23-4 家族全員で

 ある日。シルクに呼ばれた。ヘクセンナハトの、二等地。


 ケイさんの家だ。つまり、アンドレオ家。


「ギンナちゃん」

襲音かさねちゃん!」


 お互い30歳になった、襲音ちゃんと再会する。撫子色のボブカット、ピンク色のパーカー。紺色の膝丈スカート。


「重傷だって聞いたよ?」

「うん。完治したから、こっちに来たんだ。挨拶に」

「へっ」


 入る前から分かってたけど、大勢居る。そうか。全員が、ケイさんの家族。親戚。


「お前らもお前らで、大所帯になったらしいな」

「ケイさん」


 玄関で襲音ちゃんと抱き合っていると、ケイさんがやってきた。


「入れよ。ちょっと狭いが。シルクにも世話になってるし。お礼がしたいんだよ」

「はい。よろしくお願いします」


 まず、ケイさん。『半人半妖』だ。半分は人間なんだけど、半分は妖怪。灰色の髪とギザギザの歯が特徴的。家でも革ジャン着てるんだ。で、ご兄弟がふたり。


「ギンナちゃーん。Ciao♪」

「アンさん。お久し振りです」

「敬語いーって〜。ねえユウくん」


 アンさん。アンナ・アンドレオ。『半魔半霊』。半分悪魔で、半分怨霊。赤黒い髪を三編みのポニーテールにしてる。ケイさんに合わせた革ジャンと赤いミニスカート。


「まあ、そうだな。襲音の友達だし。俺のこと、覚えてる?」

「えっと、うん。ユリスモールさん」

「ユウかユーリで良いよ。ギンナ」


 ユウさん。ユリスモール・アンドレオ。『半神半魔』。半分神様で、半分悪魔。青黒いツンツン髪。デニムジャケットに灰色のスラックス。ユウさんは襲音ちゃんの旦那さんだ。


「シルクさん。ギンナさん。いらっしゃい」

「こんにちは。色葉さんにざくろさんも元気そうですね」

「はーい! ざくろです! そろそろ私も子供欲しい!!」

「それ挨拶みたいに言うな馬鹿」


 で、ケイさんには奥さんがふたり。

 楽王子らこうじ色葉いろはさん。日本人。黒髪ストレートロングに、今日は深緑色のカーディガンとロングスカート。


 ざくろさん。妖怪……つまり怪物。柘榴の実を割ったような真っ赤なメディアムの髪に、半袖Tシャツ。……半袖Tシャツ?


「お久し振りです。シルクさん。ギンナさん」

「おっ……。あれ、クローネちゃん?」

「はい」


 リビングに。

 女の子が居た。真っ黒い髪。真っ黒い瞳。黒いのに、光ってるみたいに綺麗。真っすぐ、こっちを見てる。

 女子高生くらいの見た目だ。この子が。


神藤しんどう黒音くろね。クローネ・アンドレオです。11になりました」

「クローネちゃん! 凄いおっきくなってる!」


 礼儀正しい。真面目そうで。とっても可愛い。襲音ちゃんとそっくりなボブで。いや、ちょっとウェーブ掛かってる。可愛い。


「私達のこと、覚えてるの?」

「はい。おふたりには随分と、可愛がって貰いました。鮮明に記憶しています」

「……いや驚きました。クローネが敵を倒したとは聞いていましたが。魔力量、凄まじいですね。ギンナにも匹敵する量です」


 そう。そこ。

 人間が持つ魔力量じゃない。これが。


「……神と悪魔と人間の子」

「人造です。計画され、予定された命」

「…………」


 クローネちゃんは、とっても賢い。多分全部、分かってるんだ。夜風さんの計画なんだと。使命なんだと。

 その上で。

 果たしたんだ。


「くろねえちゃん」

「ん」


 お庭から。可愛らしい声がした。


「今行くよ。……すみません、ではこれで。私は彼女と遊びに庭へ行かねばなりません」

「えっ。あっ。うん」


 灰色の髪をした、女の子。この子は知ってる。ケイさんと色葉さんの娘さんだ。名前は一葉ちゃん。楽王子らこうじ一葉ひとは・アンドレオ。確か、9歳かな。この子はクローネちゃんと違って、年齢相応の成長スピードっぽい。人間が3/4で、妖怪は1/4だから……どうなんだろう。あと日本人が1/2で、イタリア人が1/4で……。色々凄いな。

