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 リックの口から語られる報告は、俺たちが持っている情報と大差は無かった。

 だが、所々俺達まで伝わっていない情報もある。

 どうやらカロスが不要と切り捨てたらしい。


 その情報とは……。


「命を落とした者がいるの?」


「はっ。この一画で寝泊まりする冒険者が、寝込みをアンデッドに襲われたようです。抵抗した跡は見当たりませんでした。それもあってここの住民も大人しく我々の誘導に従って、教会に避難をしています」


 なるほど……教会にいるのはリックたちが拘束しているんじゃなくて、避難しているからか。

 まぁ、ここにアンデッドが現れたのに結局ここから出る事が出来ないって事に変わりは無いが、そこは日頃の行いと諦めてもらったらしい。


 しかし……。


「それじゃー、彼等は知らなかったって事なのかな?」


 この一画に建つ建物は、教会を除けば防犯……ひいては防衛能力なんてゼロに等しいしょぼい建物ばかりだ。

 アンデッドが出るって分かっていたら、そんなところで悠長に眠ったりしないだろう。


 リックは俺の言葉に頷き話を続けた。


「恐らくはそうだろう。事を起こした者たちは抵抗が激しく、少々強引に捕らえた為まだ全員からは聴取出来ていないが、概ねそのような事を言っていたな」


「そう……。まあ、ここの関係者を全て処刑……なんて真似をせずに済むのは良いことだわ。さて……この場に現れたアンデッドは全て討伐して、街の捜索も終えた。それでいいのね?」


「はっ。奴等が何かを撒いたという水路と井戸の捜索も終えております」


 井戸ね。

 雨水が流れている水路はともかく、井戸は調べるのは簡単だ。

 この一画にある井戸は全部で4ヵ所で、数が多いわけでも無いし見落とす事も無いだろう。

 地下空間っていうし、前世のゲームみたいに井戸に出入り口が……ってのを想像したけれど、その線は無いのかな?


「水路は排水口から調べていき、この一画にある3ヵ所の井戸全ての捜索をしました」


「……3ヵ所?」


「ん? ああ……そこのすぐ裏にあるのと、向こうに見えるもの、そして教会の裏にあるので3つだ」


 俺の呟きが耳に入ったリックが訝しげな顔でそう答えるが……井戸が増えるのならともかく減るって……。


「セラ、後はどこにあるの?」


「孤児院の裏……」


「孤児院? いや、その様なものはなかったな……上からの見間違いでは無いのか?」


 リックの言葉に頷く班長達。

 彼等は俺がここの出身だって知らないからな……上空を通った時にチラ見した程度で、きっと見間違いだろうと考えている様だ。

 ……だが。


「なら行ってみましょう。セラ、指示しなさい」


「うん」


 俺がここ出身だってセリアーナは知っているからな。

 確かめるために、そちらに向かう事になった。


 ◇


 先程リックが挙げなかった井戸は、孤児院の裏の少し離れた場所にある。

 距離だけなら、隣接する教会の裏にある井戸の方が近いんだが、あそこは俺たちは使わせてもらえなかったからな……。

 生活用水は年長組が水瓶に運んでいたが、掃除に使う分なんかはその都度桶に入れて運んでいた。

 重たかったなぁ……。


 皆とそちらに向かう最中、ちょっと昔の事を思い出してしまった。


 さて、孤児院だが、今はもう子供はもちろん職員たちもいない。

 昔は何十人もで一緒に生活をしていたが……リーゼルの締め付けで孤児を搾取する事が難しくなったから、孤児院は閉鎖したそうだ。

 それで街から孤児がゼロになるわけじゃ無いだろうが、孤児院が無くなってもその代わりに領主出資の救護院が受け皿になっているし、子供にとってはいいことだ。

 聖貨を得られないのなら、教会側にしたって領主にたてついてまで運営する意味が無いもんな。


 しかし……。


「ボロボロだね……」


 辺りが暗くてはっきりとは見えていないが、随分と荒れ果てているのがわかる。

 閉鎖してまだ数年足らずのはずなのにな。


「戦闘が行われたという事もあるが、およそ人が生活している気配は無かったな。向こうの教会周辺はまだマシだったが……」


「ふぅん……」


 そんな事を話しながら、孤児院の脇を通り抜けて裏手に出た。


 ここでちょっとした畑を作っていたが、そこも表同様荒れ果てて雑草が生い茂っている。

 さらにそこに紛れて、戦闘跡らしきものもチラホラと。

 孤児だけじゃなくて教会の治療院で命を落とした者たちを、表の通りから目につかない場所に埋葬していたが、それらがアンデッドになったからかも知れないな……。


 だが……。


「あれ? あの辺だったと思うんだけど……」


「こちらでも戦闘があったが、その際には明かりを用意していた。見落としは無いはずだ」


 リックが言うように、今も明かりを手にした兵たちがこの一帯を見回っているし、見落とすってことは無いだろう。

 一応周囲を見渡してみるが、井戸が見当たらない。


 物置が取り壊されたりしていて少々光景は変わっているが、あの畑の奥の方にあったと思うんだが……いや、待て!


「セリア様、ちょっとあそこ行って」


 俺が指したのは、かつて物置があった場所だ。

 取り壊された物置の端材が乱雑に積まれているが……それに紛れてその周囲が少し盛り上がっている。

 辺りの暗さと雨で見辛いが、もしかして……?


