第71話

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雨季も半分を過ぎたある日の事だ。


噂を集めたり噂を撒いたりする日々だったが、リーゼルからセリアーナと一緒に部屋に呼ばれた。

セリアーナに用があるなら俺まで呼ぶことは無いだろうし、かといって俺に用なら直接呼ぶことは無くても、セリアーナ経由で呼び出せばいいし……。


「なんだろうね?」


「そうね?」


2人呼ぶって事は両方に用があるんだろうけど、何なんだろうか?


「リーゼル。入るわよ」


一応ノックこそしたものの、返事を待たずに入るセリアーナ。

その後ろに浮きながらついて行く俺。


「やあ、セリア、セラ君。呼び立てて悪かったね」


勝手に入った事を全く気にせず、椅子から立ち上がりにこやかに出迎えるリーゼル。

相変わらず爽やかなにーちゃんだ。


部屋の中には執事のカロスと侍女のロゼ。

後1人知らないおっさんがいる。

目が合うと会釈してきたが、誰だ?


「セラ君は初対面か。オーギュスト・デューヴァ。母上の実家が治めている領地の騎士団で一隊の長を務めていた」


隊長さんか。

……それが何の用だろう。


「ここの騎士団の団長になる予定の男よ。彼がいて外の地図を広げているって事は魔物の事でも聞きたいの?」


「その通り!冒険者ギルドからも報告は上がっているが……その恩恵品はもっと詳しくわかるんだろう?」


そう言い、こちらを指差した。


なるほど……代官のお仕事か。

どうしたもんかとセリアーナを見ると頷いて来た。


「聞きたい内容にもよるけれど、ギルドよりオレの方がもう少し詳しいかもね。何を聞きたいの?」


「まあ、まずは座ろうか。お酒……は無理か。ロゼ、何か適当に用意してくれ」


そう言うと、応接スペースに移動した。


この部屋は初めて入ったけれど、セリアーナの部屋の様に寝室とは繋がっておらず、その分広くなっている。

ドアの正面奥にリーゼルの執務机。

右側に応接用のソファーやテーブルが2セット。

反対側には資料棚がずらりと並んでいる。


「お前が遊びに来ても面白いものは無いわよ?」


「そうだね……」


部屋の様子を伺っているのがわかったのかセリアーナから突っ込みが入った。

まぁ、遊びには来ないがあまり興味を惹かれるものは無いな。



「さて、それじゃあ始めようか」


皆が席に着いたところで、リーゼルが口を開いた。


上座の1人掛けにリーゼルが座り、後ろにカロスが控えている。

側面にセリアーナと俺が、その対面にオーギュストだ。


テーブルにはセリアーナも持っていた街周辺や森の簡単な地図が置かれている。


「では自分が。セラ殿の恩恵品は障害物を透過して、生物の強さを見極める事が出来ると聞いた。今進めている拠点候補地までの道で、倒していない魔物の中で周辺の魔物より特に強いものはいただろうか?」


オーギュストが地図を示しながら話し始めた。

【妖精の瞳】の効果だけど、アカメの能力とごっちゃになっているな……誰に聞いたんだろう?

セリアーナも訂正しないし、このままでいいのかな?


「特別強いのはいなかったね。どれも1の森で出てくるのと同じ位だったよ。ただ、距離があり過ぎて強さはわからなかったけれど、こっちの山の麓辺りに様子見していたのがいたね」


同じく地図を指しながら説明する。


どれもジグハルトが一瞬で倒していたが、強さ自体は1の森に生息するのと大差は無かった。

1の森と1の山との関係の様に、山に生息する魔物の方が強かったりするのかもしれないな。

もっと奥の方まで行くと話は変わるのかもしれないが、この街の兵士や冒険者なら油断さえしなければあの辺りは問題無い。


話を聞くに、冬の間に伐採を進め候補地までの道を作り、春からは拠点造りの為に資材を運ぶことになる。

その際の護衛として、街の兵を動員するのでそれに向けて冬の間訓練をするらしい。


騎士団団長になればともかく、今はまだ違うし冒険者には訓練を強いる事が出来ない以上、兵士をしっかり鍛えておきたいんだろうね。


事前に聞いていればもう少し真面目に調べていたんだけど……。

ま……まぁ、何とかなるかな?


「1の森の事は僕もある程度は聞いているが、あのレベルのがそこら中にいるのか……。北と南の拠点と連携して、少しずつ進めていくしかないか……」


「そうね。無理に急いで半端な物を作って、結果潰れるような事態はごめんだわ。今も陛下からの支援もあるし、来年以降はさらに増えるのでしょう?」


「そうだね。幸い僕らはまだまだ若いし時間はたっぷりある」


そう言い2人は笑っている。


2人とも16歳だったかな?

