Chapter-19 ESCHATOLOGY

19-1 Witch and death negotiations “BREAK”

 5月になった。


 私は毎日、取り寄せた新聞を眺めていた。特に、日本の。

 関東地方のニュースを。


「気になるなら行こう」

「…………うん」


 今。先月の集会で、シルクから報告があってから。カヴンは『対アフリカ戦略』に向けて舵を切っている所だ。『呪術』についての情報収集や、土地、人、文化。どのようにコンタクトを取って、魔力インフラを整備するか。

 そんな時に、私は。


「イザベラさんに相談してみる」






✡✡✡






「良いんじゃない? だってそれが、ギンナの『やりたいこと』なんでしょ?」


 お城へ行くと、イザベラさんとセレマさんが居て。あっさりと。

 そう言ってくれた。


「行くなら今よ。今日、大規模な地震が来る。トーキョーの辺りにね」

「セレマさん」

「あたしは会ったことない人間は占えないけど。日本に行ったことはあるから、『街ですれ違った大多数の人間』を大まかに占える。で、今日の地震が止められれば。つまり今日生き残れば、しばらく自然災害による死の危険は少ないわ。そんな未来が見える」

「……ありがとうございます。でも」


 セレマさんの占い。信用できる。けれど。


「……でも、死神協会の法律では表世界の干渉は駄目で……そうしたらヒヨリさんとの関係も」

「死神に気を遣って『やりたいことができない』のは良くないよ。大丈夫。魔女学校ソーサリウムの生徒のことなら、別に死神からの協力が無くてもなんとかなる。純魔力法が施行された今から急いで人数を増やす必要も無いしね」

「…………ありがとうございます」

「あはは。だからさ。わたしにはギンナを止める権限も何も無いんだって。でも、相談してくれたのは嬉しいな」

「……はい」

「それと。確かに今、アフリカのこともあるから。皆で協力はできないんだけど」

「大丈夫。私が行くわ」

「ん」


 フランが。テレポートで現れた。

 その背後に、もうひとり。


「フラン。……と、ノアさん?」

「シルクはクローネの世話があるし、夜風の敵妖怪はクローネを狙っているのにわざわざクローネを日本に連れて行く訳にいかないでしょ。ユインはこういう案件じゃ役に立たないしね。ていうか私は『こういう時』の為に魔法を磨いたのよ。ノアには私が声を掛けたわ」

「ああ。正に『そういう時』って訳だ。早速俺の仕事だな」

「…………!」


 本当に私は恵まれてる。幸せだ。


「羨ましいな。ギンナだけだよ。……生きてる家族が居て、心配する関係なんて」

「…………ありがとうございます」


 これと決まったらもう、早い。






✡✡✡






「じゃあ、私の手に掴まってください」

「おう」


 ノアさんはまだテレポートの魔法を使えない。私の手を取って、日本まで飛ぶ。フランは自力だ。


「で、具体的に何をするのよ?」

「分からない。とにかく今、日本には地震と台風が同時に来てる。なんとか被害を抑えたいの」


 パッ、と。

 目を開けたらもう、裏の世田谷区。すぐ見渡せる距離にパチンコ店がいくつかある駅前。

 電車は、運転見合わせだった。それどころか。


「…………『首都直下型地震』」

「って、言うの? 日本って結構特別なのよね」


 ブルーシートが、建物を覆っている。『KEEP OUT』のテープがそこら中に。瓦礫の山も見える。駅前の広場は仮設の避難所になっているらしい。

 向こうの方に、炎が見えた。

 朝の新聞じゃ、震度6強。ここは中心地からは、ほんのちょっとだけ外れていたけれど。本震から、3日。まだ安心はできない。今日、これからまた。


「…………で、どうするんだ? ギンナの家族を探すのか」

「待ってノア。まだここは『裏世界』よ。通行人に私達の姿は見えない。死神の法律で、私達は表世界に出てはいけないのよ」

「ん? ならギンナは家族に会えないのか?」

「だからそれは、ギンナが決めることよ」


 そう。フランの言う通り、ここは裏世界。地震があって、被害を受けているのは表の世界。私達は今、裏世界から表世界を覗いている。表世界に影響を及ぼすことは許されない。一番最初に、私が死んだ時に。協会の死神だったクロウに説明されたことだ。それは怨霊のやることだって。


「……多分、あっちの方向。会館があって。もっと大きな避難所になってる筈」

「詳しいわね」

「親が割りと、防災意識高かったから。町内会の訓練とかもよく参加してた」


 一歩。

 踏み出した瞬間。


「囲まれてるぞ」

「!」






✡✡✡






 真っ黒な軍服を着た人達。10人くらい。いち早く反応して銃を構えたノアさん。私は手をやって、ノアさんに少し止まってもらう。


銀条杏菜ギンナ・フォルトゥナ。貴女は『協会監視対象魔女』リストになっています」


 相手は死神。『魂を操る』種族。


「初耳です」

「貴女は以前にも2度、日本表世界に『顕現』されています。北海道・沖縄を除く日本列島に於ける表世界への顕現は『死神法』第13条違反です。過去2度とも、当時の『此岸長』が厳重注意処分に留まらせたと記録にありますが、また再犯をするようなら反省の意思は認められず、今度は厳重注意では済まされません」


