第134話

331


【本文】

雨季が明けた!


ライゼルクから出張してもらっていた職人達は、明けるや否やすぐに街を発った。

チラっと伝え聞いた限りでは、相当な額を稼いだらしいが、それでも一月以上家や職場を空けるのは容易な事じゃ無いんだろう。

その事はリーゼル達もわかっている様で、馬車を用意し、更に1番隊の厳重な護衛も付けての、速度重視の編成で送り出した。


彼等のお陰で冒険者の装備の更新やメンテナンスは十分に行えたが……もう彼等は出張してくれないと思う。

そこら辺の話は商人経由で伝わりそうだし、ウチの領地がブラック領地って思われていたらどうしよう。


まぁ、そこら辺は偉い人達に任せるとして、彼等と入れ替わりにルバンがやって来た。


彼が任されている村は領都の南にあって、馬車で半日かからない程度の場所らしく、アレクはちょこちょこ寄っている。

俺は行った事が無いが、順調に規模を拡大しているらしい。

資源では北の村が鉱山を有していたりと有利だが、ライゼルクまで繋がる川の畔にあるだけに、水運が軌道に乗ればガンガン発展していくだろう。

彼は各地に伝手があるそうだし、簡単だろう。


で、そのルバンを【隠れ家】に入れた。


これでここの事を知っているのはセリアーナ、アレク、エレナ、テレサ、ジグハルト、フィオーラに続いて7人目だ。

じーさんも一応何かあるって事だけは知っているが、中に入ったことは無いから、番外だ。


中に入れると「……ぉぉ」と静かに驚き、しばらくアレコレを見ながらアレクに質問をしていた。


そして、それが一段落したところで、セリアーナの指示で場所を【隠れ家】から談話室に移して、魔王種の情報と討伐方法についての説明が始まった。

ルバンは出席していなかったから、先日の会議の内容も一緒にだ。


「倒し方は簡単。貴方達は10分間時間を稼ぎなさい。その間に私が準備をして、それが完了したらジグが撃つ。それだけよ」


フィオーラが準備して、ジグハルトが撃つ……合体魔法かな?


「……簡単だね」


簡単じゃね?

魔法の方はどうなのかわからないが、アレク、テレサ、ルバンの3人ならそれ位余裕だろう。


「確かに簡単だが……それだけならアレクとテレサ殿だけでも十分だろう?俺を呼んだり、これだけの大部隊を動かす必要も無いはずだ。魔境産は無いが、これでも俺は魔王種とは何度か戦ったことがある。混合種か?」


「ふっ……驚かせようと思ったんだが……つまらんな」


「だから言ったでしょう。こいつなら気付くって……」


ルバンの言葉を聞きガッカリするジグハルトに、苦笑するアレク。

お茶目なおっさんだな。


「オレは聞いた事無いけど、混合種って何さ?」


屋敷や冒険者ギルドの資料室には、この辺の魔物だったり採集できる物の資料は揃っているが、高度な情報等はまだ不十分だったりする。

その混合種ってのも初めて聞いた。


「セラ、多頭の竜は知っているか?」


ルバン相手に不発に終わった代わりか、ジグハルトは俺に説明をする気だ。


「言葉の方?それとも北に出た方かな?」


「よく勉強しているな。北の方だ」


この世界には「多頭の竜」という言葉がある。


たとえ竜種といえども、頭が複数あればそれぞれの意思がぶつかり合って、その力を発揮できない……「船頭多くして船山に上る」と同じ様な意味だ。

会議が収拾付かなくなった時とかに使ったりするそうで、メサリアのみならず、大陸各国で昔から使われている言葉だ。


……ところが、今から何十年か前にその多頭の竜が大陸北東部で発見された。

そして、めっちゃ強かったってオチもある。


発見したのは同盟未加入の小国で、その故事通りたやすい相手と喜び勇んで大部隊を率いて討伐に乗り出し、あっさり返り討ちに遭い国が崩壊してしまうという、むしろそこまで含めて故事になりそうな出来事だ。


「それが混合種なの?」


「まあ、そう慌てるな」


俺の問いに、両手を上げ押しとどめるような仕草をした。


意外と語りたがりなんだよな……周りを見ると仕方ないという顔をしているし、付き合うか。


この世界の不思議生物の情報だし、俺も興味が無いと言えば嘘になる。


332


【本文】

魔王種……ただ魔王と呼ばれたりもして、魔物や獣の中に極稀に生まれる強力な個体で、山一つ、森一つと広い縄張りのボスとして君臨する。

魔王種の特徴で、その縄張り内の魔物や獣を強化するという物がある。

見た目は通常の個体と差は無く、一度取り逃すと再捕捉は困難で被害が拡大していき、それを魔王災と呼ぶ。

確実を期す為に、討伐は少数ではなく大人数で行うのがセオリーだ。


「それが一般的な魔王種だな。どうしても早期の討伐が必要な為、賢者の塔ですら発生の原理や生態についてはあまり研究は進んでいないな」


「うん」


ジグハルトの魔王種のおさらいに頷く。

しかし、本当に謎生物だな。


「で、混合種ってのは何かって言うと、魔王種を倒した魔物や獣の事を言うんだ」


「……魔物とかが魔王種を倒すの?」


明確に強力な個体って言われているようなのを普通に倒すのか……?


「ああ。もっとも普通じゃありえない。少なくとも大陸西部じゃ500年近い歴史の中でも数件しか確認されていない。それも、あくまで確認されただけで討伐したって記録は無い、ほとんど伝説の存在だ。だが、どんどん大陸東部の開拓が進んで、魔境にも踏み入るようになって来たことで少しずつ明らかになって来たんだ。まあ、魔王種を倒せるようなハグレなんざ魔境位にしかいないだろうからな……」


「ほうほう」


「そして、明らかになった事の中の一つで、倒した魔王種の特徴を引き継ぐってものがあった。多頭の竜なんかは恐らく竜種の魔王を倒し、首から上を引き継いだんだろう。特徴を引き継いだからと言っても必ずしも強化に繋がるわけじゃ無いが、そもそも魔王を倒せている時点で、十分な強さはあるからな……通常の魔王よりもはるかに強いだろう」


そんな凶悪なのを相手にするのか……。

いいとこ昔戦った魔人位かと思ってたけれど……もしかしたらそれよりもっと上なのかな?


「リーゼル達は流石に知っているけれど、直接対峙しない連中にはこの事は伝えないそうよ。無駄に不安を煽っても仕方ないものね」


ジグハルトの独演会が続く中、隣に座っていたセリアーナが声をかけてきた。


「セリア様はオレ達が討伐するのが混合種ってのは知ってたの?」


「ええ。魔王種の調査はジグハルトが行っていたのだけれど、その時に発見したそうよ。敵の接近に敏感で、気取られずに近づくことが難しいから、別の個体を狙うことにしたそうだけれど……お前の奥の事を知って、狙いを変えたそうよ」


「へぇー……」


人間だって気付く奴はいるし、魔物や獣ならもっと気配に敏感だ。

魔王種……それも強力な個体なら鈍感でもよさそうなのに……時間稼ぎならアレク達3人なら余裕と思ってたけれど、この分だと結構手強そうだ。


それにしても……。


「ねぇ、フィオさんが準備してジグさんが撃つって言ってたけれど、どんなことするの?」


差し当たっての魔王種についての基礎知識は仕入れる事が出来た。

話はジグハルトなりの混合種の考察に移っている。


それはそれで興味あるが、俺としてはどうやって勝つのかって事を知りたい。

本当に合体魔法でも使うんだろうか?


「フッ……それは秘密だな」


フィオーラが何か言う前に、ジグハルトが得意気に言い放った。


「ていっ!」


「おっと」


ソファーに立ち上がり蹴りを放ったが、片手であっさり止められてしまった。

俺はネタバレは好まないが、命かかってる場合だとその限りじゃないぞ?


「落ち着けセラ。下手に決め方を知らされると、前衛に立つ俺達が無意識のうちにそれに合わせて動いてしまうかもしれない。強敵相手だしな……。勘の良い魔物ならそれで何かを察する可能性もあるだろう?」


二発目をどこにするか考えていると、宥めるようにアレクが言って来た。


「むう……」


確かにオーガの中にもこちらの動きを読んで来るものがいた。

それなら、そういった事もあるのか……?


一応考えての事だったのかと、納得して蹴りの構えを解こうとしたのだが……。


「蹴っていいわよ?ジグならそんな些細な事問題無いのに、折角だから驚かせたいとか下らない理由だもの」


「おらぁっ!」


渾身の足刀はやっぱり片手で叩き落とされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る