22-2 Silver conference〜甘い女

「実は、クローネを引き取りに来たのよ。頃合いだから」

「!」


 指を差した。夜風さんが、シルクの膝の上に座るクローネちゃんを。


「……確かに、10ヶ月と聞いていました。しかし、情勢は大丈夫なんですか? 元々、危ないからと預かったのですから」

「ええ。計画通り、少し余裕が出来たのよ。クローネは日本で育てるわ。やっぱり両親と一緒の方が良いものね」

「…………」


 びゅう。


 強めの風が吹いて。気付けばクローネちゃんは、夜風さんに抱きかかえられていた。


「……それには同意しますが、日本は戦場なのでは」

「そうね」

「…………私がこの子を心配していることは、理解してくれますか」

「ええ勿論。『10ヶ月と10日間トツキトオカ』、貴女の愛ある『銀の魔力を浴び続けた』。本当に感謝しているわ。もうすぐこの子はの。……これ以上は言えないわ。企業秘密」

「…………」


 ただ、子供を預けていただけじゃなくて。

 私達が利用されていた。この人はそう言った。私達の魔力を利用して、クローネちゃんを何か、成長させていた?


「けれど、信じてちょうだい。私はこの子を戦争に利用するけれど、それは誰かを虐めたいとか、私利私欲でやっていることじゃない。最大限、この子は勿論、襲音やケイ……だけでなく。貴女達カヴンから借りている戦闘員も、最大限尊重するわ」


 そもそもが、『神』と『悪魔』と人の間の子供。全ては特別で作為的で計画で。シルクはそれを受け入れて、この仕事を受けた。


「……分かりました」

「シルク」


 勝手な物言い。最初から最後まで。カヴンも私達も……きっと襲音ちゃんやケイさんも、ずっといつも振り回して。台風のように。


 けど。


「夜風。貴女は酷い妖怪で、残酷な性格です。けれど、襲音に対する執着心と慈愛については、認めています。だから、クローネのことも信じましょう」

「ありがとう。やっぱり貴女に頼んで良かったわ」


 何より。この仕事を受けたのはシルクだから。シルクが決めて良い。私達は、黙っていた方が良い。私達の中ではシルクが一番、夜風さんを知っているから。


「……実際、戦況はどうですか?」

「そうねえ。皆、相性の悪い相手と戦わされてる。良いとは言い切れない。けど、焦っては居ないわ。クローネは元から、今日回収するつもりだったから」

「いつからの計画ですか?」

「150年前からよ」

「…………クローネはもう、私の娘です。襲音の娘ですが、最早私の娘でもあります」

「ええ。そこまで言うくらい、可愛がって貰えたのね」

「だから頼みますよ。私の娘を」

「ええ勿論」


 ある種の信頼関係。シルクも、どんな仕事をしてきたのか、私は知らない。クローネちゃんのことも、可愛いからってだけで私も面倒見させてもらってたけど。

 彼女が『何』に使われるかは知らない。


「この子が、永かった『妖怪大将棋』を終わらせられる。最後の、詰みの一手。大事に大事に、育てるのよ。私がこれから、シルクに代わって。魔力も人脈も資金も技も術も、運も時間も何もかも全てを尽くして、この子を。『神藤黒音』をんだもの。終わらせてくるわ。それから先は、私はから。後はのんびり、みんなで平和に暮らしてちょうだい」

「!」


 クローネちゃんは睡ったまま。

 また、強い風が吹いた。


 夜風さんとクローネちゃんは、夜の星空に融けていった。






✡✡✡






「持ってきたわ。これで全部の筈よ!」

「フラン」


 しばらくして、フランが帰ってきた。沢山の書類を両手に抱えて。


「……どうしたのよ」

「さっき夜風が来て、クローネを引き取って行きました」

「……クローネを? もう戦争は終わったの?」

「いえ。逆です。戦争を終わらせるために、連れて行ったのですね」

「なにそれ。赤ん坊が戦えるわけ無いじゃない」

「今から鍛えるそうです」

「…………ふうん。放っといて良いの? あんたの仕事でしょシルク」

「はい。私はユリスモール達と、いくつも死線を越えてきました。改めて言いますが、夜風は『信じられます』。他の子なら分かりませんが、何より『襲音の子』ですから」

「そう。ギンナは?」


 フランは結構ドライだ。シルクは納得してる。私とユインは、色々と考えてしまう。

 でも私としては。


「うん。シルクの受けた仕事だしね。もうクローネちゃんと遊べないのは寂しいけど、引き取りについては異論は無いよ。戦争終わったら、また一緒に遊んだら良いよね」

「はい。私も同じ気持ちです」






✡✡✡






「……まあ、話を戻すわよ。取り敢えず、フランの資産は明日以降で私が確認する。あの辺りはガレオン国ね。シルクは詳しいんじゃないの?」


 シルクの『ベビーシッター』が終わった。唐突に見えたけど、契約ではちゃんと、10ヶ月って決まってたみたい。報酬も全額前払いだったんだって。


 エトワールさんの拠点だった北欧は、裏世界だとガレオンって大国が支配してる。私も一応、あのニクライ戦争の戦後処理の会議の時にガレオンの大使と会ってるんだよね。


「何度かは仕事で行きましたが、私は基本的にはアフリカでしたから。フランの方が詳しい筈です」

「そのフランが頼りないから訊いてるのよ」

「……あのねえ。ガレオンのコネなら私が強いんだってば。明日ね? 紹介するから」

「分かったわ。頼りにしてる」

「はいはい」


 フランとユインで行動か。大丈夫かな、なんて。


「で、次の議題に移るわよ。イザベラから話があったの」

「なに? メンバーにはならないわよ」


 議題、なんて言うと、プチ『ヴァルプルギスの夜』みたいだよね。


「違うわ。……正確には、私から相談したのよ。生徒から上がった声だから」

「へえ?」

「今度の卒業生がね。『ウチ』に就職したいって言ってるのよ」

「!」


 魔女学校ソーサリウム。世界滅亡前は、ヒヨリさんとの契約で、生徒となる『無垢の魂』を仲介してもらってた。死神協会が地上から撤退した今、新入生は見込めない。けれど、怨霊災害以降で発生した、エリーのような『未だ狭間に居る魂』を勧誘して連れてくる施策をイザベラさんが打ち出した。

