第70話

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秋の2月。


山の方はもう薄っすらと雪が見えるが、平地はそれ程でもない。


「ぐぉぉぉ……」


ただし!

上空は寒い!

思わず呻き声をあげてしまう。


来月になればまた秋の雨季で雨がしばらく続くので、それまでに今やっている作業を一段落させようとややハイペースに行っている。


上空で震えていると、ピーっと笛の音が聞こえた。

位置に付いた合図だ。


「ふぬっ!」


手に持つ魔道具に魔力を込めると、そこからレーザーの様な光線がまっすぐ伸びた。

直線照射器という、光線が出る、それだけの魔道具だ。

直線を引くだけと、使い道が限定されている為、数が少なく意外と高価だったりする。


通常は櫓の様な物を組み立てて、その上から照射していくのだが、今回はまだ伐採が済んでいない森の中。

その為俺が上空から高度を維持して、照射を行っている。

それを受けて、何か1メートル程の長さの杭の様な物を200メートル間隔で地面に打ち付け埋め込んでいる。

魔力を通すと僅かにだが発光し、工事の際の目印になる。


それが終わると俺がその真上まで移動し、合図を待つ。

この繰り返しだ。


これをこの冬の間に、森の中にある次の拠点候補地まで伸ばす予定だ。


もちろんこの時期の森は危険で、本来こんな事は無謀なだけだが、下の護衛はアレクとジグハルトのこの街の最強戦力に、今日はこの街出身の冒険者5人組パーティーだ。

後者は毎回入れ替わっている。


まぁ、公共事業みたいなものだしな……。


それプラス、俺が上空から監視もしている。


アカメの目と【妖精の瞳】を通して無駄に強力なジグハルト達がはっきり見える。

アレクも強いはずなんだけれど、どうしても霞んでしまう。


俺が寒いという点を除けば、何の問題も無い。 


1の山から下りてくる魔物の緩衝地帯として、1の森は残してあるので、そのすぐ隣だと危険過ぎる為街からおよそ5キロ離れた場所に造ることになっている。


大体今半分。


目的地まで辿り着けば、冒険者にも依頼を出して人海戦術で一気に切り進む。

相変わらずこの世界はパワフルだ。


「ぬ……っ!」


ピーーーっ!と全力で笛を吹く。

俺から吹くのは魔物が接近している合図だ。


ちゃんと笛は届いた様で、一瞬ピカっと光ったかと思うともう魔物は消滅していた。

【竜の肺】を渡してはいるけれど、それ込みでも見事な魔法だ。

魔物は炭になっているのにあれで森には全く燃え移ったりしない。


アレクがやる事が全く無いとぼやいていた。


ただ、工夫にしてみればごつくて盾に棍棒を持った見るからに強そうな大男がいると安心できるんだろう。

彼等も多少は荒事に慣れているとはいえ、魔境の魔物は恐ろしいのか最初は作業を渋ったが、今はもう慣れたものだ。


ほんの一瞬とは言え、今の戦闘でも全く手を止めていない。

コーンコーンと杭を叩く音が途切れていない。


この辺の魔物もそろそろこちらの臭いを覚えたのか、僅かに見える程度の距離に数体いるが、それ以上近づいてこようとしない。


早朝から始めてまだ正午前。

このペースだと、後1本位はいけるかな?



「ただいまー」


皆はこの後冒険者ギルドと職人ギルドにそれぞれ報告へ行くが、まだ早いがその後合流して飲みに行くんだろう。

街に入ったところで俺だけ一足先に屋敷に戻った。


ケープこそ羽織っているが、念の為にと【緋蜂の針】を装備しているから裸足だ。

流石にこの恰好で長時間外に、それも上空にいるのは厳しい季節だ。


そろそろ靴を履くべきだろうか……?


「おかえりなさい。風呂の用意が出来ているわよ」


「ありがとー!」


例によって窓から部屋に入ると、セリアーナからのありがたいお言葉。

中には女性陣3人がいるが、資料らしき物を広げている。

お仕事中らしいし、俺はさっさと風呂に入ろう。


部屋を出て、すぐ向かいにある浴室に入った。

俺は普段は【隠れ家】のを使っているが、人がいる時はこちらを使う事がある。


他にもリーゼル用や客人用が複数と、風呂がたくさんある屋敷だ。

今はもちろん、増築前の状態でも多かった。


この街にいた頃も水にだけは困った事が無かったし、水が豊富な土地なんだろう。

いいことだ!


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セリアーナ用のお風呂。


6畳くらいのお貴族様用にしては少々狭い風呂だが、浴槽とオイルマッサージとかエステ的な事をする木製の寝台が置かれている。

壁側には小さい棚が置かれ、石鹸とシャンプーと、謎のドロリとした液体が数種類……。

使っていいとは言われているが、石鹸とシャンプーだけしか使っていない。

そもそもあれが何なのかもわからなければ使い方もわからない。


うん。

俺には必要ないものだ。


さっさと体洗って温まろう。


手早く体を洗った後、湯につかることしばし。


「ふへー……」


浴槽の縁に後頭部を乗せ仰向けに浮きながら、手足を伸ばしちゃぷちゃぷと足を動かす。

浴槽が大きいという事もあるが、この風呂で思い切り手足を伸ばせるのは、この子供ボディの数少ない利点だと思う。


数少ない……他にあっただろうか?

これだけか?

ひょっとして……。

掘り下げるのは止めよう。

今更だけど空しくなってくる。


「む?」


ボーっと浸かっていると、脱衣所に人の気配を感じた。

覗き……な訳ないか。


「セラ?着替えを置いておくよ」


エレナだが……。


「ありがとう?」


「のぼせないようにね」


「はーい」


着替えってなんだろう?

自分で用意したものを置いていたはずだけど……気になる。


いつもより短いが風呂から出る事にするか。


「よいしょと」


気合を入れザバっと湯から出て脱衣所に向かった。

一体何を置いて行ったんだろう。


「……なるほど」


籠に鎮座するそれは一目でわかった。

念の為脱衣所内を探すが、俺が持って来た着替えは無い。

エレナが持って行ったんだろう。


部屋は目の前とは言え、流石に下着姿で出て行くわけにはいかないだろうし……仕方ない。



「似合うじゃない」


「……」


部屋に戻ってきた俺を見てセリアーナはそう言った。


ちなみに、今の俺の恰好はワンピースタイプのパジャマ……いわゆるネグリジェで、透けたりはせず色っぽさは無いが実に女の子っぽい。


……これセリアーナの趣味だな!


「これは一体?」


さっき俺が出てくる前は資料やらを広げていた机には今服が積まれている。


そのうちの1枚を手に持って広げてみると、ワンピースだ。

腰で結ぶ帯の様な物はあるがそれ以外飾りっ気の無いし、外出用と言うよりは部屋ぎかな?


ただ、今着ているこれもだが、綿か何かだと思うが肌触りがいい素材で出来ている。

平民が着るような代物じゃない。


「今年の君の誕生日のプレゼントだよ。君がいつも着ている、ジンベイだったかな?この部屋だけならいいけれど、あれは屋敷内とはいえ少し肌が出過ぎているからね……」


「むぅ……」


作って1年経つけど、確かに袖が七分から五分くらいになっている。

俺ももう10歳だし、お嬢様的にあれははしたなかったか。


別の山の1枚を見てみると、そちらは今着ているのと同じようなネグリジェ。

他にも下着や、厚手の靴下までたくさんある。


「【緋蜂の針】を付けていると履きづらいかもしれないけれど、見ている方が寒々しいから、この時期はせめて屋敷の中で位は裸足は止めなさい」


と、セリアーナ。


「今日も寒かったからね……。外でも使わせてもらうよ。ありがとうね」


靴下、丁度欲しいと思っていたところだ。

服にしても楽そうだし、そのうち慣れるかな?

ありがたい。


「奥に置いておくから、後で一緒に見ようね。フィオーラ、髪をお願いします」


そう言うとエレナは服を持ち、隣の寝室へ向かっていった。


「セラ、来なさい」


フィオーラが自分の膝を叩いている。


基本的に俺の髪はエレナが乾かしているが、今日の様に風呂上りに彼女がいる時はエレナの代わりにやっている。

もちろん、お礼付きだ。


「ほっ!」


【ミラの祝福】を膝の上で発動した。

エレナの時もやっていたが、10分程度の短時間でもそれなりに効果はあるようで、気前良く引き受けてくれている。


髪を乾かすというただそれだけの事なのに、違いがあって面白い。


「それじゃ、今日の報告をお願い」


そして、セリアーナは空いた机に今度は別の資料を広げている。

この周辺の簡単な地図が書かれていて、工事の進捗と、ところどころに俺の所感が記されている。


一応ギルドからも上がって来るが、上から見ている俺の報告が一番正確らしい。

加えて、周辺の魔物等の動きも加えている為、リーゼルもこっちを採用しているとか。


今は半分を少し過ぎたところ。

大分進んできたな。


そんなことを考えながら、今日の報告を行った。


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「これ……王都のお貴族様達もやっているんでしょう?」


「大旦那様とか大奥様の許可が下りた人達だけ、ね。お金も1日金貨5枚貰ってるけど」


1人の疑問に答えると、周りの皆が驚き喜んでいる。


華の王都の貴族。

この国のトップ層にいる人達ですら簡単に受けられない術を、辺境の平民が受けている。

優越感に浸れるだろう。


存分に浸ってくれ!


「1日でやれる人数に限りはあるけれど、雨季の間は暇だから全員にやってあげなさいってお嬢様がね。殿下にも言ってあるし施療を受けてる間はここで休憩していていいからね」


またあちらこちらで声が上がる。

まぁ、ここはそれ程忙しくないとはいえ、やっぱり公然とサボれるのは嬉しいもんだ。


そんな訳で、秋の3月。

雨期真っ盛りだ。


そして、ここでもエステサロン・セラが臨時オープンしている。

偶に手伝いはするけれど、積極的に輪に入っていなかったし、冒険者の仕事もあったからあまり話す時間も無かったが、この機会に仲良くなっておけと言われた。


領都出身のセラちゃんに、馴染みのいないこの街で冒険者や兵士といったおっさん連中以外の知人を増やしておけって事なんだろう。


もちろんセリアーナも自分のイメージアップだったり他にも本命の目的はあるのだが……、普通に話しかければいいのになんでこう回りくどい方法を好むんだろう?

……暇なのかな?


「セラちゃん、確かお嬢様と一緒の部屋で寝ているのよね?お嬢様にもこの加護は使っているの?」


「毎日じゃ無いけれど、夜に時間のある時とかたまにやってるね」


またまた上がる声。


あまりセリアーナはこの屋敷の人間と触れ合わない。

部屋には大抵エレナかフィオーラが詰めているし、最近はアレクとジグハルトもいる。

部屋に入るのはお茶を出したり、掃除や寝室を整える時位かな?


身分云々抜きにしても近づきがたいからか、何を聞いても新鮮なんだろう。

俺もそこまで話せるネタはもっていないが、大いに盛り上がった。



「……そんなわけで、お嬢様は結構謎の人って扱いだったね」


「そう……まあいいわ。ご苦労だったわね」


夜の報告会。

もしくは密告会だ。


まぁ、そんな大げさな事じゃない。

要はお上品な場所では耳に入ってこない噂を、俺を通して使用人から集めようってだけだ。


外は雨が降り続いておりエレナとアレクも夜になる前には自宅に戻っていて、部屋には俺とセリアーナの2人だけ。

ただのお喋りみたいなもので、ついでだからとベッドでうつ伏せになってもらい【ミラの祝福】を使いながら行っている。


「2人の事はどう?」


「それとなく漏らしたけど、どっちもまだあまり屋敷の人との交流が無いから、ピンと来ないみたいだね。あぁ、アレクは人気あるかな?」


「そう……」


2人。

エレナとアレクだ。


この2人は結婚予定なのだが、同僚とはいえ貴族と平民という身分差に、それプラスエレナには婚約者もいる。

その相手が文官肌というか、エレナのお気に召さなかった事もあってこうなったという事もある。

騎士の家系だからか、夫になる相手もそう言う相手が良かったらしい。

アレクは考え直すよう言っていたらしいが、セリアーナとのタッグに押し切られたとか。


婚約はエレナの親父さんが話を纏めていたそうで、親父さんを納得させるためにアレクは頑張っていた。

相手側の面子もあるし、そこは仕方が無いと思う。


ただ、今もやっているようにこの新領地でアレクに色々仕事を振って功績をあげさせる予定だったが、さらに魔人の討伐に二つ名に冒険者目録への掲載と、色々想定以上の積み重ねがある。


来年王都へ向かう時に領都で護衛の兵士を補充するが、その護衛部隊の隊長はエレナの親父さんが務めることになっている。

当初の予定では、セリアーナ達が結婚して、その後に新領地で籍を入れる予定だったらしいが、このペースで順調に進めて行けば、王都に行く前に済ませられるんじゃないか?

という話になっている。


まだ半年近くあるし、それならこっちで先に結婚は確定と世論を作り上げて、領都まで流させようとセリアーナが考えた。

第一歩で躓いてしまった感じだけれど、おばちゃん達は恋愛話は好きだろうし、冬までには広められるかな?


「ちょっと考えてみようかしらね……」


「ほどほどにね?」

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