第75話

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冬の一月。


この街で暖かい部屋の中で冬を過ごすことになるとは、かつての俺は考えもしなかった。

窓から暗い外を見ると、明かりに照らされる屋敷を警備する兵士の姿が目に入った。

寒いのにご苦労様です。


「ふひひ……」


ついつい笑いが漏れてしまうってもんだ!


「……あいつどうしたんだ?」


「この街に何か思う事があるのでしょう」


笑い声が聞こえたのか、アレクとエレナはコソコソ話をしている。


「お前……あまり意地の悪い事をしていると癖になるわよ?」


セリアーナは俺が何を笑っていたのか気づいたようだ。

ただ、その言葉はそのまま言い返したい。


先日のレフの代官の息子、マーカス君。

彼の事を知っているかと聞いていたのは、知っていると答えたらマジで採用するつもりだったらしい。

そして俺が持って行ったあの手紙には、マーカスの目の前で訊ねろと書かれていたようだ。


一応言い分としては、領内の人間関係に疎い平民の俺ですら知っている程の人物なら、多少の資質の有無に目を瞑ってでも手元に置く価値はあるって事らしいが……茶目っ気の強いにーちゃんねーちゃんだ。


結局不採用になった彼だが、何だかんだ一兵士からなら、という申し出を受け今も真面目に働いている辺り、人間性は悪く無いんだろう。


まぁでも、そんな圧迫面接の様な場にいきなり放り込まないで欲しい。


「お……?」


ものはついでと、街壁の上で見回りをする兵も見ておこうと思い、距離があるのでアカメの目を発動したのだが……。

何か妙だ。


「どうしたの?」


「うん……いや、何か外に……」


今いる代官屋敷は街の南西に建っていて、俺が見ていた方角は大森林のある東側だ。

街から東側に出たすぐ側に兵士の訓練場がある。

そこには物置と休憩所が建っているが、夜に利用されることは無く、あの周辺に人はいないはずだ。

ただ、そこに何かがいる。

距離があるのでいる事しかわからないが……。


「ふっ!」


【妖精の瞳】を発動した。

これならもう少し情報が増えるし何かがわかるかもしれない。


「……魔物?」


最初は点にしか見えなかったが、5体の生物であることが分かった。

【妖精の瞳】は距離があり過ぎると、体力と魔力が混ざり合って見えるが、その色合いから通常の獣ではなく魔物っぽい。


「どこだ?」


すぐ隣に来ていたアレクに見えた方を指差し教えるが、肉眼では精々街壁の上の兵が持つ明かりしか見えない。


「貸しなさい」


同じく近寄っていたセリアーナはそう言い手を出した。

3キロ位離れていると思うけれど……やる気か?


「ほい。訓練場のもう少し先かな?5体いたよ」


【妖精の瞳】を渡し、ついでにより詳しく教える。


「結構」


【妖精の瞳】を付けすぐに発動した。

目を閉じ眉根を寄せているが、大丈夫だろうか?


「ふぅ……」


数十秒程度だったが、額に汗が浮かんでいる。


「魔物ね。まだ奥にもいるわ。セラ、下の2人を第1会議室へ連れて来て頂戴。アレクはリーゼルへ報告を」


「はっ!」


指示を聞くやすぐに駆け出していくアレク。

下の2人はジグハルトとフィオーラの事で、第1会議室は本館の一番大きな会議室だ。

この街の上層部を集める時に使うとか……それ程の事なのかな?



ジグハルト達を連れて会議室へ向かうと既にアレクとリーゼルにオーギュスト、他騎士数名が会議室に集まっていた。

ここへ来る途中に外に走っていく兵士とすれ違ったし、あれこれ伝令を出しているんだろう。

2人もそちらに合流し会話に参加している。


俺はどうしようか……緊急事態の様だし。


「早いわね」


入口からの声に振り向くと、先程までのラフな格好からしっかり着替え、軽くだが化粧まで済ませたセリアーナが入って来た。


「それだけ事の重要さが理解されているのでしょう」


次いでエレナも入って来た。

服装は変わっていないが、剣を下げている。


……俺は寝巻。

魔物が近くに来ているのはわかったけれど、ここまで慌てる様な事なんだろうか?


「セラ、これを」


エレナから受け取った物は部屋に置いていたケープ。

これがいるって事は、外に出る事になるのかな?