この国の平均寿命は知らないが、焦って自滅とかはしないでくれそうだ。

頼もしい。


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「暇ね」


「暇だね……」


あと数日で雨季が終わるだろうという今日。

今年一番の雨に見舞われた。

今日明日はこのまま降り続けるだろう。


同じ敷地内で目と鼻の先に建っている4人の住宅ですら雨で霞んで良く見えないほどだ。

客も来ないし、彼等は今日明日は休みになった。


伝えに行ったのは俺だ。


今までチャレンジしていなかったから今日初めて知ったが、【浮き玉】は雨に弱い。

いや、俺が弱いのか……?


傘をさしても意味が無いだろうからと、ずぶ濡れ覚悟で飛び出したが、無意識に雨を避けようと変な軌道を描いていた。

上から見ていたセリアーナ曰く、敷地から出て行くと思ったとか……。


気合を入れて、前進しようと強く考えないと真っ直ぐ進めなかった。

思わぬ弱点ではあるが、対処できるしこの機会に知れたことは良かった。


その後は【隠れ家】で着替えと洗濯、シャワーを浴びて部屋でダラダラしている。

髪はセリアーナに乾かしてもらい、しばらく着せ替え人形にされていたが、流石に飽きて来たらしい。


「【浮き玉】使う?」


「……そうね」


俺の提案に何やら考え込んでいる。

何かしたいことでもあるのかな?

宙返りとか?


「借りるわ」


「ほい」


「後それも」


【浮き玉】に乗ったかと思うと、今度は左耳に付けてある【妖精の瞳】を指してそう言った。


「いいけど……何するの?」


渡すとそのまま耳に付け即発動した。

相変わらず、えぐいビジュアルだ……。


「さ、来なさい。行くわよ」


……どこへ?



この屋敷は、玄関のある本館と南館、そして今建築中の北館で構成されている。

本館が3階建てで、南北は2階までだ。

ただし、どこも屋根裏部屋がある。


「ほっ!」


手のひらに明かりを出した。

最近身に付けた照明用の魔法だ。


戦闘で使っている「ふらっしゅ」は光量最大、持続時間最小で発動すると即消えるが、こちらはほどほどの光量でその分長持ちする。

一応この使い方が正しいのだが、【竜の肺】で底上げした状態で使うのに慣れていたため少々手間取ってしまった。


ともあれその明かりで周りを照らすと、積まれた木箱が目についた。

屋根裏は物置に使われる事が多いが、ここの場合は万が一の際の砦の役割も持っている。

その為、矢やら剣、槍と武器が置かれている。


「はー……来たばかりの時に屋根裏には入らない様言われたけど、こんなのが置いてあったんだね」


「そうね。兵舎が完成すればそちらにも移すでしょうけれど、いざという時はここを砦として使うからある程度は残すでしょうね。そこから矢や魔法を撃ちかけるのよ」


そう言い窓を指した。

透明な板がはめ込まれているが……。


「ガラス?」


「違うわ。透過板よ」


透過板。

魔物の骨と何かを色々やって作る、その名の通り透明な板だ。

アクリル板の様な物で、ガラスよりは透過度は低いが、窓に嵌める程度なら問題無い。

安いわけでは無いが高価でもろいガラスよりは、と余裕のある平民の家などでも窓として使われている。


……が、それでも屋根裏の窓に使うとは。

確かにこれなら外の監視も出来るが……侮りがたし。


「何もいないわね……」


セリアーナは俺が唸っている間に周囲の確認を終え、屋根裏の中を進んで行った。

延焼防止の為か一定間隔でドア位の大きさの枠が開けられた仕切り板が設置されている。

中々のリテラシー。


「埃っぽいね」


「置いてある物が物だけに、ここは掃除は必要ないと言ってあるの。仕方ないわ。……雨漏りもしていないわね」


【浮き玉】で浮いているから問題無いが、埃が薄っすら積もっている。

たまに誰かが窓を開けて空気の入れ替えでもしているのか、階段から窓に向かって足跡が残っている。


そして、今セリアーナが言ったように天井を見ると、板がむき出しになっているが雨漏りは一か所もしていない。

窓の枠も濡れていないし、ここを手掛けた職人の腕は中々いいんじゃないだろうか?


