エピローグ③:シャリアの夢

 ウィバンを出てすぐ。

 カズトは窓の外を見ながら、すぐにうたた寝し始めた。

 

 おいおい。まだ旅に出てすぐじゃないか。

 あんた、本当に体調戻ったのかい? あたし達の前で無理してるんじゃないだろうね?


 あたしはそれが心配でならないよ。

 ほら。脇のアンナだってあたしと同じ不安げな顔してるじゃないか。


 だけど、寝顔は随分と穏やかだ事。

 ……ったく。ほんと、そういう所まで似てやがるんだから。


   § § § § §


 あたしはずっと、封神ほうしんの島での事を後悔して、受け入れられずにいたんだ。


 最近は減ったけど、当時は寝ればシャルムが巨人の剣の一振りで吹き飛ばされ、崖に落とされる夢ばかり見ていたからね。

 壁に叩きつけられた夢の中の弟は、苦しげなのに何故か笑っていたけど。その意味すら分からずにさ。


 それ位、弟を失ったのはショックだったし、見捨てた事への後悔もしてた。勿論ディルデンもだ。


 ディルデンは昔っからあたし達兄弟に付いてよくしてくれたし、あの時だって今考えりゃ、ベストな判断をしたと思ってる。

 けど。あたしはそれでも耐えられず、あの直後に一度だけディルデンを責めた事があった。


「何で! どうしてシャルムを見捨てたんだ! もしかしたら! もしかしたら……あの子はまだ……」

「……申し訳、ございません」


 身を震わせながら悔しそうに応え、口答えなどしなかったあいつに、あたしははっとしたよ。

 同じ口惜しい気持ちを持っている相手を責めるなんて、今考えても酷い事を言ったって後悔してる。


 あの日を最後に、あたし達はパーティーを解散し、冒険に行く事を止めた。

 もっと早く止めておきゃよかったと、ずっと後悔してたけどね。


 代わりに、シャルムがこの街一番の大商人を目指してたから、あたしはその夢を継いだんだ。


 ──あれから五年。

 弟の事を忘れた事なんてなかった。


 だからこそ。

 あの日ウィッシュの街で、護衛クエストの参加者を見定める為の顔合わせであんたを見た時は、本気で心臓が止まるかと思ったよ。

 黒髪だけど瓜二つ。しかも武芸者としての出で立ちまで被っててさ。


 勿論、シャルムじゃないのは分かってる。

 だけど、あたしは思わずあんたを身辺警護の担当にしちまった。


 カズト。

 あの時あたしは、本音としてあんたを勘で選んだって言ったけどさ。


 あんたも知っての通り、あれも建前。

 あたしはあんたに、勝手に弟を重ねてたのさ。


 ま、結局それがあたしとシャルムを再会させてくれて、あいつの今を知れたんだ。勘は当たってたって事にしておきな。


 あんたには話してないし、皆にも口外するなって伝えたから知らないだろうけどさ。

 あんたがロミナと崖から落ちた時。あたしの取り乱し様は酷いもんだったよ。


 またここで、あたしは弟を失うのかって、本気で後悔して、絶望してたからね。

 正直、ロミナの仲間達が気を吐き踏ん張ってくれたから、あたし達は無事巨人を倒せた。でもその間泣いたまま動けない位、あたしは役立たずだったんだよ。


 だから、怪我は負っているけどあんたとロミナが無事だって、戻ってきたフィリーネから聞いた時は本当にホッとしたのにさ。


 何で再会したら、あんたは死にかけてるんだい。

 あの時のロミナも辛そうだったけど、あたしはあんたのボロボロな身体を見て、アンナと泣きじゃくっちまったよ。

 あ、勿論これも口止めしてるからね。あんたには一生教えてやらないよ。


 たださ。

 ロミナとあんたを何とかヒールストーンや術である程度まで回復して、皆で何とか再度封印まで漕ぎつけたけど、あの時のロミナ達はやばかった。


 確かに巨人達と戦ってた時も強かった。

 だけど、あの時の鬼気迫る戦いっぷりはそれ以上だったよ。特にロミナはまるで別人のようだったしね。


 お前が傷ついて死にかけているのを、早く何とかしたかったのか。

 それとも、あんたが死ぬ程無茶したのに怒ってたのか。

 それは分からなかったけど。


 でもあの戦いっぷりは本気でやばかった。こいつらなら魔王を倒せる訳だって思い知らされる位にはね。