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 物置の端材が積まれた一角にある盛り上がり。

 そこを少し削ってみると、石を積んだ何かが姿を見せた。


「……当たりのようね」


「……そのようです。おいっ! 人を集めろ!」


 リックはセリアーナの言葉に返事をすると、雨音に負けない大きな声で周囲に指示を出すと、すぐさま道具を手にこちらに兵たちが駆け寄ってきた。

 そして、撤去に取り掛かる。

 日頃からよく鍛えられている1番隊だけあって、井戸が姿を現すのに時間はかからなかった。


「この地での活動が難しくなったことを察して、撤収する際に隠蔽していたのでしょう。捕らえた者たちは、以前からこの街で活動をしていたようですし、ここの事は知っていたのでしょうね」


「ええ。周りは土で覆っていても、板で蓋をしただけだったし、薬品を流し込む事に支障は無いもの。完了したようね。私たちも……っ!? 離れなさい!」


 俺たちは少し離れた場所からその作業を見守っていたのだが、どうやら完了したらしい。

 作業をしていた彼等はリックの名を呼んだ。

 俺たちも一緒に行こうとしたのだが、不意にセリアーナが作業をする兵たちに退避を命じた。

 何事かと思ったのだが、それを尋ねるよりも先に……。


「ぐおっ!?」


「うああっ!?」


 兵たちの悲鳴が上がった。


「光よ! 貫きなさい!」


 そして、悲鳴に少々遅れてフィオーラの魔法が何かを撃ち抜いた。

 俺の目じゃ、井戸から飛び出た何かが通り過ぎたようにしか見えないが、ヘビたちの目は、その何かを捉えていた。


 ……初めて見るが、アレが恐らくレイスか。

 フィオーラの魔法で倒せたようだが、あんなの気付けないぞ?


 リックは倒れた彼等の下に駆け寄り声をかけている。

 幸い息はあるが……消耗は大きそうだな。


「……今のがレイスかな?」


「そのようね。私も初めて見るわ。ちょっと、貴方」


 俺の呟きにセリアーナは答えると、近くの兵を呼び寄せた。


「はっ!」


「今までの報告では、ゾンビは現れてもレイスは現れなかったわね?」


「……はい。レイスの存在も想定して捜索を行っていましたが、我々も住民にも被害は出ておりません」


「そう……もう結構よ」


「はっ」


 一通り聞くことを聞いたセリアーナは、彼に戻っていいと告げると、口元に手を当てて目を閉じた。

 何かを考えている様だ。

 思案の時間は1分もしない程度ではあったが、考えが纏まったのかフィオーラとテレサを呼び寄せると、話を始めた。


「まだ足元に20体近くがいるわ。見え方は一緒だからレイスだと思うけれど……テレサ、貴女から見て対処出来る者はどれくらいいそう?」


「そうですね。リック隊長と……」


 今この場にいる面子でレイスの対処が可能な者をテレサが挙げていくが……リック含めて4人か。

 少ないな。


「フィオーラ。貴女はレイスの対処は問題無いかしら?」


「いる事さえわかれば倒す事は可能だけれど、不意を突かれたりすると私ではどうかしらね……? まあ、貴女が一緒なら問題無いでしょうけれど」


「結構。セラ」


「オレも行くよ?」


 この話の流れだと、セリアーナが乗り込むつもりだってのはわかる。

 それなら、俺も一緒だ。


「安心しなさい。そのつもりよ。地下ではお前が一番守りが堅いのだからね」


【風の衣】に【琥珀の盾】付きだもんな。

 それに、アンデッドに【妖精の瞳】は効かなくても、ヘビたちの目もある。

 限定された場所で俺の守りを突破するのは、アンデッドといえど簡単じゃ無いぞ!


 ◇


「リック」


 倒れた部下たちを、雨の当たらない場所に運ぶように指示を出していたリックは、その声にすぐに振り向くと頭を下げた。


「奥様、フィオーラ殿。部下を助けていただきありがとうございます」


「構わないわ。命に別状は無い様で何より……。それよりも、下には私たちが向かうから、貴方たちはここで街を守りなさい」


「なっ!? …………どうかお気をつけて」


 セリアーナの言葉に一瞬反対しようとでも思ったのだろうが、同時にそれがもっとも確実であるともわかったんだろう。

 言葉の間に彼の葛藤が表れているが、結局は従った。


「セラ副長、奥様を頼むぞ」


「うん。任せて」


 リックも流石にこんな時にいつものような態度は見せず、それどころか俺に向かって頭を下げまでした。

 彼に言われるまでもないことだが……まぁ、任せたまえよ!

 それよりも……。


「井戸……なんだよね?」


 掘り出された井戸の中をレイスに気をつけながら覗き込むが、岩がせり出ていたりして、底まで見えないようになっている。

 わざわざ覗きこむような真似はしなかったから昔からこうなのかはわからないが、上からでは中がどうなっているかはわからない。


「オレだけ行ってみるよ。皆はここで待ってて」


「……お前だけ行ってもレイスに反応できないでしょう? 私も降りるわ」


 まずは偵察を……と、俺が降りる事を提案したのだが、セリアーナが自分も行くと言い出した。

 確かにさっきは俺は反応が遅れたし、初めに気付いたのはセリアーナだが、危険を避けるための偵察に彼女が一緒に来てどうするんだ……?

 そう言いかけたのだが、先にフィオーラが口を開いた。


「貴女たちだけじゃ、気付けても倒せないでしょう? そして、もしゾンビがいたら厄介になる……。4人で降りましょう」


「私も賛成です」


 2人の提案に、思わずセリアーナと顔を見合わせてしまうが……確かにもっともではある。

 セリアーナと俺が索敵して、テレサと俺が守りを固めて、フィオーラが攻撃。

 ちょっと俺の役目が多い気がするが、特に何かをするってわけでも無いしな。


「……仕方が無いわね。皆で行きましょう」


 セリアーナもそう考えたのだろう。

 肩を竦めながらも、そう言った。

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