第四話:後悔なんてないと思っていた
「ご……ふっ……」
胴を袈裟斬りされた瞬間。
意識が飛びそうな程の激痛が俺の身体を走る。
これは、死……ぬ……。
……なんて、甘かった。
真っ二つに斬られたはずなのに、俺は普通に両膝を突いた。
痛みは身体に残り、呼吸は死の間際程に荒くなる。
だけど、生きていた。
死んだと思っていたのに、生きていたんだ。
「カズト。私はずっと苦しんできたの。ずっと悩んでたの」
俺の前に立っていたロミナの足元しか見れない。
顔が痛みで上げられない。
星空が見える床に、落ちる涙が見えた時。
俺の身体が死を拒否し、後ろに跳ねた。
ガキィィィィンと、空を切った聖剣が床を叩く。
その音が俺をはっと我に返し、思考を取り戻させると、痛みを堪え身構える。
死んだけど、死んでない。
つまり……何度でも死の痛みを味わえる。
── 『試練を越えられぬ時。それは、お前はこの場で死を待つだけだ』
……そういう事、かよ。
死ねない痛みと共に、死を待つだけ。
心から殺す気か。
いや、心が死ねるかも怪しいだろ。
だけど、俺に一体何ができる?
彼女の語る想いに、俺は嘘を感じられなかった。
幻影かもしれないのに。
過剰過ぎる気がしたのに。
さっきのは選択にならなかった?
俺が選ぶべきはロミナを殺す事だってのか?
何が答えだ? 何が真実だ?
迷うばかりの心じゃ無理だった。
本能があっても、心がついてこないんじゃ。
「カズト。ごめんなさい。私はあなたを許せない。もう約束なんていい。あなたに呪いを解いて貰えず死んでもいい。だからあなたも、一緒にここで、苦しんで」
盾を手放し聖剣を両手に構えたロミナの剣撃は、痛みのせいで数撃受け流すので精一杯。
そして俺はまたもあっさりと、胴を真横に薙ぎ払われた。
「ぐ……ふっ……」
またも走る、死ぬほどの激痛。
考えていた思考が吹き飛び、身体が恐怖で強ばるも、次の剣撃を本能が避けさせる。
掠める刃。割かれた脚から血が吹き出し。腕を貫かれ血が流れ。その傷は死の痛みと共に消えていく。
命を奪われる度に走る激痛が、身体も心も強く蝕み。
あまりの痛みに頭が酷く警鐘を鳴らす中。俺の心を染めたのは、恐怖以上の後悔だった。
どうして俺はこうなった。
何で俺はこんなに苦しまなきゃいけない。
死ぬのは怖い。
なのに何で俺はこんな道を歩んでいるんだ。
ただ、後悔と痛みばかりを感じていたその時。
まるで走馬灯のように、あの日の事が思い浮かんだ。
§ § § § §
あれはもう二年以上前。
この世界に来る前の話だ。
高校二年だった俺は学校の帰り、一匹のイタチを見つけた。
真っ白でふわふわとした毛並みの可愛い奴が、弱って道端に倒れてたんだ。
別に動物は好きでも嫌いでもない。
だけど、何となく放っておいちゃいけないって思って、俺はそいつを抱えて孤児院に戻った。
とはいえ、きっとシスターに見つかったら怒られる。
だから俺はこっそり自分の部屋に連れ帰ったんだけど。
そのイタチがベッドの上で目を覚ました途端、こう言ったんだ。
『あなた、私が視えるの!?』
って。
いやいや。
むしろ何でイタチが喋ってるんだよ!?
まあ本気で驚いた。
驚いたから聞いたんだ。
「お前何者なんだよ!?」
って。
そしたら、イタチが突然、人に変身したんだ。
なんて表現すべきか分からないんだけど。
ピンク色の長い髪の、白いローブ姿の美少女、って感じだったかな。
そんな彼女が自信満々に言ったんだ。
『異世界フェルナードの絆の女神、アーシェよ』
最初は本気で俺の頭がおかしくなったって思った。
ラノベの読み過ぎか? ゲームのし過ぎか? って。
だけど、そんなのお構いなしに。
『あなたは私が視えるんだから、
なんて言い出した。
話を要約するとこうだ。
彼女は向こうの世界でも
だけど近年彼女を信仰する者はめっきり減ったんだとか。
神に祈り、
そんな中、突然世界に魔王が現れ、人々を苦しめだしたんだそうだ。
で。女神の力が戻らなければ、魔王に対抗できない。だから力を取り戻したいんだとか。
「俺が魔王を倒すって訳じゃないのか?」
よく読んでたラノベの定番とは違う話だったけど、彼女は「そうよ」と答えた。
「俺が行っただけで、どうにかなるもんなのか?」
そりゃ思うよな。
たかだか一人異世界に飛ばして何が変わるんだって。
だけど、今考えてもあいつの答えは適当だったな。
『世界を旅して、人助けしたりしながら布教でもしてよ。絆の女神の
あの時は本気で呆れた。
リアルで宗教勧誘かよって。
「じゃあ何か凄い能力とか貰えるのか? 俺、ゲーム位しか取り柄ないぞ?」
ぶっちゃけ一番の問題はここだ。
一応人並みに勉強は出来るし運動神経もある。だけどそれだけだからな。
ラノベなら、ここで力を貰って、それで無双したり、逆境を跳ね返す。
だけどアーシェはこの時はっきりと表情を曇らせ、歯切れ悪くこう言ったんだ。
『あげられなくないけど……止めたほうが、良いと思う』
って。
彼女が言うには、女神の力が弱まっている今、俺に力を与えるには、呪いに掛けるしかないらしい。
与えられる力はふたつ。
パーティーに加わった時、そのメンバーの技や術を手に入れることができる『絆の力』。
そして、パーティーに入っている仲間限定ながら、色々な神の加護を仲間に付与できる『絆の加護』。
それを聞いた時、俺は目を輝かせた。
これなら異世界でもやっていけそうだし、チートっぽいかもって。
だけど、受ける呪いを聞いた時。彼女が表情を変えた理由も分かった。
与えられる力と共に、受ける呪いもふたつ。
ひとつはパーティーを離れると、パーティーメンバーからも、パーティーに入っている間に出会った人達からも、俺の記憶が全て消え、忘れ去られてしまう事。
そしてもうひとつ。
それは……俺が、この世界に戻れなくなる事。
何でも、絆の女神との絆がより強く結びついちゃって、代わりにこの世界との絆が断たれるんだとか。
「俺が向こうの世界に行ったら、こっちの人達は心配するのか?」
「いいえ。この世界から離れた途端、あなたは皆の記憶から綺麗さっぱり消えるわ。でも戻ってくればまるで今まで一緒だったかのように記憶も戻るの。だから力なんて当てにしないほうがいいわ。戻ってきたいでしょ? こっちに」
きっと親切心からの忠告だったろうな。
だけど俺はそれを聞いて、迷わずこう言ったんだ。
「わかった。じゃあ呪いをかけてくれ」
ってさ。
……正直。
俺はこの世界にあまり未練がなかった。
両親は物心つく前に俺を残して死んだし、兄弟なんかもいない。学校や孤児院でも、それほど仲の良い奴もいない。
シスターは優しかったけど、彼女はいつも言っていた。
──「人の役に立てるようになりなさい」
って。
なら、人じゃないけど女神の役に立つのもありかもって思ったし、こっちの皆が俺を忘れるなら、誰も悲しむこともないって思ってさ。
§ § § § §
この世界に渡ってすぐは、本当に酷かったな。
幻獣アシェが一緒にいてくれたけど、当時は俺に呪いを掛けた直後で、全然女神としての力なんてなくて。
俺の力もパーティーに入らないと発揮できないから、結局ただの一般人。
お陰でいきなり街道でゴブリンに襲われ、早々に死にかけて。
暫くそのパーティーに加えてもらって腕を磨き、絆の力を得て少しはましになった。
何とか冒険者ギルドにも登録できて、恩人達のパーティーから離れたけど。数カ月後に偶然再会した時、本当に俺を忘れていたときには、本気でがっかりしたもんだ。
礼のひとつすら言えないんだからさ。
そんな中で、ずっと幻獣アシェとしてアーシェがいてくれたのだけが、心の拠り所だった。
俺がパーティーを組んでいない時、彼女もまた俺を見失うと俺を忘れてしまう。
呪いはそれ程に強いから、風呂とか入る時もできる限りドアを開けて、部屋を隔てないようにして見守ってくれてたし。
……大事な所は見せてないからな?
勿論幻獣だし、他人に話して恐れられてもいけないから話し相手は俺だけ。しかも中々力も戻らず付いてくるだけだろ。
きっとあいつも辛かったろうな。
だけど、二人だったから頑張れた。
お前がいたから苦しくても、辛くても。怖くたってやってこれた。
そして、きっとお前のお陰で、ロミナ達に出逢えたんだよな。
§ § § § §
既に何度目か分からない激痛で、俺はまた現実に引き戻された。
膝を突いたまま、痛みと息苦しさで、もう殆ど動けない。
殺されても身体は元に戻り、また殺され死の痛みを味わい続ける。
まるで地獄に落ちた亡者にでもなった気分だ。
ロミナは未だ泣き、何かを言い、俺を斬る。
鍛えた身体って凄いのは、こんなになっても何とか避けようとするんだ。
だけどもう、限界だな。
痛みのせいで、頭がぼんやりしてる。
言葉を聞くのも、考えることも拒否しだしてる。
本当に、心がなくなるかもな……。
……アーシェ。見てるか?
俺は今、この世界で死ぬ程酷い目に遭ってる。
だけど。
お前は、何も悔やまなくていいからな。
安心しろ。
お前のせいじゃない。
俺が選び、俺が決めたからここにいるんだ。
だから俺は、皆に忘れられてもいいんだ。
俺が苦しんでもいいんだ。
……ま。本当はお前や皆ともっと旅をしていたかったし、忘れられたくもなかったけど。
でもさ。
俺は、お前と逢えて良かったよ。
お前が女神に戻れて良かったよ。
俺はもう、ずっとここにいるんだろ。
俺はもう、ロミナを助けられないんだろ。
それだけが心残りだけど、仕方ないよな。
ロミナ……皆……ごめんな……。
なぁアーシェ。
俺、何時か死ねるかな?
死んだら、生まれ変われるかな?
生まれ変わったらでいいからさ。
またお前と仲間になって。
皆と一緒に旅をして。
色々な世界を見て回れたらいいな。
その時はまた、俺とパーティーを組もうぜ。
……もう。呪いは、勘弁だけどな。
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