19-2 バケモノ魔女vs.北アメリカプレート
「多摩川が氾濫してる。……水の流れを動かすのは結構魔力使うんだよね」
走る。まだ家族は無事だ。直接会うつもりは無い。ふたりとは前に『バイバイ』をしたから。死者が現世に影響を及ぼしてはいけないという考え自体は、私は理解できる。
けど。それとこれとは違う。何も無く普通に暮らしていくなら、何もする気は無かったけど。
今回は。
「ステルスの魔法。……効果抜群だな」
「ありがとうクロウ」
死神が追ってきてる素振りは無い。クロウがずっと、私を彼らから隠してくれている。同じ死神同士なら、クロウの方が一枚上手だ。
「火災は雨で消えると思う。……避難所は、ここか」
途中で見た家々は、その半分近くが倒壊していた。道路もコンクリートが裂けたりして、壊れた車もあちこちに転がっている。ここからまた更に、台風がやってくる。
「居た。…………お母さんだ」
会館じゃなくて、少し先の小学校の体育館だった。パーテーションで区切られた、そのひとつの区画に。
赤ん坊を抱いた、お母さんと。隣に中学生くらいの男の子。
「え」
「僕の弟と、君の妹だな」
「!」
体育館に入って、近くへ寄る。裏世界から見ているから、お母さんには見えない。
「…………そっか。あれから。生まれたんだ」
「そうみたいだ。尤も僕の方は、『僕の記憶』を親から消したから早くに生まれたらしい」
「……クロウに手伝ってもらって、『バイバイ』してからもう……3年半近く」
高齢出産の筈だ。
お母さんは今確か、42歳の筈。
………………。
「君の記憶が蘇ったタイミングで、君の両親の記憶も呼び覚まされた。だから僕の親と連絡を取れるようになった……ってことだな」
「……そっか」
避難所で。
それでも、笑っていた。苦しい、辛いのは分かった。けれど。今の無事を。夫婦共に、赤ちゃんも無事で。クロウの弟くんも、少しやつれているけれど、笑っていた。
無事を喜んでいた。
「そっか」
どう、言ったら良いんだろう。今の私の、この気持ちを。言葉にできない。強いて言葉にするなら。
「…………良かった」
良かった。
お父さんとお母さんは、長女である私を16で喪ったけれど。今は前へ、進めている。
そう思うと、その言葉が出た。
「あー」
「ん? どうしたの
「!」
お母さんに抱かれる赤ちゃんが。
不意に私の方を見た。
「え」
手を伸ばして。
「……見えるの?」
「…………普通は無いよ。ここは裏世界で、あっちは表世界。それに、魂を肉眼で見れることは殆どあり得ない」
「じゃあ、なに」
「……この子が君のように、魔力の才能があって。実の姉妹である『何か』を感じ取っているのかもしれない。幼い子は特に、感受性が高いから」
「…………嶺菜、ちゃん、だって」
「ああ」
私も手を伸ばす。けれど、触れられない。そりゃだって、存在している世界が違うから。嶺菜ちゃんは不思議そうに、空を掻いている。
「……行こう」
「ああ」
もう本当に、最後だ。
新しい家族が居る。ならもう、私は邪魔かもしれない。
「大丈夫だよ」
「!」
振り返って、背中を向けた時。
声変わりの途中らしい男の子の声がした。
「もう大丈夫だからさ。これからは俺が居るから」
「…………」
クロウの弟くん。こっちを見てはいない。見えてない。感じていない。だからこれは、私達へ言った言葉じゃないかもしれない。
「お父さん」
「ああ。亮太君。あっちに君のご両親が居た。ふたりとも無事だ。行ってくると良い」
「ありがとうございます」
お父さんがずぶ濡れで戻ってきた。その手にはお弁当。
「…………行こう」
「良いの? クロウはご両親」
「良いんだ。僕はもうとっくに、お別れをしているから」
「……分かった」
クロウは振り返ることもなく。私と、体育館を出た。
✡✡✡
「まあ、君と僕の弟妹だ。霊感が強くても不思議じゃないさ」
「うん。大丈夫。もう大丈夫だよ。ありがとう。……私達みたいに、仲良く育って欲しいね。今度は、何事もなく」
「ああ」
外へ出て。
「!」
嵐の中、地面が少しだけ揺れた。
「多分来るよ。ここは飲み込まれる」
「うん分かってる。……止める」
上を見上げれば、死神の群れ。その中心にフランとノアさん。
雨足はどんどん強くなって。風もびゅんびゅん吹いて。木も電柱も看板も何もかも吹き飛ばしていく。
私は近くの公園へ入って、しゃがみ込んで手を付いた。
「何て言うんだっけ」
「……北アメリカプレート」
「うん。止める」
地震は。大陸プレートが擦り合って震動を起こしていると習った気がする。だから今から来る地震も、それだ。
大地を。プレートを。
私のテレキネシスの魔法で止める。
全心全霊で。
「来るよ」
「クロウお願い守ってっ」
「勿論。君だけは僕が」
来た。
「!!」
✡✡✡
✡✡✡
後から聞いた話だけど。私が止めようとした北アメリカプレートは、67,811,000k㎡もあって。大陸プレートの中では2番目に大きいらしくて。それ全てを止める魔力なんて、私には無くて。
「う……」
次に目覚めた時にはもう、私はテスさんの病院の布団の上で。
「起きたかい」
「…………クロウ」
畳の部屋。木造のお屋敷。時刻はお昼くらいだ。窓から見える空は晴れてる。
「魔力枯渇だね。またしばらくお休みだ」
「えっ。…………そっか」
全力で魔力を放出した。そりゃそうか。地震を止めるなんて、無茶にも程がある。