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雨季明けに雨から避難していた魔物が戻って来て、それを追って大物もやって来る。

それ自体はよくある事でアレクを始め冒険者や兵士も警戒していた。


ただ、数年に1度くらいの頻度で、その逃げてきた魔物達が集団化する事がある。

さらに追って来た大物がボスの座に収まる事で、大森林から出て、人の街を襲って来る事があるらしい。

もちろんこの街だけでなく、周辺の開拓村等も含まれる。


5年程前にもあったらしいが、少しそのスパンが短いが、ただの偶然だろうと支部長は言っている。


しかし5年前か……。

俺も治療の手伝いに駆り出されたが、あれがそうだったのかもしれないな。


今回のこれもボスがいる集団だそうだ。

俺は見つける事は出来なかったが、セリアーナが見つけた。

ちなみに把握できている数だけで100体以上だとか……。


その為対処をする必要があるのだが……中々厳しいようだ。


「これ以上は割けないな……」


「南はルバン卿がいるだろう?なら浮いたその分を北に回せばいい」


「北は堀が完成しているから多少の事ならば耐えられるはずだ。それよりも奥の村をどうするかだ」


第1会議室は10人掛けの長机が3台置かれている。


その2台は既に埋まり、さらに席の無い者も集まって、伝令を随時飛ばしながらあーでもないこーでもないと、時折こちらにチラチラ視線を寄こしながら激論を交わしている。

魔物を倒し追っ払い、この街だけ守ればいいというわけでは無い事が、彼等を悩ませているんだろう。

いくつか作戦を立てているが決め手に欠く様で、なかなか思い切れないようだ。


話に出ているように拠点として機能している南北の村に、さらに他にもいくつか点在する開拓村。

そこに被害が出る事は避けなければならない。

なまじ発展して価値が出た事で捨てるわけにもいかなくなってしまった。


その為そちらにも人数を割く必要があり、冒険者も兵士も増えたとは言え分散されてしまう事で果たして手が足りるかどうか。

そんな状況をひっくり返せそうな人間が2人いる。

ジグハルトとフィオーラだ。


彼等は2人をあてにしたいが、二つ名持ちで尚且つセリアーナ側の人間という事で言い出せないんだろう。


仕方が無いな……!


「ねー。ジグさんとフィオさんがオリャーって本気出したら全部倒せるんじゃないの?」


皆にも聞こえるように少し大きめの声でジグハルトに訊ねてみたが、狙い通り効果はあったようで、彼等も議論を止め奥の席にいる俺達の方を向いた。


「倒すだけならいけるとは思うな」


おおっと声が上がったが、まだ続きがあるようでジグハルトは手を振り黙らせた。


「通常の獣や魔物なら問題無いが、魔境となると使う魔法の種類を選ぶ必要がある。倒すとなると……火だな」


そーいや前調査に同行した時に魔物を消し炭にしていた。

あんな感じか。


「それじゃ駄目なん?」


「冬で乾燥しているし風もあるからな。俺の火力じゃ簡単に火が付くし、そうしたら魔物を倒しても今度は森林火災だ」


……開拓どころじゃ無くなるな。


「森から離して街の近くまで引き付けたりは?」


「街の近くだとどうしても川や水路があるからな。少数ならともかく多数を相手取るのに位置を気を付けながらとなると俺でも厳しいな」


「あー……」


街の西には農場地帯があり、そこで作られる作物はこの街だけでなく東部一帯に運ばれている。

麦はもう刈り入れしているが、今も何か野菜を育てていたし、水路が壊れるとそこにも被害が出てしまう。


……なるほど。

そりゃ迂闊に暴れられないか。

理解したのかこちらを見ている騎士達が渋い顔をしている。


「やるとしたら適当な足場を作って、そこから全体の支援や抜けようとする魔物の牽制だな」


そう言う事らしいぞ?

騎士諸君。


「説明御苦労、ジグハルト。残念だが彼を主攻に据えるのは無理な様だ。時間もかけられないし今までの策で行こう。オーギュスト、アレクシオ。頼むよ」


ジグハルトの説明が終わるや否やリーゼルが話を纏め、そして切り上げた。

もう煮詰まっていたし、俺がきっかけになってしまった気もするが、今のジグハルトので士気が下がりかねなかった。

上手いタイミングだと思う。


部屋には数名を残し、皆兵に指示を出しに外へ出て行った。

彼等にも頑張って街を守ってもらわねば!


「セリア」


「何?」


「セラ君を借りていいかい?」


「仕方ないわね。あまり無理はさせないのよ?」


「もちろんだ」


……どういうこと?

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