「全部同じようなのが置いてあるんだね。他のは置かないの?」


一通り南館の屋根裏を見終えたが、束ねられた槍に剣、木箱に詰まった矢。

何処も一緒だ。


「あまり出入りする場所でも無いから、頻繁に入れ替える様な物は置けないわ。カビが生えたり痛んだりしたら困るでしょう?」


「そりゃそーか」


「ここは問題無いわね。お前も確認して頂戴」


「ほい」


アカメの目で全体を見るが、魔力の反応は何も無し、だ。


「何も無いね」


「結構。次に行くわよ」


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南館の屋根裏の見回りを終え、本館に移って来たが、こちらにはリーゼルの部屋がある。

2階にある執務室から上がって来れるようになっているらしい。


頑丈な壁にドアとさらに透過板の窓まである。

一目でわかるけれど、あれで良いんだろうか?


「……あそこだよね?」


「ええ。向こうと違ってこちらは警備の兵が常駐しているから、あれで良いのよ」


「へー……お?」


浮いているから足音はしないが、今の話声が聞こえたのか慌てて中にいた兵士が出てきた。


「セリアーナ様。どうかされましたか?」


「屋敷の点検よ。気にしなくていいわ。お前は任務に戻りなさい」


「……はっ。それでは失礼いたします」


多少釈然としない様子ではあったけれど大人しく戻って行った。

まぁ、子供を膝に乗せた状態でいきなり現れたら何しに来たんだ?って思うよね。


ハプニングと言えばハプニングではあったが問題はそれくらいで、南館と同じく本館の点検も何事も無く終えた。

掃除は行き届いていなかったが、雨漏りも無くネズミ一匹姿を見なかった。


ここを建てた職人の腕はいいって事は確かだ。


「終わっちゃったね。地下とかは無いの?」


「地下?食糧庫はあるけれど、わざわざ行くほどの物は置いていないわ」


「ふーん……」


地下。


完成しているかはわからないが、抜け道があるんだよな。

アカメと遊んでいる時にたまたま人が地面の下を通っているのを発見した。

セリアーナも気付いているだろうし……まだ秘密なのかな?


この屋敷は高台にあるが、その斜面に沿っていくつか施設が建てられている。

恐らくそこのどれかに抜ける様になっているんだろう。


まぁ、使う機会は無いだろうけどそのうち教えてもらえるのかな?



屋根裏の点検を終え、その後も屋敷中あちらこちら回ったのだが最終的に行きついたのは使用人の控室だ。


通常だとこの屋敷は20人位が働いているが、雨が強く通勤に不便で、また客も来ず仕事もそれほど無いため15人ほどで回している。

それでも余るようで、控室にいる人間は多めだ。


だからこそ、【ミラの祝福】をサービスするのに都合が良かったわけだが、お嬢様が乗り込んで来るとなると話は別だ。

これは俺が上手く間に入らないと……そう思っていたんだけれど。


何故か盛り上がっている。

そういえばこのお嬢様、領主の娘としてあちらこちらに慰問だなんだで顔を出しているから平民相手のコミュ力も高いんだよな。


「そう言えばこの街は孤児の扱いはどうなっているのかしら?書類では孤児院に預けられる事が多いようだけれど……」


最初は仕事の事から始まり、代官交代の影響や新領地の件、冒険者や出入りする人間の増加と街の様子から聞き始め、いよいよ教会絡みの事を聞き始めた。


「そうですね……大抵は孤児院行きが多いです。そもそもこの街で子を捨てるなんて、冒険者か行商人くらいですから。そうよね?」


1人がそう言い、同意を求めると皆も頷いた。


「あそこの子達は冒険者地区かそっち寄りの店で働いたりはしていましたけれど、あまり西側には来ないから詳しい事は……。大きくなったら外の開拓の手伝いとかをしているらしいですけれど……」


うん……大体あっているな。

この街は中央広場から大きく西と東で分かれている。

西がややお上品で、東ががさつ。

住み分けが出来ていてあまり関心を持っていないんだろう。


その後もお喋りは続いたが長居すると休憩の邪魔になるからと、20分程で席を立つことにした。


まぁ、セリアーナとの壁というか溝は埋まったんじゃないだろうか?



「数年前、東側に謎の盗賊が現れたそうね。食料だけ持ち去ったそうだけれど……」


「不思議だね。金目の物は持ち去らなかったのかな?」


「使い道が無かったのかしらね?」


「そうかも知れないね」


「しっかりバレていたわね……覚えている店を後で教えなさい。春からの拠点造りの炊き出しの仕事を振るわ」


「……ごめんね?」


「本は……あれはいいわね」


「そうだね」

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