 でも、ざくろさんとのお子さんが生まれるなら、人間と妖怪の比率は逆の子になるよね。

 どうなるんだろう。


 クローネちゃんが一葉ちゃんを追って、お庭へ向かっていった。


「良いよねえ。あたしもひとりくらい産もうかなー。ねえお兄ちゃぁん?」

「こっち来んな。気持ち悪いこと言うな。お前はどっかで勝手に男作れ」

「ひどー」


 アンナさんとケイさんの、そんな声が聴こえた。生まれたのはケイさんが最後なんだけど、アンナさんは『お兄ちゃん』って呼んで聞かないんだよね確か。ケイさん苦労人だなあ。


「『家族全員集合』」

「えっ?」


 庭を眺める私の隣に、アンナさんをぞんざいに追い払ったケイさんがやってきた。


「ギンナの所は、何人だっけか」

「7人ですね。私達4人と、クロウとエリー。そしてユインの彼氏さんで」

「そっか。俺達は兄弟3人と、俺の嫁ふたりに襲音、黒音と一葉で8人だ。本来は俺らの親……父親ルシファーとアンナの母親リリス、ユーリの母親ディアナ、俺の母親クリスも居るんだが……今は全員地獄でな。本当の全員集合じゃねえ」

「……そうなんですね。地獄って」

「そう簡単に行けなくなっちまったんだ。天界戦争の影響でな。だからまあ、今は現世で、この8人で過ごすさ。俺達のやるべきことは全部終わった。後はここで、カヴンの手助けをしながら暮らすよ。穏やかに」

「…………お疲れ様でした。ケイさんが一番、大変だったと思います」

「へっ。ありがとな。……夜風に出会ってから、あの台風に振り回されっぱなしの160年だった」

「ゆっくり休んでください。ご家族と一緒に」

「おう」


 多分。

 壮絶だったんだと思う。私の知らない、物語。ケイさんや、襲音ちゃんを『主人公』としたような、そんな冒険が。


「夜風さんは……」

「ああ。満足したように逝ったよ。何の心配も要らねえ」

「…………分かりました」


 家族全員、か。きっとそれを目標に、頑張ってきたんだ。

 今のこの、暮らしの為に。


「じゃあ、襲音ちゃんもここで?」

「んー……。それはまた、カヴンのボス? に確認するってケイが言ってたけど。私としてはどっちでも……っていうか、夜風が残した『さざなみ神社』も心配だし。あっちにも仲間達は居てさ。多分日本にはちょくちょく帰るよ。黒音に教えたいこと、まだ沢山あるし」