「無事だよ。皆。フランとノアは勿論、僕達の家族も。関東地方一円、君は守ったんだ。震度7、マグニチュード8.5から」
「え」
「……ま、ニュースにもなってないけどね。でも確かに、揺れは抑え込めていた。結果として、最初の地震の時より被害者は驚くほど少なかった。君の魔力は東日本を包むように浸透して、プレートの表面を掴んでいた。あの体育館も勿論、無事だ」
「……そっか。皆無事なら、良かった」
「………………」
魔力枯渇。2度目だ。けれど、あの時ほどしんどくは無い。あれは無垢の時だったし、連続で枯渇したから良くなかったんだよね。あの時はクロウや皆に助けてもらって、それでやっと私は『魔女』に成れたんだ。
「お目覚めになられましたか。ギンナ様」
「サクラさん」
すっと、上品に襖が開けられて。サクラさんがやってきた。名の通り桜色の髪を、お団子にしている。着物のよく似合う純日本美人。
「お久し振りです」
「はい。もう少し、頻度高く来院いただきたいのですけれどね。ギンナ様は特に」
「……あはは。ごめんなさい」
「今後は、少なくとも年に1度の幽体検査をお奨めいたします」
「……はーい」
和やかに、心地よく叱られた。確かに久し振りだなあ。この感覚。
「何かお召し上がりになりますか? 今は菜の花のお吸い物が美味しくいただけますよ。消化にも良い食材でございます」
「……うん。じゃあお願いします。お腹空きました」
「かしこまりました。クロウ様もご一緒になさいますか?」
菜の花のお吸い物。なんだかとっても懐かしい感じのする言葉だ。そうだ、私も日本人だったんだ。……って、ここへ来ると思い出すというか。直前まで日本に居たのに変な感じだけど。
『東京』よりも、『お婆ちゃんち』が近いんだよねえ。この病院。
「…………そうだな。いや、申し訳ないけどこれから仕事でね。すぐに起つよ」
「かしこまりました」
「えっ。そうなの?」
「ああ。済まない。イザベラと一緒に、ヒヨリ達と会ってくるよ」
「……あっ。私の、せいで」
クロウは壁に掛けてあった黒のコートを取って羽織った。ギリギリまで私を看ててくれたんだ。
で、ヒヨリさんということは、死神関係で。
今回私が完全に敵対してしまったから。その話を付けにってことだ。
「構わないよ。カヴンは全力で君を味方する。『そういう組織』だからね。どこまでいっても無法者の集まり。それが魔女。今回は日本支部との小競り合いだったけど、場合によっては全面戦争だって辞さない。他者に気を遣って『譲る』なんて、魔女の辞書には無い」
「…………戦争。そうだよね」
「まあ、そうは言ってもそんなことにはならないよ。ヒヨリやアヤメ彼岸長も分かってる筈だ。僕らも別に戦闘集団じゃない。上手いこと折り合いを付けてくるさ」
戦争になるかもしれない。死神協会全体と。
けど、後悔はしてない。私は家族の方が大事だ。私なんかより。『今生きている』『両親と妹』の方が、うんと大事だから。
「じゃあ行ってくる。入院にはならないと思うけど、サクラ先生の言うことは聞くように」
「分かってるってば。…………」
あ。これ。
私いつか、この人に言いたかったことだ。
「行ってらっしゃい。クロウ」
「ああ」
私は私で。こっちで家族を作る。家族になる。だから。
お父さん。お母さん。それと、嶺菜ちゃん。畔川、亮太君と。ご両親。
末永く幸せにね。それと今日。私。
✡✡✡
サクラさんが言うには入院は必要なくて。ユイン達に迎えに来てもらって、私は
「2022。今のあんたの魔力容量よ。これが完全に快復するには、1ヶ月は掛かるでしょうね」
「……そうなんだ。純魔力タンク的にはそこまで多くない量だけど」
「いや大型タンカーひとつ分よ。相変わらずバケモンのまま成長してるのね。町ひとつあんたひとりで補えるのよ」
「あはは……」
ユインは心配して、ウチに泊まり込んでくれるらしい。優しい。逆にクロウは、死神世界で話し合いが長引くそうで、しばらく戻れないんだって。なんか、申し訳ないなあ。
「魔力、前みたいに外部から補給したら駄目なの?」
「お金が掛かるじゃない。2000超えの魔力なんて馬鹿にならないわ。急いで治さなくて良いのよ。ゆっくりで。自然回復が一番幽体に負担が掛からないんだから」
「……はーい」
日本だけじゃない。天変地異は、地球全体を包み込む。終わらない台風の発生、響き続ける地震、激化する火山噴火。連日の大雨と、洪水。根こそぎ破壊する竜巻。全世界での死者数は、遂に1千万人を超えた。
「ヘクセンナハトは良い天気。……でも外は、表世界は。今日も自然災害が」
「いよいよ、終末ね。『神』ってのはまだ観測されてないけど、降りてきてるんでしょうね」
「…………」
「裏世界も多少は影響あるみたいよ。それでもここは、完全に安全圏ね。『魔女の街を作る』ってのも、元々はセレマの提案だったらしいし。これを見越していたのね。流石『未来の魔女』」
「……うん。今回も、東京に地震が来るって教えてもらった」
後はもう祈るしかない。……その、祈る相手である『神様』が、地上を蹂躪してるんだけども。
今、空に流れ星が見えた。隕石だ。ヘクセンナハトを避けて、表世界の地上に墜ちるんだ。
「何か飲む? 新しい茶葉持ってきたのよ」
「本当? お願い」
対岸の火事だけど。
表世界は、滅亡する。
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