 もしあんたがあの姿見たら、きっとあまりの事に間抜け顔で唖然としただろうさ。


 何とかあんたが一命を取り止めて、本当に良かったよ。

 お陰でシャルムが夢で笑みだった理由もわかったしね。


 ……ずっと、悲しむなって、言いたかったんだね。

 そんな事すら気づけない姉で悪かったよ。


 心配かけたね、シャルム。

 でも、本当にもう大丈夫さ。だから安心して見守っときな。


   § § § § §


 しかしさ。

 カズト。あんたは本当に凄いよ。

 あたしが不安になる位にね。


 忘れられ師ロスト・ネーマー

 噂には色々聞いたけどさ。


 人を助け。パーティーを助け。だけど追放され、忘れられ続けたんだろ?

 それでもロミナ達とパーティーを組み、実力差があろうと必死に旅をしたんだろ?

 あいつらに納得できる理由で追放されたとはいえ、記憶から消える覚悟をして。

 自分を忘れた元仲間の為に、また命を懸けたんだろ?


 ウェリックとやりあった時の話をアンナから聞いたけどさ。そこでも自分を犠牲にして奇跡を起こしたって聞いたし。


 あたしの我儘わがまま封神ほうしんの島に連れて行った時。

 確かに仲間を死なせたくないし、万が一の話もしたけど、あそこまで仲間の為に身体を張ってさ。


 ……あんた。

 そこまでして、何を背負ってるんだい?

 そこまで自分を鑑みないのは何でなんだい?

 命が惜しくなかったのかい?

 

 あたしは不安だよ。

 あんたが自らが傷つくのもいとわず、まるで死に急いでいるようにしか見えないんだから。


 ……まあきっと、その真剣さと真面目さが、ロミナ達あいつらやアンナの心も打つんだろうけど。


 カズト。

 あんたはロミナ達の元に戻る気なんだろ?

 だけど今のままじゃ、戻る前にあんたがたなくなるって。


 だからこそ、あたしは仲間としてあんたに力を貸すんだ。ちゃんと再会させて、弟子の笑顔も見たいからさ。


 ……ってあたしがこれだけしんみりしてるのに。お前は何だらしない顔でよだれ垂らしてるんだい。


「……はっ!?」


 ははっ。

 頬杖からずれ落ちて目を覚ますとか。やっぱりあんた、まだ疲れてるんだね。

 思わずアンナと顔を見合わせて、笑っちまったじゃないか。


「カズト。お疲れですか?」

「あ、ごめん。そういう訳じゃないんだけど、久々に早馬車に乗ったら心地良くってさ」

「そうでしたか。もしお休みになられたいのでしたら、わたくしの膝をお貸ししましょうか?」

「ちょ!? そ、そういう気遣いはいらないって! 大丈夫だから」


 ……ほんと。

 あんたは真面目でうぶだねぇ。


「まったく。男ならアンナみたいな美人なメイドの膝枕なんて、喜んで世話になるもんじゃないのかい?」

「他の男は知らないけど、俺はそんなの興味ないって!」

「とか言って。顔真っ赤にして恥ずかしがってるって事は、想像してみたんだろ?」

「う、うるせー! ったく。やっぱり一人旅の方が気ままで良かったよ!」


 不貞腐れてそっぽを向くカズト。

 そんな真面目な所までシャルムそっくりとか。ほんと、何の因果かね。


 ま、いいさ。

 あたしにとってはもう、あんたは仲間だし、弟みたいなもんだ。

 ちゃんとあんたがロミナ達の所に帰れるよう、できる限り力を貸してやるよ。


 きっと、これも絆の女神様のおぼし召し。

 お陰であたしも良い夢見れそうだし、久々に冒険者気分も味わえるし。

 商人としてのやり取りも面白いけどさ。やっぱりあたしは根っから冒険者だからね。


 あ、ちなみにあの時言った事は本音だよ。


 シャルムと旅する夢。

 カズトには悪いけど、あたしは少しだけあんたに弟を重ねて、そんな夢を叶えさせてもらうからね。


 いいだろ? シャルム。

 見守ってくれてるってなら、一緒に旅しても。


 ──そうすりゃあたしも、本気であんたのために、また笑えるからさ。


  〜To Be Continue......?〜

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