第二話:宝神具《アーティファクト》

「母上!?」


 ルッテが叫び、フィリーネとミコラは咄嗟に身構える。

 俺は突然現れた彼女に唖然としたが、それを身体は許したくなかったのか。


「ぐっ……」


 斬った肩口に激痛が走り、思わず顔を歪め傷を抑えてしまう。

 それに気づいたフィリーネが、直様すぐさま俺の肩に手を当て生命回復を掛け始めた。


「カズト。動かないで」

「悪い」

「良いのよ」


 おい。

 俺が自ら斬ったってのに、何微笑んでるんだよ。

 さっきまでなら絶対怒られてたろ。


 思わずそう愚痴りたくなるが、今はそんな事言ってる場合じゃないな。


「ルティアーナ。お久しぶりですね」

「……お久しぶりです。母上」


 親子がじっと見つめ合う。

 その緊張が、皆の空気を凍らせる。


「……身勝手にここを離れ、人の世に旅立った事──」

「語るのは止めましょう。詮無せんなきことです」

「ですが! 私は止められていたにも関わらず、世界に興味を持ち、母上との約束を破り──」

「ルッテ。止めとけ」


 俺は感情的になり始めた彼女を制した。

 この会話を聞いて、やっと気になっていた疑問が全て繋がったからな。


「この人は敵でもなきゃ、お前を責めもしないよ」

「は? ディアを倒さないと宝神具アーティファクトでロミナは治せねーって話だったろ? 大体さっきあの変な男も襲って来たじゃねーか!」


 思わずミコラが首を傾げる。

 けど、もう違うんだよ。


「ルッテは勝手に家出した。だから家に帰るなんてできないし、勝手に絶縁したと思い込んでた。違うか?」

「当たり前じゃ! 我は母上に反抗したようなもの! 本来合わせる顔もない!」

「だけど、ディアはお前を導いただろ」


 その事実に思わず目をみはった彼女に、俺は言ってやる。


「いいか? 本気でお前を見限ってたら、わざわざこんな簡単に遺跡に来させやしない。ただ、何も考えなしに貸せる代物でもないから、ディネルと戦わせて覚悟位は試したんだろ」

「じゃああの幻影は何だったの? 彼女が仕掛けたんじゃないって言うの?」

「あれは宝神具アーティファクト自身の力」


 フィリーネの疑問に答えたディアの表情は、まるで幻影の時と変わらない。

 ただ、やはりどこか優しさを感じる気がする。


「元々、我々四霊神は宝神具アーティファクトを護るために存在しておりますが、そもそも宝神具アーティファクトを扱える者など、世界で一握りだけ」


 ん?

 扱える者が一握り?


「どういう事だ?」

宝神具アーティファクトの力は非常に強大。ですから選ばれぬ者はその力に取り込まれ、幻影の世界に永遠に囚われるのです」

「って事はさっきのあれ、俺達めっちゃ危なかったって事か!?」


 ミコラの驚きに対し、ディアは静かに頷く。


「彼が機転を利かし、貴女達を現実に引き戻さなければ、今頃はみな幻影の世界で心を殺され、死んでいたでしょう」

「まじかよ……」


 ミコラの顔から血の気が引いてるけど、まあそうなるよな。

 俺も最初、幻影のディアに絶望してたからな。

 たまたま絆の加護を使ったから気づけただけ。そうしてなかったら、きっと俺も心を殺されてたに違いない。


「それで、宝神具アーティファクトを扱える者って一体誰なの?」


 フィリーネが我慢できずに問いかけると、


「聖勇女か、魔王です」

「はっ!?」


 淡々と彼女が口にした絶望に、俺は思わず声をあげた。

 それってつまり……。


「は、母上。それは、まことなのですか!?」

「ええ。宝神具アーティファクトは神に近しい力を持っていなければ扱えないもの。人の世でその力を持てる者は、その二人だけ」

「で、ですが! 母上達四霊神もまた、神に近しい力を持っておられるのでは……」

「いいえ。残念ながら、我々は名に神を冠してはおりますが、結局は人。神の力を得ているわけでも、魔の力を得ているわけでもないのです」


 ルッテの必死の問い掛けにも、ディアは静かに返すのみ。

 憂いも見せず。悲しみも見せず。


 ……ったく。 

 死んだ魔王の呪いを解くために、呪いにかかって生死を彷徨う聖勇女の力がいるとか、どんな皮肉だよ……。


「そ、それでは……ロミナは、もう……」


 ルッテが涙しながら失意に崩れ落ち。


「どうやっても、助けられないって言うの?」


 フィリーネが悲しみに暮れ。


「ふざけんなよ! ここまで来たんだよ! 時間もねーんだぞ!」


 ミコラが悔しそうに唇を噛む。


 俺もまた、苦しみ続けるロミナを思い浮かべ、歯がゆさに目を伏せた。


 あいつを助けられない?

 あいつは死ぬってのか?


 ふざけんなよ。

 何かないのか?

 どうにかできないのか?


 藁にもすがる思いで必死に思考を巡らせていた、その時。

 ふと頭に過ったのは、さっきのディアの言葉だった。


  ──「やはり。娘の希望となるのは、貴方ですか」


 ……希望?

