第六話:見せたい未来
ロミナを救う為に旅に出て、約二十日。
その日の昼、ついに王都ロデムに戻った俺達は、その足で急ぎ王宮のロミナの元へと向かった。
「ロミナ!」
ミコラが勢いよく扉を開けると、そこには俺が最後に見た時と変わらず、ロミナはベッドの上で寝込んでいた。
……いや。以前よりはっきりと、苦しげな息を繰り返している。
その脇で心配そうに見守っていたマーガレスとキュリアが、はっとして俺達を見た。
「キュリア。ロミナの容態はどうじゃ?」
「まだ無事。でも、これ以上、
「何じゃと!? カズトのお陰で一週間は延命できたはずじゃろ!?」
ルッテが驚愕するのも無理はない。
俺だってそう聞いたから、まだ余裕があると思っていた位だ。
「十日位前。少しの間、急激に呪いが進行した」
「何ですって!? それで?」
「少しして、また進行は緩やかになった。けど、それで余裕がなくなった」
約十日前。
その言葉にふと思い当たったのは、あの
あの時のロミナは幻影に感じられなかった。って事は、あの試練が作用したのかもしれないって事か……。
自分の力が足りなかったと言わんばかりに、珍しく悔しそうな顔を見せるキュリア。
お前もずっと、苦しむロミナを見てて辛かったよな。
「そんな顔するな、キュリア。良くやったぜ」
俺は彼女に微笑むと、預かっていた腕輪を外してぽんっと投げ渡す。
そしてそのまま布に包まれたままの聖剣を背中から抜いてベッドに立てかけると、下ろしたバックパックから解放の
それまで光なく沈黙していたそいつは、何かを感じ取ったのか。俺達が初めて見た時のように怪しげな光を放ち始める。
流石に俺を認めているせいだろう。皆がこないだみたいな幻影を見るような事にはなっていないようだ。
「それが、解放の
「ああ」
緊張した顔のマーガレスに
「行くぜ」
いいか魔王。
俺達が無事帰ってきたんだ。
もう好き勝手にはさせない。
これで、本当に最後だ!
『解放の
俺が詠唱する様に叫んだ瞬間。
『いいだろう』
周囲にも分かるほどの響く声と共に、
同時に耳に届いたのは、以前も聞いた酷く耳障りな放電のような音。
闇の文様が、以前俺が解呪しようとした時同様、闇の稲妻となり抵抗を見せようとする。
だが、それは一瞬だった。
突然、部屋を眩しい光が包んだ刹那。
より甲高い、まるで絶叫のような音が耳をつんざいたかと思うと。解放の
残ったのは、ロミナの穏やかな寝顔。
顔色も随分と良くなったように見える。
そして何より、彼女と共にあった重々しい雰囲気は、既に微塵も感じなくなっていた。
「……確認してくれ」
俺はふぅっと息を吐くと踵を返し、ベッドから少し離れロミナ達に背を向ける。
衣ずれの音が聞こえて暫く。
「完全に……消えている……」
震えた声で、フィリーネが何とか声を絞り出した。
「本当か? 本当にもう、大丈夫なのか!?」
ミコラが必死に現実を確認すると。
「これなら、大丈夫」
キュリアが普段より少し嬉しそうな声を出す。
「きっとまだ呪いで疲れておろうが、暫くすれば目覚めもしよう」
隠しきれない涙声で安堵するルッテに対し。
「本当に、良かったな」
マーガレスも嬉しそうな声を絞り出した。
……これで、終わったな。
俺もほっと胸を撫で下ろすと、光を失った解放の
ありがとな。ギアノス。
「ルッテ」
「何じゃ」
「ディアは俺に、一人で返しに来いって言ったんだよな?」
「うむ。そうじゃが」
後から早馬車の中で聞いたディアからの伝言を改めて確認すると、ルッテが短く答える。
じゃ、丁度いいな。
「そっか。じゃあちょっと出掛けてくるわ」
俺は振り返らずバックパックを背負うと、そのまま扉に向かい出した。
「ま、待てよ! そんなのロミナが起きてからでいいじゃねーか!」
「うん。その方が、ロミナも喜ぶ」
「そうよ! 大体貴方だって痛みが抜けたのは最近なのよ。無理はだめよ!」
「そうじゃ。それに別に途中までなら我らも一緒に付いて行けるではないか」
……状況は違うけど。
あの時こう言って欲しかったな。
一緒に最後まで魔王を倒す旅に付いて行ってたら、どうなってただろう。
もう少し、違う未来を夢見たかもな。
「あのなぁ。こんな危険な代物はさっさと返すに限るんだよ。誰かに取られでもしたら大変だからな」
「だったら俺達も──」