 ひとりだけ、魔力が大きい。多分この女性の人が隊長だ。クロウと同じ、黒い髪と瞳。目付きは鋭い。つらつらと丁寧な口調で、自分達のルールを押し付けてくる。

 ……そう言えばクロウが家で死神協会の愚痴とか言ってるの見たことないな。彼は本当にさわやかな男性だね。


「私は『スコットランドカヴン』メンバーです。『火の花』シャラーラの研究成果である魔力家電の、死神界への輸出規制をたった今にでも、テレパシーでカヴン議会へ投げかける事ができます」

「!」


 容赦は……。

 しない。私の両親を助ける。守る。それを邪魔する存在は何であろうと。


「……特に、この件は議長イザベラ・エンブレイスの了承を得ています。……私は何も、あなた達と争いたい訳でもありませんし、両親と直接会うつもりもありません。ただこの災害による被害を少しでも減らして、命を守りたいだけです」

「…………私は死神協会日本支部『此岸長』エリス・バーバラです。私達死神協会は『意地悪』で法を制定した訳ではありません。過去地球上で、『死者の魂』が表世界に及ぼした影響を鑑みて、世界を守るために定めたものです」

「……それが、私に何の関係がありますか?」


 此岸長。ということは、クロウの後任か。ヒヨリさんは確か、もっと上の役職になったんだっけ。


「…………国際社会を意識するならば、『大勢の命』は守られるべきです。たったひとりの『我儘』の為に、『大勢の命』が脅かされることは倫理的に許されるものではありません」

「私が今表世界で起こっている災害を防ぐことは、結果的に多くの命も救えると思いますが」

「……その『状況を鑑みた特例による容認』を前例とすることは、後々さらなる被害を生むことになると簡単に予想できます」


 埒が明かない。

 そもそもの価値基準が違うから、話し合いにすらならない。お互いの目的が違うから。


「……ギンナさん。これは我々の善意で言っているのです。先程貴女は我々を脅迫しましたが、逆に我々はいつでも、今この瞬間にでも、貴女がたを捕らえることができるのです。『死神』とは、他者の魂を操り、他者からの魔法を受け付けない種族。どうあっても、現実は変わりません。しかし手を出せば、我々は貴女がたを拘束せねばならなくなります。今の内に、考えを改めていただきたい」

「…………」


 話し合いで解決なんて、最初からできない。だってどっちも譲らないんだから。『譲り合い』なんてしたら、私はお父さんとお母さんを亡くすことになる。譲れる訳が無い。

 だから結局、実力行使になる。そもそも最初からそうだ。私達に実力が無かったら、この死神達はすぐさま私達を逮捕して終わりなんだから。こうして話し合う必要なんて無かった。


「死神はその広いネットワークで、故人全ての情報を持っている。『死者の魂』の『真名』を握っている」

「その通りです」


 真名を知られると、支配される。だから、全人類の真名を牛耳っている死神が裏世界で強い立場を持っているんだ。自分達の考えた法律を他人に強制できるくらい。


「退いてください」

「……後悔しますよ。ギンナ・フォルトゥナさん」


 私は一歩、踏み出した。目と鼻の先に、お父さんが居るんだ。


「! 交渉は決裂と捉えます! 全隊! 魔女を拘束!」

「!」


 エリスさんが手を挙げて、他の死神達に指示を飛ばした。ベネチアでヴィヴィさんから食らったことのある、拘束魔法だ。


「なっ」


 それを、弾いた。

 フランが。


「は?」

「馬鹿にすんじゃないわよ」

「!」


 同時に、私達を囲んでいた10人の内、4人が倒れた。フランの魔法だ。


「お、お前たち……!?」

「あんた達『死神』が、真名を使って他者の魂を操る方法。あんた達『死神』が、他者から魔法の影響を受けない理由。……今の今まで、数千年間極秘だったようね。だから今まで、安全圏から、上から目線で講釈を垂れていた」


 コツ、と。

 フランが私の隣まで来た。

 頼もしい。


「……『理由それ』は、私の魔法が効かない相手が居る……ことと同じだった。エトワールから教えてもらったわ。そしてもう、克服した。今の私は、プラータさえ殺せる」

「!」


 フランの魔法は、見た生き物を殺す魔法だった。正確には、肉体と魂を切り離して結果的に死に至らしめる魔法。でもそれが、効かない相手が居た。プラータは勿論、死神や、エトワールさん、バハムートなど。


 でも、それももう過去の話。


「術者が発した魔法は空気中を移動する。目標物に到達して効果を発揮する前に弾いて撃ち落とす。目に見えない『魔力』それ自体を『視る』能力。それが死神の特性黒い瞳。だから、無垢の魂を『視て』色を確認して、狭間の世界の試練で引き出そうとする。……合ってるかしら」

「…………!」


 エリスさんは驚いた表情で固まった。他の死神も動かない。


「殺してはいないわ。というより、殺しきれなかった。けれど充分じゃない? これで『死神だ』っていうあんた達の戦術的アドバンテージは無くなったんだから」

「……!」


 押し通る。

 エリスさんはたじろいだけど、すぐに立て直して私達を睨んだ。


「……応援を呼びます。既に交戦状態。『もう』戦争ですよ。ギンナ・フォルトゥナ」


 今日、私達は。『死神協会』に喧嘩を売った。宣戦布告をして先制攻撃をした。


「『我儘』を通すのが、『魔女』です。そして、『我儘を通す』為に、私達はカヴンメンバーになりました」


 どよどよと、積乱雲が集まってきた。嵐が来る。それに乗って、夥しい数の死神が降りてくる。空一面、真っ黒だ。


「行きなさい。ギンナ」

「ああ。ここは任せろ。行ってこいよ」

「……ありがとうっ」


 乱戦になる。

 その隙を突いて、飛び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る