Chapter-22 MELTY

22-1 Silver conference〜妖しい人

 10月になった。エリーは今の所、順調だ。


 この時期、私達はイングランド『魔女の森』に集まることにしてる。


 『銀魔四女シルバー・フォー』会議だ。


「さて。……私達が出会ってまる4年が経ちました」


 エリザベスの代からあった『魔女の家アトリエ』は、もうすっかり撤去されて。家のあった広場に4人(とクローネちゃん)。アウトドア用の折り畳み椅子を向かい合わせて座る。星空の下。

 エリーはおやすみ。


「プラータの課題、『1年で金貨1000枚』は初年度で達成。以降『カヴンの年会費』ということが明らかになってからも、滞納はありません」


 シルクの説明に、皆で頷く。


「時代は移り変わり、『金貨』は使われなくなりました。代わって現在は、『マナ』という単位の魔力的電子マネーです。同時に、カヴンメンバーの年会費という制度は撤廃されました。夜風一派の滞納問題と、カヴンが裏世界中央銀行ローマと提携することになったという2点が理由です」


 滞納っていうか、ケイさんが払ってはいたんだけど。まあ負担だよね。払わない上にヴァルプルギスの夜にも来ないメンバーは、在籍しててもお互いのためにならないからね。

 でもケイさんまで辞めたら困るよね。イザベラさんと夜風さんの間でどんなやり取りがあったのか気になるなあ。


「私達が、分かれて依頼をこなすようになって。途中、クロウへの返済がありましたが。それから半年が経ちました。……今の『銀の魔女わたしたち』の、総資産を数えましょう」


 今、いくらあるのか。私達銀の魔女としての、お金が。現金もそうだし、土地や家屋なんかも。権利とか。あとローン?


「まず、『銀の魔女』の本業。諸々の依頼業の利益から。ユイン」

「ええ」


 本業の方は、ユインが昔から管理してる。プラータから名前を継ぐ前から。ユインが、死んでからずっと続けてきた業務だ。


「計画通り『マナ通貨』施行までに金貨は全て使い切ったわ。大半はクロウへの返済に、ちょっと無理矢理気味に押し付けて。その他、私達の魔女園ヘクセンナハトでの家や生活費諸費用、それから主に怨霊災害時の諸々の出費と補償。並行して、『マナ通貨』での依頼と、余った金貨のマナ交換を開始。相場はそれぞれの感覚を頼っていたから、結構チグハグね。で、私が把握してる限りでは、合計して2億マナほどね」


 2億。

 向こう数十年、生きていくのに困らない額だ。本当、プラータが居た頃より随分稼げるようになったなあ。旧金貨にすると、20万枚くらいかな。


「で。あんた達、私に報告してないやつがあるでしょ。それが今日の本題よ」

「あー……。忘れてたわ」

「全く」


 クローネちゃんを抱っこしてたフランが頭を掻いた。フランって、普段どんな依頼をどれだけやってるか言わないんだよね。ユインがいつもの溜め息。


「いや、昨日まで忘れてたって意味よ? 今日はほら。だから探して、持ってきたもの。私のマナカード。

「は?」


 すやすや眠るクローネちゃんを、一旦シルクに預けて。


 バラバラと、マナ通貨のクレジットカードをぶち撒けた。


「え。なにこれ」


 10枚以上。


「だってこれ無いと、『人間』は魔力の受け渡しできないでしょ? 魔女なんて少ないから基本的にやり取りは人間相手だし。いちいち持ち歩くの面倒くさくて」

「…………取引の度にカード申請してるって、こと?」

「いや、毎回じゃないわよ? ほら。慣れてないから忘れちゃうじゃない」

「これ1枚用意するの、まだ結構するんだよ」

「いやいや。それでも結構入ってるわよ。私稼いでるし――」


 この子は。

 こういうとこ、あるんだよねえ。






✡✡✡






「……これで整頓できたわね。合計で約3500万マナ。……カード申請の分200万くらい損してる計算だけど」

「うっ……」


 因みに。

 そんなに大量の純魔力がこの場にある、ってことじゃないよ。手元には日常生活が普通に送れる程度しか入らない。カードには口座番号が刻まれてあって、1枚1枚、皆で銀行に照会して計算した。800万入ってるカードもあれば、たった500マナくらいのもあった。フランのズボラ。


「次はシルクよ。あんたアフリカでの仕事はきちんと報告してるけど、『夜風』関係は黙ってたでしょ。ユリスモール達とやってた仕事」

「はい。秘密の契約だったので」

「…………自覚ある分、ある意味フランよりたちが悪いわね」

「いえいえ。ですが、きちんとお金は入れていますよ。私達は4人で『銀の魔女』ですし」

「銀の魔女名義じゃなくて、あんた個人で受けた仕事は?」

「ありません。これは誓いますよ。クローネを連れてきて、3人に報告した時点で『守秘義務』は解除されてます」

「ならどうしてその時に言わなかったの」

「全部、クロウへの返済で提出しましたよ?」

「…………ああそうか。そうね。分かったわ」


 ユインがきっちりした性格で本当に良かった。私は苦手だし、フランはズボラ。シルクは、こう見えて大雑把な所あるし。


「じゃあ報告抜けの仕事はあっても、フランみたいに報告抜けのマナは無いのね」

「ありません。私達の手元の現金は諸々2億4000万マナ程度ですね」

「……ま、そうなるわね」


 2億4000万マナ。これが今の私達のお財布。

 けど、資産っていうとそれだけじゃない。


「次は不動産ね。代表のギンナ名義で、ホルスの土地。……つまり魔女園ヘクセンナハト。これはまあ、処分も譲渡もしないけど。それからこの森。一応所有と管理は法務局ローマ管轄なんだけど、エリザベスの結界魔法とそれに付随する、『銀の魔女と法務局』の契約があって。占有権と処分する権利があるわ。調べてみると無理矢理交わさせた古い契約みたいね。勝手に住み着いたのよ。エリザベスは」

