第76話
191
街と1の森との間にある訓練場。
そこの上空所々にジグハルトが打ち上げた照明の魔法が漂っている。
それに照らされている地上を見れば、あちらこちらでオオカミやゴブリンとの戦闘が繰り広げられている。
今のところこちらが優勢だ。
皆頑張っている。
「むっ!」
笛の音に振り返り、そちらを見ると盾役の男が崩れ落ちている。
これはいかん。
急がねば!
「へいっお待ち!」
照明を腰に下げ赤いケープを翻し、降り立った。
一目で俺とわかる格好だ。
「すまん!助かった!」
【浮き玉】を飛ばし急行すると、その男の仲間が既に介抱を始めていた。
見ると太ももからおびただしい出血がある。
「ほい」
ポーチから取り出した上級ポーションを瓶ごと渡すと、すぐに振りかけている。
「オオカミ?」
「ああ。横の群れから飛び出してきたのにやられた」
オオカミは大抵5-10頭位で1つの群れになっているが、それを崩して来たか……。
「わかった。伝えておくよ。今はオレ達の方が優勢だから無理はしないでね」
さっきまでなかった行動をして来たし、先遣隊から本隊に切り替わったのかもしれないな。
他に被害が出ないうちに報告をしておこう。
◇
シンプルに「ルトル防衛戦」と銘打ったこの戦い。
名前と同じく作戦もシンプルだ。
冒険者と街の兵士の混成部隊120名強と彼らを支援する20名がいる。
彼等は役割によって2つのグループに分けていて、一つは盾役で、腕力自慢、体力自慢が魔物を迎え撃つべく正面に広く布陣している。
もう一つはアタッカー役で、盾役達の両側面に位置取り魔物に止めを刺す役だ。
それぞれ2組ずつ作り、順次交代しながら戦っているが、怪我人は出ているが死者やリタイアした者は今のところ出ていない。
この街の冒険者でも腕の立つ精鋭が集められているから、不意さえつかれなければそうそう崩れるようなことは無いだろう。
引き寄せてボコる。
急造部隊だけに複雑な連携は出来ないが、力押しのこの作戦はよく合っている。
更に、5騎だけだが騎乗した騎士が、追い込みや群れの分断を行っている。
数は少ないが、新領地の団長や隊長候補だけあって、腕も頭も勘も良く器用に立ち回っている。
それらとは別に偵察役として森に入り、この魔物の群れやボスの情報を探っている者達もいる。
今の時点でもある程度予測は付くらしいが、確定させるためだ。
そして俺は、リーゼルのいる本陣付きの伝令&ポーションの緊急配布係だ。
流石にセリアーナは危険なのでエレナとフィオーラを付けて屋敷にいるが、彼はここまでやって来た。
訓練所手前に本陣を張り、情報の整理や街からの支援物資の差配を行っている。
「おわっ⁉」
その本陣へ向かう途中、不意に前方が光ったかと思うと光線が撃ち出された。
ジグハルトだ。
以前王都の訓練場でフィオーラが出していた壁を少しアレンジして足場というよりも櫓の様な物を本陣すぐ前に作り、そこから戦闘範囲の外に出ようとしている魔物を射抜いている。
一応周りに被害が出ない様加減しているらしいが、一撃必殺な辺り彼を当てにしたがっていた騎士達の気持ちがよくわかる。
「戻ったよー」
万が一にも誤射をされないように、少々遠回りをしながら本陣に辿り着いた。
流石にここまで下がると戦闘の音はわずかしか聞こえないが、代わりにおっさん達の声が響いている。
伝令役は当然俺以外にもいて、彼等から受けた報告を基に兵を送る場所を決めたりしているんだろう。
「おお、セラか」
おっさん達の1人が俺に気付きこちらを向いた。
この中だと俺の声は浮いているからか、初めの数回は正面からではなく後ろや横から現れていたので、驚かせてしまっていたが、流石に慣れたようだ。
帯同している薬師はすぐに俺からポーチを受け取りポーションの補充に向かった。
あのポーション瓶は回収して洗浄後また使うようになっている。
この緊急事態にと思わなくも無いが、大量生産が出来ないから、緊急事態だからこそリサイクルできる物はするそうだ。
まぁ……中身振りかけるだけだしね……?
「ああ、ご苦労様。何か異常はあったかい?」
「ちょっと魔物の戦い方が変わってきているみたい。群れから抜け出して、別の群れと戦っている所に乱入したりしているね。何人かそれで大きめの怪我をしていたよ」
相手が本隊に変わって来たんだろうけれど、その判断は俺がする事じゃ無いし報告だけしよう。
「そうか……わかった。また頼むからそれまで休憩していてくれ」
「はーい」
まだまだ忙しそうだな!
192
「ほっ!っと……これで全体に回ったかな?」
この戦闘が開始されてから1時間程が経った。
魔物の中には潜り蛇の様に魔力に敏感で、回復や支援を行う者を率先して狙って来るようなのもいる。
未だに【祈り】はどういうシステムなのかよくわかっていない為、この魔物の群れの全体像が把握できるまでは使用を禁じられていた。
だが、まだ森に偵察に入った者達は戻っていないが、それでも魔物の種類やその戦い方から予測を立て、使用のGOサインが出た。
ボスが妖魔種の場合、オーガやオークならそもそも自分達が主力として突っ込んで来るそうで、今回はそれが無い事から除外。
ゴブリンならその点お構いなしだが、戦い方が違うらしい。
ゴブリンなら雲霞の如く突っ込んで来る。
そして、草食動物の場合だと、森から人を排除し外縁部まで姿を見せる事はあっても、街を襲ってくることは無い。
何故なら草食だから。
同じく雑食も似たようなもので、これで肉食動物に絞られた。
オオカミの場合にしては同族を使い捨ての様な戦い方で、これも没。
そして、これだけの数を纏められるだけの力があるものとなるとクマだろうと結論が出た。
攻勢に出て万が一ボスに逃げられてしまうと、また群れを作り同じことが起こりかねず、慎重になっていたが……。
ボスが群れの中の一匹のオオカミに比べ、デカいクマならたとえ逃がしてしまっても痕跡が追いやすい。
デカいってのは大変だ!
「とぉっ!」
急降下し【影の剣】を頭部に突き刺し、またすぐに離脱。
【祈り】を撒いて、ポーション届けてと支援役を務めているが、折角なので群れから外れて孤立している個体を積極的に刈り取っている。
処理の事を考える必要が無く、ただ倒すだけでいい。
最近は狩りに出る事が無かったし、この機会に稼がせてもらおう!
それにしても、何故か戦闘が行われている場所から少し外れたところにポツンといる事が多い。
あれなんなんだろうな……サボり?
一息ついたところ、戦闘音に交じって響く笛の音。
「⁉……今度はお薬か」
どこだ?
◇
「あれ?」
笛の音のした場所を探して上空をさまよっていると、10数人で戦っている集団が目についた。
相手にしている魔物の数も多く、盾やアタッカーの役割関係無しに乱戦になっている。
さらにそこから少し引いた位置に倒れている女がいた。
呼んでいたのはここか。
戦闘自体はすぐに終わり、負傷者も彼女しかいない。
指揮を執っていた男の下へ行くと彼も気付いたようだ。
「⁉来てくれたか!ポーションを……」
誰かと思えばマーカスじゃないか。
参加してたのか……。
「あ、はいはい」
とりあえずポーションを渡し、俺も彼女の様子を見てみると、ちょっと妙な事に気付いた。
攻撃を受けた個所は頭と足の様だが、何故か傷があるわけでも無いのに胴体にも血がべっとり付いている。
「何があったの?」
「孤立していたゴブリンがいたんだ。彼女はそれを狙い近づいたんだが、突如そのゴブリンが近くに放置されていた魔物の死体を投げつけて来て……今までそんなことをしてこなかったから油断をしていたのか躱すことが出来ずにまともに当たってしまったんだ。そこを狙われた」
「ほー……」
驚きだ。
この戦場だとゴブリンは投擲に使う石も枝も無いから、ただ単純に殴りつける位しかしないと思っていた。
そして、それじゃあいくら身体能力が上がっても、こちらの腕の立つ連中には通じない。
俺だって上から適当に襲って安全に倒すことが出来ていたし、ボーナスキャラみたいなもんだと思っていたが……魔物同士の連携のスイッチみたいな役なのか。
こちら側が攻勢に転じて死体の数が増え始めたから動きが変わって来たのか……それともそんな事関係無しに戦い方が変わって来たのか。
これはもう一度報告かな?
しかし、マーカス。
今までお薬のお世話になっていなかったし、何だかんだ魔物の新しい戦法も周りと連携を取って切り抜けた。
結構やるじゃないか。
これはセリアーナやリーゼルに報告して評価を訂正してもらうべきかな?
「⁉」
感心していると、今度は短い間隔で笛の音が3度鳴った。
今作戦では笛の吹き方で用途を分けてある。
1度だと救助要請で、2度だと援軍。
そして、3度の場合は、ボス発見だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます