23-5 魔法

「健やかなる時も。病める時も――」


 『愛の魔女』イザベラ・エンブレイスの魔城。魔女互助組合――魔女団カヴン総会『ヴァルプルギスの夜』開催地にして、議長イザベラの居城。


 この日。

 魔女園ヘクセンナハトの結界は1日だけ解かれることとなった。






✡✡✡






「――って。なんでわたし?」


 数日前のこと。

 ギンナとクロウ、フラン、ユイン、シルクで、イザベラを訪ねたのだ。いつものガーデンテラスではなく、赤い絨毯の敷かれた応接室にて。


「だってイザベラ、生前は修道女ナンだったんでしょ?」


 イザベラのキョトンとした質問に、フランが答えた。

 その答えにまた、イザベラは手を振って否定する。


「いやいや、修道女ナンだったけど。修道女と神父さまって、全然違うからね? しかもわたしは、キリスト教版の破戒僧って言うか。気が狂って乱交輪姦しまくって最終的に火炙りで処されたからね? それも500年以上前の話だし、色々忘れてるって言うか」

「……分かってます。でも、イザベラさんが良いです」

「え」


 ギンナは、最初から決めていた。


「宗教も仕来りも、関係ないんです。届ける役所も無いし、どこか国に認めてもらう必要も。私達は魔女。自由ですから。自分達で、好き勝手にやりたいんです。私とクロウが『夫婦になる』ことを、私の仲間達皆さんに報告する儀式をやりたくて。皆さんに認めて貰いたくて。その仲人として。『愛の魔女』である、イザベラさんに。尊敬するイザベラさんが良いんです」

「………………」


 少し、恥ずかしそうにしながら。胸の前で手遊びしながら。そう言った。

 イザベラは、頬を染めて頭を掻いた。


「んー……。そこまで言われちゃ、ねー。クロウも?」

「そうだね。イザベラはカヴン議長だ。貴女が認めれば、ヘクセンナハトの魔女は全員認める。いやもう、僕らのことは周知なんだけど。儀式として、やりたいんだ」

「…………分かった」


 改めてそう言われると。イザベラは頷いた。

 魔女は自由。好きにすれば良い。その延長線上に。それはあった。






✡✡✡






「――ふたりは、魔女と死神。共に、死者の魂だよね」


 新婦の銀色の髪がよく映える、真っ白なウェディングドレス。

 これは『銀の魔女』5で、ああだこうだと言いながら決めたものだった。


「肉体を持たない、人間とは違うふたり。通常、『死にたい』と思うまで死なない幽体。思いが続く限り、それこそ永遠に、存在できるんだよ」


 イザベラの言葉は、この日のために考えてきたようなものではない。自然と今、口から出てきているものだった。

 ギンナとクロウだけでなく、会場中が耳を傾けている。


「『永遠の愛』を。ここで誓いますか?」


 神父ではない。修道女ですらない。今この場に立つイザベラは、ただの仲人でしかない。

 教会ではない。魔女の城だ。ルールや仕来りなど存在しない。


「誓います」

「誓います」


 ふたりは手を繋いでいた。固く握っていた。

 イザベラはにこりと笑う。


「今日、この場に集った全員で。代表して、『愛の魔女』イザベラが。ふたりの愛の目撃者として、証します。誓いのキスを」


 100人以上が、参列していた。大ホールの壇上で。






✡✡✡






「私の人生を?」

「うん。振り返ろうよ。改めてさ。ふたりの馴れ初めとかも知りたいし。今日は全員が、ふたりに興味あるんだから」

「……分かりました。えっと」


 その後。披露宴のように会食が催された。いくつものテーブルに、魔女達のテレキネシスによって料理が出現する。椅子は並べられておらず、立ち食いになっている。

 壇上に座るギンナへ、拡声の魔法が付与されたマイクが手渡された。


「……私は、東京都世田谷区に産まれました。所謂中流家庭で、一般的に育ちました。4歳の時に、彼……生前のクロウと出会いました。私の真名は銀条ぎんじょう杏菜あんな。彼は畔川くろかわ凌平りょうへいと言います。あんなちゃん、りっくんと呼んで。すぐ仲良くなって。いつも遊んでいました」


 会場には、カヴンの魔女達だけではない。死神、怪物、人間……様々な種族と所属の、招待客が来ている。


「それからすぐに、彼が事故で死亡して。彼は死神となり、私と家族の記憶に蓋をしました。私は彼のことを忘れて、幸せに育ちます。16の時に……交通事故で、私も死亡しました」


 生前のことは、特別語ることは無い。普通で幸せだっただけだ。彼女の『人生』は、死亡してから始まったと言って過言ではない。


「そこで一度、死神と成っていた彼と再会しますが、彼は私にそれを告げませんでした。私は彼を拒絶し、抗っている時に、後に師匠となる先代……『5代目銀の魔女』プラータ・フォルトゥナが現れます。彼女は私を攫い、イングランドの自分の家へと連れ去りました」


 プラータ・フォルトゥナ。彼女に依頼をしたことのある者も少なくない。例えばギンナが最初に『交渉』した、ラウス神聖国の地方貴族リカルド・ケネス卿、そして彼の義理の息子である神聖騎士団員ガッシュ氏も、この場に居る。ガッシュ氏にとっても、フランとシルクに護衛されたことがある。


「そこで……。死後最大の出会いがありました。今の『銀の魔女』である4人。私と、フラン。ユイン。シルク。彼女達もそれぞれ、死亡後にプラータに連れられてやってきていました」


 銀の魔女は、今でこそ会社だが。

 その前は、4人でのチームだった。

 その前は、個人で依頼業をやっていた。

 何故か。単純である。『銀色の魂』が稀少だったからだ。ひと世代にひとりが原則だった。それが同時に、4人とは。

 奇跡である。


「それから、プラータの元で修行が始まりました。……修行と言っても、何かを特訓したり、教わったりはありません。無茶振りばかりで、現場で失敗しながら学ぶような。ハチャメチャな教育方針でした」


 ライゼン卿が、ミッシェルとルーシーに挟まれるように座っている。ミッシェルの逆隣には、彼女の婚約者であるヴァンパイアの王子が居る。

 ライゼン卿は思い出していた。最初に、『銀の魔女の弟子』と、そしてミッシェルと出会った日のことを。あの、オークションを。


「何度も、失敗しました。ある時は悪い人攫いに捕まり、オークションに出品されたこともあります。最終的には……彼にまた、助けてもらいました」


 ヴィヴィも会場に来ている。隣にはカンナ。


「それから彼とは縁ができて。依頼などで日本へ行く度に会って、少し話して。少しずつ、距離を縮めていったと思います」


 ヒヨリが、すでに泣いている。泣きながら、食事をしている。


「あの頃は、まだまだ知識不足、実力不足で。ある時は魔法不全、魔力滞留に罹り、サクラさん……巫女の手をお借りすることもありました」


 テスとサクラも、勿論招待されている。あの時だけではない。ギンナが魔女と成ったその瞬間にも立ち会った。

 サクラが、控えめにテスの手を握った。


「そんな中、私達は4人で、プラータを承継することになりました。同時に、カヴン議会メンバーになります。その頃、私はまだ『無垢の魂』でしたが、4人の代表として、円卓に着くことになりました。イザベラさん達との出会いもそこからです」


 カヴン。当時は今と殆ど違うメンバーだった。エトワールとシャラーラは宇宙に旅立ってしまい、人間だったソフィアは死亡した。ユリスモールとアンナ、夜風は後に脱退し、サブリナも異世界に消えた。

 勿論当時のままのメンバーも居る。イザベラは言うまでもなく。彼女達古参メンバーはひとつのテーブルに集まっていた。セレマは優しい表情でふたりをている。ユングフラウはこんな時も甲冑姿の為、表情は窺い知れないが。イヴはにこにこと微笑んでいる。


「カヴン。私達にとっては、とっても大きな出来事で。裏世界での生活は、このカヴンが中心でした。本来の依頼と並行してカヴンを大きくすることが楽しくて。このヘクセンナハトもメルティスも。私達が一緒に作り上げたという達成感があります。様々な先輩達と、有益なお話を聞かせてもらったりして。本当に充実していました」


 激動の時代だった。ふたつの大きな戦争があった。貨幣制度も変わった。文明の革命もあった。


「……私が魔女に成った時。彼が助けてくれました。私は魔力枯渇に苦しんでいて、消滅の恐れすらあるような状況でした。そこで彼が。仕事を放り出してまで駆け付けてきてくれて。私の記憶の蓋を開けると共に。私に魔力を分け与えてくれました。私は彼に、3度も4度も救われたのです」


 クロウを見る。

 気恥ずかしそうにしている。そんな表情も愛おしい。


「私から、伝えました。好きです、と。ずっと見守ってくれていて、助けてくれて。救ってくれて、ありがとうと」


 ギンナの、銀色の瞳が潤んだ。


「自分を犠牲にしてくれたんです。魔力も私のために使い切って。死神のルールを破って。初期化されて。それが無ければ、私はあの時に消滅していました。本当に、感謝してもしきれません」


 彼女が生まれてから、30年。

 死んでから、14年。


 色んなことが、脳裏に過る。これまでの経験が。冒険が。会話が。感情が。


「それから、一緒に暮らすことになりました。それでも、最初はあんまり進展しなくて。その頃は『銀の魔女』も、一時解散していて。……一度彼と、別れたこともありました」


 ノアとウェルトーナ、そして旧アメリカカヴンの面々がひとつのテーブルを囲んでいる。彼らも今や立派に、魔女と成っている。

 ウェルトーナの翡翠色の目にも涙が溜まっていた。


「数年後に再会した時に。彼はカヴンのメンバーとなりました。また一緒に、暮らすことになりました。今度こそ、ずっと一緒に居たくて。今度は彼から、プロポーズがありました」


 おおっ、と。会場から声が挙がった。


「……即答で受けました。あの日ほど、嬉しかった日はありません。本当の意味で、私達が結ばれた日でした」


 紆余曲折。

 この言葉が正に当て嵌まるかもしれない。


「……実はそれからも、今日を迎えるまで10年くらい掛かったんですけれど」


 会場の声は笑い声になった。

 レヴェリーナは老婆ではなく幼女の姿で陽気にワイングラスを傾け、メルティはハンカチで顔を覆ってしまっている。ウィルも、今日は仏頂面ではなく破顔させている。


「気持ちとしては、もうずっと、夫婦のつもりでした。けれど今日。改めて。皆さんの前で。宣言したかったんです。認めて貰たかったんです。ね、クロウ」

「ん。…………ああ」


 ギンナから、マイクがクロウに渡った。クロウは咳払いをひとつして。


「今日集まってくれた人達は皆、ギンナの晴れ姿を見に来てくれたんだと思う。彼女は裏世界を巡り、至る所で依頼を受けて、様々な人達と出会って、その都度関係を築いてきた。彼女の人柄が、僕だけじゃない。皆から愛されるものだったんだ。僕はそれが嬉しい。そんなギンナと、結ばれることが何より。……嬉しいんだ」


 会場を見渡す。カヴンメンバーや銀の魔女の社員にクロウのグラビトン社の社員は勿論、レオを含むイザベラお抱えの従業員達。ソーサリウムの生徒達に、ミオゾティスの住民達。日本からは『酒と釣りの神様』小波さざなみ幻華まどかに、神藤襲音とケイ、彼らの家族達。カンナやライゼン卿を始めとしたベネチアの名士達。ラウス神聖国からも要人と、騎士団長オーウェン。ミッシェル繋がりでルーマニアからヴァンパイアの王族貴族達。裏アテネからゼノン卿と護衛の人狼ジェフ。さらにレヴェリーナ配下のガレオン国大使ドナルド・アンダーソン。裏ローマからも法務局局長アマンダ・ユースティティアがお忍びで。

 裏バチカンからエクソシスト、また死神協会から死神達は、流石に呼べなかったようだが。


「これまで君と関わってきた、全ての人が。君を祝福してる。皆から自然と愛されるなんて、どんな魔法より素敵だと思うよギンナ」


 そして。ひとつのテーブルに、4人。ジョセフは遠慮して、ラナと一緒に隣のテーブルだ。フランはとびきり笑って拍手の用意を。ユインはもう号泣していた。シルクの目尻にも涙が見える。エリーは、目を輝かせてふたりを凝視している。


「私『達』だよ。ねえクロウ」

「ん」


 嬉しくなったギンナは、もう一度彼に。


「好きだよ」


 囁いてキスをした。

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