「……そんな契約が今も有効なんだ」

「『魔女』の契約だからね。アマンダも頭を抱えてる筈。まあ、破棄する気はないけど」

「良い気味だわ」

「…………」


 一応、法務局とは今もやんわりと敵対関係の筈。エリザベスのもっと前から、いくつも法を破ってるしね。けど、今はもう私達が法を作る側に回っちゃった。アマンダさんも複雑だろうけど、私としては争いたくない。かといってこれまでの罪を認めて償うわけにはいかない。私達は好き勝手自由にやる『魔女』だから。他人が決めたルールなんて知らない……というのが魔女の基本。

 魔女って基本悪役だしね。


「あ」

「なに、まだ何かあるのフラン」


 フランが何か思い出したように間の抜けた声を出した。


「エトワールから土地とか建物とか、そう言えば貰ってたわ。譲渡契約とか言って、死ぬほどサイン書かされたの思い出した」

「えっ」


 えっ。

 土地?

 建物?


「は?」

「いやっ。勿論全部『銀の魔女』名義よ? 私の個人所有はひとつも無いわ」

「……そういうことじゃないわよ馬鹿。あんたひとりで仕事させるの、早かったかしらね」

「ばっ。馬鹿にしないでよ! 多少の抜けがあっても私が一番稼いだでしょ!?」

「で、書類はあるの?」

「…………」


 そもそも、フランがエトワールさんの所で何をやっていたのかも私は知らない。いや、簡単な報告は聞いてるけど。そういう、記録に残るようなものは。


「あるわよ。そういうのは全部一箇所に保管してたと思うから」

「変な『間』があったわよ今」

「うっ……。あるわよ。絶対!」

「税金は?」

「払ったわよ。その辺エトワールが全部してたからあんまり知らないけど」

「…………よし分かったわ。今すぐ全部、ここに持ってきなさい。書類。全部。今すぐ!」

「うっ」


 ユインに詰められて。フランはしょんぼりしながらテレポートした。


「怖いよユイン」

「……はぁ。こりゃ『4人で暮らす』の、もっと早めないといけないわね。実務自体はできても、事務はまだまだね。3

「うっ」

「あはは……」


 私もこういうの苦手だなあ。魔女園ヘクセンナハトの権利書なんてタンスの奥にしまってもう何年も経つし。やっぱりユインて、こういう所で滅茶苦茶優秀だよね。現金手渡しの依頼しか受けられないし。ユインが居ないと私達回せないかもしれない。






✡✡✡






『王よ』

「ん。ラナ!」


 するりと。私の膝に乗ってきた黒猫。ラナだ。いっつも神出鬼没なんだから。


「この前はありがとうね。本当に」

『構わぬ。元々王の権利であれば。は責務を全うしたに過ぎぬ』


 渋い声。可愛い姿。あれだ。ギャップ萌え。でも、撫でられるために出てきたのかな。


『訪問者だ。結界を視認できるのか、丁度境目で拳の背を撃つ仕草をしている』

「……拳……ノック? どんな人?」


 久々だ。便利なラナインターホン。


『怪物である。姿は雌の人型。夜の闇色の髪と濃い紫色のドレス。靴は赤のフレンチヒールだ』

「…………夜風さん、かな?」


 そんな特徴の人、ひとりしか思い付かない。確かに、怪物の魔力は感じる。けど。


「どうしよう?」

「……あんたが決めなさい」


 ユインは応えてくれなかった。ユインこそ、夜風さんを良く思ってなくて。だから聞いたのに。

 でも、何の用だろう。ていうかこの場所、教えてないよね……。


「……分かった。呼ぼう。ラナ、お願いできる?」

『承知した』


 夜風さんは、大妖怪だ。その実力とか、詳細は全然知らないけど。強いのだけは分かってる。あんまり、衝突はしたくない。仲良くしたいよ。基本的に、誰とでもさ。


「あら。許可が出たのね。ありがとう。お招き頂き感謝するわ。『銀魔四女シルバー・フォー』一同」

「!」


 ラナが。

 案内しようと、私の膝から降りた。

 その、1秒後に。風が吹いたと思ったら。


 既に夜風さんは、フランの座っていた椅子に腰掛けていた。


「…………『風』の妖怪。結界なんてお構いなしなのね」

「ふふっ」


 ユインが不機嫌そうに言った。どこへでも吹き抜ける風の妖怪。わざわざ結界の外からノックの真似事をしていたのは、一応の礼儀だったんだ。夜風さんなりの。


「何の用ですか? 今は4人で会議でして」

「あら。久し振りねシルク。お邪魔しちゃってごめんなさい。けど、すぐ済むから少しだけ」

「はぁ」


 シルクが話し掛ける。夜風さんは相変わらず美人で、優雅で、微笑みを絶やさない。

 妖しい、って言葉がよく似合う気がする。


 それはそうと。


「夜風さん」

「何かしら。ギンナちゃん」

「……怨霊災害の時は、ありがとうございました」


 お礼はしておかなきゃね。私の『やりたいこと』だった訳だし。


「うふふ。良いのよ。私にとっても、良い結果になったから」

「?」


 元カヴンメンバー、妖怪夜風。


 実はもう。

 これが最後の挨拶だった。結局最後まで、私はこの人のこと、よく分からなかったなあ。

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