第二章:二つの再会
第一話:死を憂い、生に喜ぶ
俺はシャリアの紹介で入った高級宿の中で、またも途方に暮れた。
っていうか。これ本気であいつの屋敷と変わらない豪華さじゃないか……。
一泊でどんだけ掛かるんだ?
今頃ほくそえんでそうなシャリアの顔が浮かび、思わず舌打ちする。
あまりのしつこさに、厚意か罠か本気で分からなくなるだろって。
一旦荷物を適当に部屋の隅に置く。
愛刀
必要な時が来れば持ち出すけど、少しの間留守番だ。
一応仕込み杖もあるし、当面は道着袴じゃなく聖術師の格好だしな。
その内浜辺にも繰り出してみたいけど、水着もないし、まずは一人でも街を歩けるよう、買い出ししつつ慣れるとするか。
俺は慣れない部屋で少し寛いだ後、軽く身だしなみを整えると、フードを被って宿の外に出た。
時間は昼過ぎ。流石に陽射しが強いけど、この格好は風通しもいいし、やっぱり歩きやすいな。
聖術師って良いよなぁ……なんて思いながら、俺は服屋に入って水着を見繕ったり、この場所で数日過ごすのに必要そうな日用雑貨などを買い込んでいった。
勿論、昨日の事もあるから警戒だけは怠らない。
とはいえ、今の所は平穏な日常だ。
流石に顔はフードで隠したまま歩いているが、今の所、誰かに付けられてるとか、変な視線なんかは感じない。
まあ、できる限り大通りを選んで歩いてるってのもあるかもだけど、多分そこまで心配は要らないとも思ってはいる。
あくまで予想だけど。
ウェリックの目的がアンナさんだとすれば、俺を直接狙ったり、俺を捕らえるのに賞金をかけるメリットはほぼないはずだ。
確かに俺は、彼女と一緒にシャリアの屋敷から出てきた。だけどそれはあくまでシャリアの客人としてだ。
もしそういう奴を捕らえて人質にするなら、とっくに他の客人で行動できたはずだろ?
昨日はたまたまアンナさんが外に出た。だからこそ、それが狙い目だったに違いないし、俺は
しかし。弟を殺せ、か……。
この世界でもう二年以上。勿論、誰かを斬り殺した経験だってある。
だけど正直、今でも本当は、誰かを殺すなんてしたくはないんだよ。
何より今回はアンナさんの弟。もし悪人に身を落としていたとしても、彼女が悲しむだろうしさ。
しかし、ウェリックの行動もよく分からない。
殺すことにしか道がない弟が、姉を守りたい。そこは分かるけど、何でじゃあ姉を再び殺しの道に引き
俺はそこが妙に気になっていた。
二人で暮らすとかならまだ分かる。
けど、わざわざまた暗殺者稼業に引き
俺だったら絶対そんな真似しない。
だけど弟はそれを考えている。何でだ?
呼び出す口実にしてもそうだ。
もっと平和的な話題にしたほうが、食いつきも良かっただろうに。何で馬鹿正直に手紙に書いたんだ?
それに、彼女を殺しに引き
あいつがそこまでしていないのも気になる。
何となくそんな疑問に囚われながら、ぶらぶらと街を歩いていた、その時だった。
「待ちやがれぇぇぇっ!!」
「けっ! 誰が待つかよ!」
突然遠くから聞こえた男女の叫びに、俺ははっとして振り返る。
その視線の先には、人混みを避け、時に人を押し退け俺の方に駆けてくる一人の人相の悪い男と、その後ろをローブを纏った何者かが追いかけている光景だった。
男の手には露骨に紐を引き千切ぎられたバッグを手にしている。
ひったくりか?