「そうだな。ケイとひとつ屋根の下で暮らすのはなんかむず痒い。奥さんふたりも気を遣わせちゃうだろうし」

「えー。あたしは良いよね? お兄ちゃん?」

「いや、まあ構わねえが……。お前らまずイザベラに土下座しろよ? マジで。サブリナの分まで」

「あははぁ」

「何笑ってんだ。メンバークラスの実力があんだから、ちゃんと仕事しろよ?」

「……イザベラ、怒ると怖いんだよなあ」

「怒られろって言ってんだよ。明日アポ取ってっからな。黒音や一葉に情けない真似見せんなよ。伯父さん伯母さん」

「うぐっ……。その言い方だけはやめて……」

「俺はお父さんだが……?」

「バーカ」


 楽しそう。

 兄弟の会話が中心で。色葉さん達が笑ってて。お庭で子供達が遊んでて。

 家族、か。良いなあ。私達もこんな風に。なりたいなあ。


「ねえシルク」

「はい?」

「家族って良いね」

「……そうですね。特に私達は、生前恵まれなかったので。それを知るギンナが居てくれて良かったです」

「…………うん」






✡✡✡






✡✡✡






「日本人のギンナには、言っとこうかな。『表世界』の、『生き残り』の話」

「はい」


 また、ある日。

 イザベラさんから、呼び出しがあった。いつものガーデンテラスで、ふたりきり。カヴンとももう、15年くらいの付き合いだ。


「『天界戦争』のエスカトロジーで、殆どの人口は失われた。でも、生き残りは居てね。日本に、『カワカミ』って言う英雄を中心にしたコロニーがあるんだ」

「……川上、ですか」


 どうなったんだろう。私の、家族は。多分生き残ってはいると思うけど。妹の嶺菜ちゃんも、クローネちゃんや一葉ちゃんと同世代くらいなんだよね。なんとなく、直接の関係者と死者は会うべきじゃないっていう、倫理観? があるんだけど。


「死神が撤退した裏世界で『狭間狩り』が流行ったでしょ? わたし達カヴンで、保護したんだよ。ブリテン島と、周辺の島の『死者の魂』を。覚えてるかな」

「はい。エリーと出会った時ですね」

「そうそう。何人かは魔女学校ソーサリウムで受け入れたんだけど、殆どは成仏を願っていた。その中で、とある小さな島の人達は、カヴン入りも成仏も拒否していたんだ」

「……はい」

「その島はね。表世界の魔女が使う『結界術』で隠されていた島なんだよ。エスカトロジーの影響で結界が破れて、顕になった」

「ということは、魔女が居たんですね」

「うん。でも、知っての通り『天界由来』の魔女だから、戦争後は能力を失った。魔術を使ってなんとか島を守ったんだけど、その反動でボロボロだった。……それもわたし達で保護したんだ」

「はい」


 イザベラさんはブレない。ずっと、博愛主義で。平和主義で。優しくて、愛に溢れている。

 私も大好きな先輩魔女。


「それでね。つい最近。日本から来たって組織が、その島の人達を引き取って行ったんだよ。英雄さんも居た。確か名前は、川上文月かわかみふみつきくん」

「英雄、というのは」

「ケイから聞いたんだ。戦争時に、天界に殴り込んだ組織のボスなんだって。だからケイとも友達で。久し振りの再会を喜んでた」

「……天界と正面から戦争をした組織の」

「うん。正確には、その川上くんのお母さんが元々、イギリスで組織を立ち上げたんだって。それを引き継いで、今は生き残りを集めて文明復興に力を入れてるみたい」

「なるほど……」


 私は天界戦争も、妖怪戦争も現場は知らない。けれど、どれも私の居る世界に影響を及ぼす大きなもので。誰かの血が流れた結果、今があることは分かる。


「その川上文月くんの、家族が島に居たんだよ。それで、面白いことがあったんだ。ギンナも吃驚する」

「なんですか?」

「ソフィアのお墓があった島なんだ。それで、ソフィアと文月くん、家族なんだって」

「えっ! ソフィアさん?」


 ソフィアさん。

 確か、『偽計の魔女』で。元カヴンメンバーだ。そう言えば、天界戦争が起こる直前に亡くなった。私はあんまり、話したこと無かったけど。


「ソフィアはね。夫と娘が居たんだ。で、その旦那さんは文月くんのお母さんとも子供を作ってた。そのお母さんはまた別の人と結婚して、文月くんが生まれた。……ケイが嬉しそうに話してくれたのはね。『文月アイツがずっと望んでいた、家族全員集合が叶ったらしい』って。バラバラだったらしいんだ。ずっと」

「…………家族全員集合」


 ケイさんも言ってた。その文月さん? の影響もあったのかな。


「表世界も、どんどん復興する筈だよ。また、以前のように発展したら良いよね」

「……はい」


 最近は、良い話をよく聞く気がする。

 なんというか、穏やかで。

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