 確かに俺は身体を張ってルッテ達を助けた。

 だけどそれは、あいつの希望になんてなってないはずだ。

 だって、あいつはロミナが生きる事を望んでるんだから。


 ……つまり、そういう事なんだな。


「ディア」

「はい」


 ゆっくりと俺がディアに視線を向けると、彼女は依然、熱を感じさせない視線を返してくる。


「お前は、ルッテがたった一人の仲間を救うため、宝神具アーティファクトを使いたいってわがままを許すのか?」

「はい。助ける相手が聖勇女だというのもございます。ですが何より、この子が旅をして間もなく。世界の厳しさに打ちひしがれていた時、娘を助けてくださったあの方への御恩を忘れてはおりませんから」

「は、母上……。何故、それを……」


 突然の告白に、ルッテが涙目のまま目をみはると、ディアは何も言わず、初めて優しく微笑んだ。


 そういや昔、ルッテが話してたな。

 この世界に出た矢先。どう生活すれば分からず彷徨さまよい歩き、野垂れ死にそうになっていたのを助けてくれたのが、まだ村で暮らしていたロミナだったって。


 ……きっと、ディアはずっと、ここからお前を見ていたんだろ。

 だから俺達がここに来る事も分かったんだな。

 ちゃんと見ててくれる母親。良いやつじゃないか。

 ならきっと、大丈夫だな。


「一応だけ聞いておく。お前を倒さないと宝神具アーティファクトを持ち出せない。そんな事はないんだな?」

「はい。確かに四霊神は、世界に何があろうと宝神具アーティファクトを護り続ける存在。ですがそれは、魔王という世界を滅ぼしかねぬ存在に、宝神具アーティファクトを渡さぬ為」

「……カズ、ト?」


 ディアとのやりとりに笑った俺を、呆けた涙顔でルッテが見上げてくる。


「ったく。何めそめそしてんだよ。お前は笑っとけって散々言ったろ?」


 いっつもいじられてるからな。

 俺はしゃがんだままのあいつに仕返しするように、頭をくしゃくしゃっと撫でてやる。


「で、ディア。俺はどうすりゃあんたの娘の願いを叶えられるんだ?」

「貴方が宝神具アーティファクトに触れ、受け入れられれば」

「へー。随分簡単なんだな」

「ですが貴方は聖勇女でも魔王でもありません。貴方が思う以上に厳しき試練となるでしょう。無論、受け入れられなければ間違いなく、死が待っています」

「そうか。ま、その程度で諦めろなんて言われたら無理だね。俺は元々魔王と同じ位強い、最古龍なんてのと戦う覚悟をしてた。死ぬかもなんて不安、当に捨ててるぜ」


 俺は鼻で笑うと振り返り、閃雷せんらいを一振りして血を払うと鞘に戻す。

 既にフィリーネのお陰で肩の傷も腕の痛みもない。

 これなら行けるだろ。


「カズト。お主……まさか……」

「何かまだ希望があるらしいから、ちょっと行ってくる」

「待てよ! だったら俺達も行く! 魔王や聖勇女じゃなくってもいいなら、俺でもいいんだろ!?」


 思わず俺に掴み掛かるミコラ。

 気持ちは分からなくもない。

 だけどな。お前じゃダメなんだよ。


「……絆の女神の、呪いね」


 歯がゆそうに口にされたフィリーネの言葉に、悲しき現実に気づいたミコラは愕然とすると、ぐっと口を真一文字につぐむ。


「酷い言い方だな。女神様の力だよ」


 そう言って笑った俺を。


 ルッテは辛そうな表情で。

 ミコラはあからさまに落胆し俺を掴んだまま。

 フィリーネは己の無力を悔やみながら。


 じっとこっちを見つめてくる。


「悪いな。こういう見せ場は譲れないんだ。魔王を倒しそこねたし、たまには目立ちたいからな」


 俺は冗談混じりにそう言うと、ゆっくりとミコラの手を振り解き、宝神具アーティファクトに向き直った。

 怪しく輝く光。

 さっきの件もある。普段なら絶対近寄りたくないんだけどな。


「ルッテ。フィリーネ。ミコラ。この部屋から出ていてくれ」

「な、何でだよ!?」

「今俺は、お前達が宝神具アーティファクトに呑まれないよう絆の女神の加護を回してる。だけどこの先、そうもしてられないからな」

「貴方、何時の間に……」

「気づかれぬ間に仲間に加護を与え強くする。忘れられ師ロスト・ネーマーらしいだろ?」

「それで我らは、幻影に惑わんで済んでおるのか……」

「ま、そういう事」


 肩越しに見た三人は、互いに口惜しげな顔で俯いている。

 一緒に戦うと決意した矢先に蚊帳の外じゃ、そんな顔にもなるか。


 ……気持ちはよく分かるさ。

 半年前。俺もそれを味わったからな。

 覚悟してたのに残されるって、案外辛いもんだろ?


「……嫌だって言ったら、迷惑だもんな」

「ああ。悪いな」

「……ちゃんと帰ってくるわよね?」

「当たり前だろ。宝神具アーティファクトを手にして、ロミナの元に帰らないといけないんだからな」

「……カズト。結局最後までお主に頼るしかないとは……。すまぬ……」

「いいって。仲間なんだろ? 頼っとけよ」


 口惜しげな言葉ばかり口にする仲間達に、俺はパーティーを去る事になった日と同じように、背中を向けたまま手を上げ歩き出す。

 しけた顔し過ぎだよ。俺まで釣られてたまるかってんだ。


「御武運を」


 静かなディアの言葉と共に届く、扉の開く音。

 少し間を置き、ゆっくりと後ろで足音がし、そして。扉が再び、重々しく閉じる音がした。


 三人が部屋の外に出たのを確認し、絆の加護を解除した俺は、静けさの中ゆっくりと祭壇に上がると宝神具アーティファクトの前に立つ。


 さて。鬼が出るか、蛇が出るか。

 ま。どちらが出ようがこれが最後さ。


 こいつを乗り切って。

 ロミナの呪いを解いて。

 あいつを救って。

 皆に最高の未来を見せたいからな。


「……いくぜ」


 ふぅっと息を吐き、勇気を振り絞った俺は。

 怪しく光り輝く宝神具アーティファクトに両手を伸ばし、そっと触れたんだ。

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