 今の生徒数やこれまでの卒業生の数は、私はきっちり把握してないけど。今の裏世界の『魔力インフラ』を担っているのは確かだ。主な就職先は、魔力発電所か、クロウの会社。それと一応、カヴンメンバーで最大数を誇る、イザベラさんの従者への就職もあるみたい。イザベラさん、建築家から何から、色んな人材抱えてるんだよね。それは魔女園ヘクセンナハト開発初期から知ってたけど。


 そこで。

 卒業生達は考えたんだ。自身の、未来について。カヴンメンバーに『つく』という道を。


「そんなこと、あるの?」


 フランが疑問を投げかける。


「実際、ユングフラウの元でカヴン全体の総務を手伝ってる子も居るくらいだからね。何も、私達だけの話じゃないわ。ノアの所でカヴンの『戦闘部』を作ろうって話も出てる。イヴやセレマは従者も必要ない感じだけど、私達は依頼業だから。もしかしたら人数が必要なこともあるかもしれないしね。だから、ここで相談よ」

「…………でも、『銀の魔女』だから、銀の眼以外は」

「そうでもないわよ。要するに『下請け』だから。その子達に別の依頼に行ってもらって、私達は違うことできるって訳」

「…………ふむ」


 下請け。

 魔女のあり方も価値観も仕事も、時代と共にどんどん変わっていく。そもそも『銀の魔女』って、一時代にひとりだったもんね。私達が4人居る時点でもう前代未聞。


「もっと大きな組織にするってことですか? カヴンではなく、『銀の魔女』として」

「そういうこと。卒業生としてフリーの魔女は居るけど、結局イザベラの指揮下にあるようなものだし。私達の『兵隊』を希望する子が出てきたってことよ」

「……ユイン先生に憧れたって訳ですね」

「ニュースに飛び込んでくるのはフランの活躍でしょ。後は普通にギンナの人気」

「えっ。私?」

「知らないわよね。生徒間で行われた『メンバー総選挙』。あんた『甘えたい魔女部門』3位よ」

「えっ。なにそれ」


 人気ってなに。

 前代未聞。


「たまにしか見ないけど、見れば皆分かるのよ。特に、魂の練度が上がった上級生の子達には。いかにも『普通っぽい』あんたの雰囲気。甘さが滲み出てる。『無垢の魂』なんて皆、大小心の傷があるから。あんたに甘えたいって子は多いのよ」

「…………それは……どう反応したら良いんだろう」

「素直に喜んどきなさい。あんたは男より女にモテるのよ」

「……えぇ……」


 複雑だ。

 まあ確かに、クロウを例外とすれば死後は男性にモテたことないけど……。女性からの方が、『好き』って言われること多いけど。


 ……いつかのフランみたいに。『誰か女の人に甘えたい』って、心の傷を負った子が多いのは仕方ないのかもしれない。『そういう子』を、カヴンで受け入れてるんだもんね。


「話逸れすぎ。どうするの? ギンナ」

「うーん……。どうしよっか。取り敢えず、シルクは明日から復帰だよね。私も最近は全然『銀の魔女』の仕事してないや。なんというか、そこまで必死に稼ぐ必要がなくなっちゃったからさ」


 私がカヴンメンバーであるだけで。毎月お金マナは入ってくる。これが中央銀行と提携してる恩恵。さらには魔力インフラでの契約料やらなんやら。カヴンに入ってくるお金だけど、メンバーとしての持ち分があるから、何もしなくても遊んで暮らせるんだよね。

 この『システム』を予知して考えて実行してその通りにしたイザベラさんと、セレマさん、ユングフラウさんには頭が上がらない。最強トリオだよね。


「駄目よ。『ここ』に、私達の家を建てるんだから。半端なモノじゃ嫌。大豪邸にしなきゃ」


 フランはそう言う。ユインも学校の仕事が忙しいし、普段の依頼は殆どフランに任せっきりだったよね。大黒柱だ。


「その為に。この話を受けるのが良いのか、受けないのが良いのか。その判断は私にはできないわ。私としてもどっちでも良いし」

「あはは。そうですねえ。私もフランと同じ意見です。いつまで経っても私達は『肉体労働担当』ですねえ」


 うーむ。懐かしいな。肉体労働担当と頭脳労働担当で分かれてた時。


「でも、せっかく希望してくれてるなら、無碍にしたら可哀想だよね」

「……ま、あんたならそう言うでしょうね。面接くらいしてみる?」

「あっそうか。うん。そうだね。面接しよう」


 昔も今も、ユインには敵わない。こうなること分かって提案したんだ。私の甘い性格も把握されてるから。


「因みにそのランキング、1位と2位は?」

「イザベラとイヴ」

「あー……」


 納得だ。イザベラさんの母性、私ちょっと憧れてるもん。イヴさんも見た目ガチ天使だもんねえ。

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