「ダメだ。ロミナが起きた時、皆がいないと寂しがるだろ」
俺はミコラの言葉を遮り扉を開けると、半身を廊下に出し、笑顔で振り返る。
「ロミナが目覚めたらよろしく言っておいてくれ。それから……」
少しだけ、言い淀む。
だけど、俺の望む未来の為に。
彼女達に向け、笑顔でこう言った。
「ルッテ。ミコラ。フィリーネ。これでパーティーは解散だ。じゃあな!」
それを聞いた瞬間。三人ははっとして目を見開く。
「カズト!」
あの時と同じく皆に呼び止められた俺は、迷う事なく廊下に出るとバタンと扉を閉め、そのまま扉に寄り掛かった。
「……でも本当に、ロミナが助かって良かったわね」
「ほんにのう。一時はどうなるかと思ったわ」
「俺達、本当に頑張ったよな!」
「うん。ミコラ。偉い」
「へっへーん!」
扉の向こうから聞こえる、ロミナの無事に安堵する仲間達の声。
そこには既にもう、俺なんて存在しない。
もう俺達は仲間でも何でもない、赤の他人。
……うん。
これで良い。
これで良いんだ。
久々のあいつらとの旅は、やっぱり居心地が良かった。
フィリーネに再度皆でパーティーを組もうって提案された時も、本気で心が揺らいだ。
……でも。やっぱりダメだ。
今更また一緒に旅なんて、できるもんか。
お前達が魔王を相手にした時、力がないと悔やんだのを聞き。
最古龍へ挑むのに、不安や恐怖を色濃く見せた時。
やっぱり思ったんだ。
俺の事を思い出して、笑顔になって喜んでくれても。
俺とまた一緒に旅しようと言ってくれても。
何時かまた、旅の中で恐怖に怯え、不安にさせる日が来るかもしれないって。
魔王との戦いは、本当に辛くて怖かったんだろ。
最古龍に挑むのすら躊躇う位、絶望しかけたんだろ。
お前らが冒険なんてしてたら、またそんな苦しみを味わうかもしれない。
俺はもう、そんな想いをさせるのは嫌なんだよ。
それにお前らにはもう、それぞれに平穏な日常があるじゃないか。
冒険者位しか脳のない俺なんかに気を遣って、そんな日常を捨てる必要なんてないんだ。
もうロミナの事で苦しむ事もないし、気兼ねなくやりたい事やって過ごせるんだから。
ロミナだって、これでまた俺を忘れる。
それでいいんだ。
願いを持ってたって、手掛かりも相手も分からなければ、巡り逢えやしない。
しかも相手は約束した言葉すら捨てて、顔すら見せないんだぜ。
その内そんな現実に気づいて。
相手がそんな酷い奴だって気づいて。
きっとお前も、何時か約束を捨て。
何時か交わした約束を忘れて。
誰かと幸せになるはずさ。
大体見てみろよ。
お前らのすぐ側には、Cランクより強くって、地位も名誉もあって、優しさ溢れるイケメンがいるだろ。
そいつは超優良物件だぞ。玉の輿だぞ、玉の輿。
お前らみたいな英雄の脇には、そういう奴がお似合いなんだよ。
……ってな訳で。こんな奴らとパーティーを続けるのは、俺の方から願い下げだ。
俺がリーダーだったからな。
Lランクの冒険者だろうが関係ない。迷わず追放だ。
まあ人数足りないし、解散になっちゃったけど。
……お前達は俺なんて忘れて、幸せな日常でも噛み締めとけ。
冒険も戦いも忘れて、お前達のお陰で護られた平和な世界を堪能して、楽しく暮らしてろ。
ロミナを斬り、お前達を切ってでも。
俺が見せたかった未来はそれだから。
お前達はそれだけ傷ついて、頑張ったんだ。
だからもう……ゆっくり休んだって、いいんだからさ。
俺は泣きそうになるのをぐっと堪えると、前を向く。
さて。皆が俺の事を忘れてるんだ。このままいるとただの不審者だな。
流石に王宮で捕まっちゃ元も子もないし、
俺はまるで半年前をなぞるかのように、扉から静かに背を離すと、ゆっくりと廊下を一人歩き出す。
また寒い雪山か。行くまでに大雪にならなきゃいいんだけど……あれ?
そういやディアも、これで俺の事忘れてる気がするんだけど。大丈夫か?
ま、いっか。
その時はその時。まずは解放の
ロミナを助けた後だ。別に何があったって問題ないだろ。
こうして俺は、自ら夢見た皆の未来をその場に残し、自由でお気楽な一人旅に戻っていったんだ。
……じゃあな、皆。
ちゃんと幸せになれよ。
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