこの領地も何時でも作れるように素材は保管しているが、実際に作って使う様な事はそうそう無い危険物だ。


 この薬品も、初めは単にアンデッド対策として開発されたと思ったが、先程のあの話を聞いた後だと……。


「この薬品は、もしかして奥で話していた研究の産物なのかしら?」


「その通りよ。先に対処法を用意してから実験に挑むなんて、内容の割に存外まともだった様ね」


 フィオーラは最後に「余計な事を……」と付け加えて、私の質問にそう皮肉気に答えた。


 確かにその実験が無ければ、今ここで地下の穴倉に潜る様な事も無かったはずだが、そのお陰でアンデッドへの対処法も研究されたわけだし、私は全てを否定しようとは思わない。

 それに、結局放棄はしたが、その技術を入手してこれだけ長い時間をかけた計画を練った教会も流石と言ったところか。

 歴史のある組織だけに、油断はできない相手だ。

 今回の事で良かったことといえば、これで正式に領地の教会をこちらの支配下に置くことが出来ることだろうか。


 ともあれ……。


「そう……。この部屋はこれで完了ね。先を急ぎましょう」


 そう言うとテレサからセラを受け取り、改めてテレサに抱き上げられた。

 もうほぼ片付いたし、さっさと外へ出てしまおう。

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