「おらぁ! どけどけぇ!!」
邪魔な住人を突き飛ばし、そいつは完全に道を遮ってしまっている俺に特攻してくる。
……仕方ない。今日はどいてやるか。一応聖術師様だからな。
「あわわわっ!」
俺は男が押しのけようとしてくるのを、慌てたふりをして横に避けた。
……わざと引き遅れた錫杖の柄以外はな。
残した柄で男の足を綺麗に引っ掛けると、そのまま奴は前に勢いよく転げる。
「おっらぁぁぁぁっ!!」
「ぐへっ!!」
と。そこに追いかけてきた奴が、叫び声と共に男の背中に勢い良く馬乗りに飛び乗り、その勢いでフードが
瞬間。
俺は目を
「ど、どけっ!」
「ざけんなよ! 人の物盗んで粋がってんじゃねえ!」
「いってててて! 悪かった! 悪かったよ!」
男勝りな口調で語る短い赤髪の獣人族の少女が、男の腕を後ろ手に締め上げ動けなくする。
「ミコラ、よくやったわ。
そんな彼女に声を掛けた後、滑空するように飛んできた魔術師の格好をした天翔族の女性が周囲に声を掛けると、集まった人達の幾人かが「わ、わかった」と返事してその場を駆け出した。
「フィリーネ。婆ちゃんに早く鞄を返してやってくれ」
「そうね」
馬乗りになった少女に返事をし、男が落とした鞄を拾い上げた魔術師が、すっと俺の前に立つ。
「彼女が泥棒を捕まえられたのは貴方のお陰ね。ありがとう。聖術師様」
「あ、いえ。偶然ですよ。では、私は急ぎますので、ここで」
笑顔で丁寧に頭を下げる彼女に、俺は顔をフードで隠したまま、釣られておずおずと頭を下げると、踵を返しゆっくりと歩き出した。
足早にならぬよう。自然を装い。ただ、ゆっくりと。
「おお、ミコラ。ちゃんと捕らえおったか」
「流石。すごい」
「ああ! ありがとうございます!」
「お婆さん。もう大丈夫ですから。慌てず行きましょう」
「はい!」
俺が向かう道の先から、三人の少女と一人の老婆がゆっくりと歩いてくる。
琥珀色の長髪を持つ森霊族の少女に、白銀のツインテールを靡かせた、亜神族の少女。
そして老婆を労る、藍色の長髪を持った人間の少女。
彼女達は、俺に視線を向けることなく。
俺は視線で彼女達を追うも、振り返りはせず。
互いにそのまますれ違った。
少しして、衛兵と呼びに行った街の人ともすれ違ったけど。俺はそんな人達など気にも留めずに歩き去り──気づけば、宿の部屋に戻っていた。
正直、どう戻ったかなんて覚えてない。
覚えているのは、先程捕物を繰り広げた少女達の事だけ。
荷物を下ろし、無造作にベッドに仰向けに横になる。
ぼんやり天井を見ている内に、その光景が少しずつぼやけていく。
相変わらずお転婆なミコラ。
ちゃんと公の場で、他人への礼節は心得ていたフィリーネ。
彼女達を見て感心していた、何処か偉ぶったルッテ。
淡々とした、何時も通りのキュリア。
そして……老婆に優しい笑みを向け、気を遣っていたロミナ。
……もう、忘れようとしてたのに。
……もう、未練なんて捨てたのに。
悔しいけど。
驚きや戸惑い以上に、あいつらを見て、凄くほっとした。
──聖勇女ロミナとその仲間達。
かつて俺が共に旅をし、魔王討伐の前に優しさしかない理由でパーティーを追放され。
半年後に偶然に再会し、魔王の呪いに苦しんだ聖勇女を救う為に改めて旅をして、彼女を救い、俺がパーティーを追放した相手。
今や俺の記憶なんてない彼女達。
だけどその存在が、俺の心を強く揺さぶった。
……旅なんてせずのんびり暮らしてりゃいいのに。何でこんな所にいるんだよ。
あ。もしかして、ロミナの師匠であるシャリアが、ここに住んでいるからか?
彼女に元気になった姿でも見せに来て、ついでに観光でもしに来たのかもしれない。
にしたってだ。俺がウィバンにいるこんなタイミングで顔出さなくたっていいじゃないか。
くそ。ふざけやがって。
アーシェ。お前また何かしたのか?
こんな偶然あるか。ロミナの師匠に出会った矢先に、ロミナがこの街に来るなんて……。
そんな悪態を
今俺はここでたった一人。それを口にしたって意味はない。
皆、元気そうだったけど……ロミナも、元気そうだったな。
もう本当に呪いは消えて、ちゃんと生きられてるんだな……。
皆……笑顔で、一緒に……いられてるんだな……。
……思い返す度に、心が熱くなり。
……思い返す度に、胸が痛くなり。
……思い返す度に、涙が止まらない。
感無量なんて言葉、きっとこの時の為にあるんだろう。
彼女達の姿を見られただけで嬉しくて。
彼女達の姿を見た事が切なくて。
もう涙腺が馬鹿になって、涙は止まらないし。
嬉しくって、顔をくしゃくしゃにしちまってる。
……でも……本当に良かった。
皆が笑顔で良かった。
ロミナが生きてて……本当に、良かった……。
……本当に……良かったな、お前ら。
……良かったな……ロミナ……。
突然の邂逅に戸惑い。
突然の邂逅に喜び。
「……うっ……ううっ……」
俺はその日。
ベッドの上で両手で顔を覆い、堪え切れない感情溢れさせたまま、ただひたすらに
彼女達が誰一人欠けず、そこで笑みを浮かべていた事に安堵して。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます