第七話:哀しき願い
部屋に戻った俺は、久々にゆっくりと風呂を堪能した後寝巻きに着替え、両腕を頭の下にやり、ベッドで横になっていた。
シャリアがロミナの師匠だと知ったせいか。
少しだけロミナ達の事に想いを馳せる。
あれから二ヶ月半か。
皆はどうしてるだろう?
笑顔で仲良くやっているんだろうか。
意外にルッテとミコラは、ルッテが
まあでも、そこはフィリーネとロミナが抑えてくれるよな。
……そういや、ちゃんとロミナは無事なんだよな?
……なんて。
最近やっと忘れてきた所だったのに。
シャリアのせいで色々思い返しちゃって、気持ちが少し切なくなる。
結局ロミナが目を覚ます前に離れてるから、元気になった姿は見ていない。
流石に呪いは解けたんだし、大丈夫だと思うんだけど。今でも彼女が無事なのか、少しだけ不安が残る。
とはいえ、もし聖勇女様が亡くなろうものなら世界的なニュースになるだろうし、話を耳にしない訳がないか。
ま。考え過ぎだな。どんだけ心配性なんだか。
自分の心の弱さに苦笑していると、部屋の扉が三度ノックされた。
「……どうぞ」
俺が身を起こし声を掛けると、
「失礼します」
と、落ち着いた声と共に部屋に入って来たのは、表情に憂いを宿した顔をしたアンナさんだった。
「もうお休みでしたか?」
「いや。ぼーっとしてただけだから大丈夫」
「左様でしたか」
彼女はベッドの脇までやってくると、深々と頭を下げた。
「昼間はお手間を掛けてしまい、大変申し訳ございません」
「ああ、いいって。別に大した事じゃないし、こっちこそ魔術で巻き込んでごめん。頭を上げて」
俺の言葉にゆっくりと頭を上げた彼女は、申し訳なさを隠そうともせずこっちを見てくる。
「悪いとは思ったけど、シャリアから事情は聞いた」
「……はい」
「色々苦労してるんだな」
「そう……ですね」
「アンナさんって、弟さんの事、どう思ってるの?」
悪いかなと思ったけれど、俺はそう聞いてみた。
じゃないと、もしもの時にどうすればよいか迷うからな。
少しの間視線を落とし、少し悩んでいた彼女がゆっくりと顔を上げる。
そして。
「……シャリア様には、ご内密に」
そう言って、こう語ってくれた。
「
「弟さんにその話は?」
「いえ。数年前以降会ってはおりませんから。ですが話しても無駄でしょう」
「どうして?」
「……元々、
自然と憂鬱そうなため息を漏らすアンナさん。
まあ、きっと責任感じてるんだろう。
「ですがその結果、暗殺者としてより深い闇を背負わせてしまいました。あの日組織をシャリア様と共に壊滅させた際も、弟は『自分は人を殺す事でしか生きられない』と言い残し、
……ったく。
じゃあ何でアンナさんに今更会いにきたんだよ。
自ら姉の前を離れながら、やっぱり自分の手で守りたいとでも思うようになったのか。
それとも、心変わりで本気で姉にまた殺しをさせたいって思ってるのか。
不器用な弟を持つと大変だな。
「……カズト様」
ふと、彼女の何か決意した視線を受け、俺もじっとアンナさんを見つめ返す。
「出会ったばかりの、しかも
「は? 本気か!?」
俺の驚きにも、彼女は表情を変えない。
……覚悟は出来てるって事か?
「はい。カズト様の剣と術の実力があれば、それを成せるはずです」
「どうだろうな……。あ」
そういやしっかり忘れてた。
俺、アンナさんの前で魔術使ってるけど、事情も何も説明してないぞ!?
既にシャリアとかに話されてるか?
「そういや俺の魔術の事、誰かに話したりは……」
「いえ。目覚めた際にシャリア様から、貴方様が
「そっか。ごめん。気を遣わせて」
「いえ」
「できれば、これからも秘密にしておいてもらえるかな?」
「はい。承知致しました」
良かった。
一応他の人達は皆、ただの武芸者だって思ってるしな。
流石に勢いで術を唱えたのは失敗だったけど、まあ結果オーライって事で。
さて。後はウェリックか。
……多分、会おうとするのは簡単な気がする。
彼女により強い覚悟があれば、だけど。
「アンナさん」
「はい」
「……弟さんが死ぬのを、見届ける覚悟はある?」
「え?」
「ウェリックはアンナさんを狙ってる。それはつまりあなたに会いたいからだ。だとすれば、アンナさんがいれば、会うのは意外に簡単だと思う。このままだらだらと何も手を打たずにいたら、もしかするとシャリアとか、ディルデンさんとか、あなた以外の人達まで巻き込まれるかもしれないし、それならこちらから出向いた方が早い」
「……
突然突きつけられた酷い現実に、彼女は哀しげな顔で言葉を詰まらせる。
……そりゃそうだよな。
何があったって、彼女にとっては
簡単にそんな覚悟できる訳ない。さっき俺に弟を殺してくれって言ったのだって、きっと相当強がったに違いない。
「慌てなくていいし、必ずそうしろって訳じゃない。ただ、もし覚悟が出来た時は言ってくれ。俺と一緒に会いに行こう。当面この街にいるし、宿はシャリアさんに教えておくから」
そう言って真剣な目を向けると、彼女も小さく頷いた。
今はそれで良い。
ゆっくり考えておくんだ。万が一の為にさ。
俺に殺させるにしても、ちゃんと覚悟を決めてもらわないと。いざという時、アンナさんが絶対に苦しむからな。
あんたに覚悟があるならば、後は俺が最善を尽くすだけさ。
§ § § § §
翌朝。
久々にベッドでぐっすり眠れたせいか。目覚めも良くすっきりと朝を迎えた。
部屋が広いからこっそりそこで朝稽古して、シャワーを浴びて着替えを済ませると、丁度アンナさんが朝食の為に迎えにきてくれたので、俺達は食堂へ向かう。
移動中に他愛ない会話をしたが、昨日の夜の話には敢えて触れはしなかった。
そんなにすぐ答えが出る話でもないだろうし、それまでは刺激はしないと決めているからな。
食堂ではメイドや執事、シャリアの部下も皆が同じ部屋で食事を取る。
これは昨晩も一緒だったんだけど、正直お金持ちの貴族なんかって、家族以外は別々に食事ってイメージがあったので本当に驚いたな。
血縁なんて関係なく、シャリアにとって、仲間は家族って事なんだろう。
ちなみに彼女は相変わらずで。
「どうせなら今日も泊まればいいじゃないか?」
だとか。
「本気であたしの右腕にならないか?」
って色々言ってきたけど、全部断った。
俺は一人が合ってるし、あんたの右腕になって、他の奴らに妬まれるのもごめんだしな。
§ § § § §
朝食を終え一息つかせてもらった後、俺は昼前に屋敷のエントランスにやってきた。
わざわざ出迎えにシャリアにディルデンさん、アンナさんをはじめ、皆がそこに集まっている。
これだけ見送りがいると、ちょっと気恥ずかしいんだけど……。
「シャリア。世話になったな」
「なーに言ってんだい。こっちが世話になりっぱなしだよ」
俺の挨拶に笑ったシャリアが、一枚の封書を差し出してきた。
「この後の宿探しも大変だろ? だから紹介状を書いといた。馬車で目の前まで連れて行って貰えるから、そこでフロントにこれを見せな」
「え? そんな。いいって」
「いいから受け取りな」
「ったく。わかったよ。ありがとな」
正直あまり気乗りはしなかったけど、人前なのもあったし、無理矢理押し付けられたそれを返すのが忍びなくなって、結局俺はそれを貰う事にした。
「しっかりバカンスを楽しみなよ。勿論、仕事や金に困ったら声をかけな。ちゃんとクエストを用意してやるから」
「心配し過ぎだよ。その時は冒険者ギルドにでも行ってコツコツやるさ。これでも現役だからな」
「困ったらあんたも一緒に商売したっていいんだよ」
「だから、俺は冒険者だっての。それじゃあな」
何となくこの場にいるとずっとシャリアのペースになりそうだったから、俺は逃げるように用意された馬車に乗り込むと、見送りの奴らに軽く手を振り、その場を後にした。
……アンナさんがシャリアを信じ、彼女の元で働くようになった理由も分かる気がする。
きっと、彼女もこんな感じでめちゃくちゃ本気で説得されたんだろうな。
まあでも、これでやっとこウィバンを一人で堪能できるな、なんて気楽に考えてたんだけど。
結局、案内されたホテルが首都一番の高級宿で、しかも紹介状渡したら宿代不要で好きなだけ泊まれるって話を聞いて、俺はがっくりと肩を落とした。
これ、屋敷に泊まるのと変わらないだろうが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます