12-7 魔女を前に積むべき物

 あの後。

 あの入り江での戦闘後、魔力を使い果たして気を失った私はシルクにおんぶされて。

 生き残りを探しながら、7人で迷宮を脱出した。結局、生き残りは他に居なかったんだって。


「ホテルにあったテレポートの魔道具の床みたいのが、迷宮にもあって。それで帰ってきたのよ。結局どれだけ地下に潜ったのかは分からずじまい」


 とのことだった。


「よぉ。起きたかクソガキども」

「エトワールさん」


 朝食は、ビュッフェだった。まだ歩くとふらふらしてしまう私を気遣って、ふたりが色々と世話を焼いてくれる、そのテーブルに。

 エトワールさんと被験者テスターさん達がやってきた。


「いつも、こんな感じなんですか?」


 ホールには、私達しか居ない。本当なら、他のハンターさん達も泊まる筈だったのに。


「いや。今回は稀に見る『危険回』だったな。相当頭の切れる個体が居たんだろう。だが……結果的にオレ達が『獲り過ぎた』せいで危険度に似合わねえ相場になっちまったけどな」


 隣のテーブルにどかりと座った。プレートには山盛りのスクランブルエッグ。なんだありゃ。


「まあ、あんだけ殺しゃしばらくは出てこねえ。恐らく10年は大人しいだろうよ」

「……10年。それでも、そんなに早く復興するのね」

「繁殖力は高え方だ。それに、今回はメスとガキを叩いてねえ。もうちょい早えかもな」

「入り江に居たのは殺しましたよ?」

「ありゃ一部だ。迷宮の奥に、ガキ育てる区域があるんだよ」


 全部終わった後で、説明を受ける。まあ、広くハンター達を集めての依頼だから不親切なのは当然かもしれないけど。


「……あのテスターさんは」

「ああ。こっちはジョットを失って、50人のハンターは全員死んだ。お前らは命と等価の『魔力』を失った。……今回丸儲けしたのはゼノンのオッサンだけだ」

「…………」


 仲間のひとりを失ったけれど、エトワールさん達は特に取り乱したりはしていなかった。覚悟の上で、アテネへ来たんだ。私達みたいな、ピクニック気分じゃなくて。


「あの角の量。契約内容とは言え、全部オッサンの懐へ入る。独占だ。今頃笑いが止まらねえだろうよ」

「……それで、あのバハムートは」

「さあな。詳しいことは知らねえ。ミノタウロス達はあれを信仰してるように見えたが……。オレは地底に興味ねえし。素材は知り合いの研究者に渡すつもりだ。オッサンには言うなよ」

「……はい」


 大きめのスプーンで、スクランブルエッグの山を豪快に掻き込むエトワールさん。


「……ま、なんだ。なんか分かったら共有はしてやるよ。お前の手柄だしな。銀ガキ」

「…………ありがとうございます」


 やっぱり、この人は口が悪いだけで人は悪くないんじゃないかな。それか、迷宮じゃフランと行動してたらしいから、それで何か心境に変化があったとか。


「つーか、『無生物操作魔法テレキネシス』だけであんな威力出んのかよ。バケモンじゃねえか」

「……あはは」


 カヴンメンバーのエトワールさんにバケモン扱いされるのはちょっと変な気もするけど。

 結局、今回の冒険じゃ彼女の力は見れなかったなあ。


「で、お前らもう帰んのか」

「えっ。はい。魔力が快復し次第、帰ろうかと」

「……そうか」

「?」


 そう言えば、エトワールさんは普段どこに居るんだろう。結構謎だよね。カヴンは全員。


「オレ達はまた討伐依頼だ。しばらくアテネに滞在する。まだ水装アープの実戦データは充分じゃねえしな」


 凄い。

 まだ、やるんだ。私達には無理だ。


「戦争でもするの?」

「ん」


 フランが訊ねた。

 なんだか、エトワールさんを相手に噛み付かない。やっぱりなにかあったのかな。


「……地球ここじゃしねえよ。爆弾とミサイルと戦闘機の時代だ。白兵はもう終わり。水装こいつはな。本来の目的は戦闘じゃなく介助だ。スペックの限界を知るために色々やってんだ。戦闘だけじゃねえ。普通の耐久テストに、極限状態。果ては宇宙空間。……忙しいったらありゃしねえよ」

「ふうん。そう言えばあんた、表の人類なんとか計画に参加するとか言ってたわね」

「ああそうだ。方舟計画『Project:ALPHA』。ま、それにも関連する開発だな。オレが行く惑星は水が地球より多い。その活用として生み出したスーツだ」


 そうだ。確か、シャラーラの報告だった。表世界が滅亡するから、その前に地球を脱出する計画が進んでるって。それに、シャラーラとエトワールさんが参加するんだ。

 なんか、遠い話だと思ってたけど、今回そんな話を聞いたら現実味が帯びてきたなあ。


「で、だ。フラン」

「!」


 エトワールさんが、フランを呼んだ。名前で。


「お前もう、快復してんだろ」

「……ええ。まあ」


 フランの魔力総量は、80~90程度。空っぽになるまで使い切っても、1日寝たら全快する。私は、まだ時間が掛かりそうだけど。


「じゃ来いよ。『取引』忘れんな」

「…………分かってるわよ」

「え。どういうこと? フラン」


 あの時。私は必死で、覚えてなかったけど。


「フランの『即死魔法』が無効な奴のことだ。そのカラクリを教えてやる代わりに『銀の魔力』と取引した。が、バハムートの2匹目をぶち殺す為にフランがそれを反故にした。……『その分』を請求させて貰うぜ。銀ガキ。フランを借りるぞ」

「え……」


 フランを見る。借りるって。また、怪物討伐に行くってこと? フランだけ。


「……勝手に取引して、悪かったわ。けど、私の魔法が効かない敵が現れたら『あんた達の防衛』に関わるでしょ。だから……」

「エトワールさん」

「あ?」


 フランの説明で。シルクが、次にエトワールさんに訊ねた。


「この子に何をさせますか?」

「……はっ。安心しろ。ただの『お手伝い』だ。魔法使って怪物殺すだけだ。危険はねえよ。ミノタウロスよりランクも下げる。まあ、一日二日じゃ返せねえがな。『銀の眼』の幽体も調べてえ」

「あまり無茶は、やめてくださいね」


 心配だ。だけど。

 信頼は、こういう所から生まれると思う。フランも仕方無くとはいえ、そこまで嫌がってはいないし。それに、私も『銀の魔女』として、取引について筋を通さなくちゃ。だってフランのマナプールが無かったら、2発目は射てて無かったんだから。


「シルク。大丈夫よ。私だってもう子供じゃないんだから」

「子供ですし、大人でも心配です。充分気を付けてくださいね」

「分かってるってば」


 なんか、こうして見ると。

 シルクって本当にお姉さんみたいだよね。






✡✡✡






 食べ終わって、ホールから出た所で。


「やあおはよう。楽しんでくれたかな?」

「!」


 加齢による重厚感のある低い声。

 ゼノン卿がやってきた。


「ちっ」


 エトワールさんから舌打ち。


「てめえは楽で良いな。オッサンよぉ」

「君達のお陰でね。エトワール。それに、『銀の魔女』か。噂には聞いていたよ。初めまして」

「……初めまして。『銀の魔女』ギンナ・フォルトゥナです。こちらふたりもメンバーです」

「うん。参加した殆どのハンターが帰らぬ者となった中、聞けば君達は怪物退治が初めてだって? 流石、『魔女』といったところだ。色んな分野で活躍できる訳だ」


 ゼノン卿はにっこりと笑って、握手を求めてきた。すらっとしたシルエットだけど、ちょっとよく見たらお腹がぽっこり。ビール腹ってやつかな?


「勝手に参加しましたので、お気になさらず。ギリシャからももう離れますので」

「そうか。残念だな。今後も君達と仕事ができたらとても楽しそうだ」


 ゼノン卿は、今回の危険度で私達が全員無事に生還したことを評価してくれてる。『銀の魔女』は、彼とは過去取引が無い。クライアントは増やせる時に増やしておきたいけど、また今回みたいな依頼が来るのは危険だよね……。


「……良いのですか? 私達は立場上、法務局に追われる犯罪者ですが」

「『君達が勝手にやる』んだろう? で、こちらは『たまたま大金を紛失』すれば良い。話はよく、聞いてるんだよ。イングランドには中々寄る機会が無かったんだけどな。君達が何故、急にギリシャまで来たのか分からないけど、チャンスと思うのは自然だろう?」


 この人、分かってる。なら、別に良いかもしれない。

 基本的に、『銀の魔女』とアポイントを取る手段は無い。限られるようにしてる。ミオゾティスの市中で堂々と依頼してくるような人は居ないし。

 私達にとっても、金貨2万枚をぽんと払えるような貴族はひとりでも多く抱えておきたいとは思ってる。けれど、人格の見極めが大事だ。プラータはもう居ない。私が。正確に判断しないと。

 4人の防衛に関わる。フランと同じだ。私は私で、『こっちの分野』で危機管理をしなきゃ。


「討伐依頼ならば、エトワールさんを始め、実力者を多数抱えているのでは?」

「多い方が良いだろう。ハンターなどいつ死ぬか分からないからな。まさに今回がそうだ。だろう?」

「…………はぁ」


 駄目だ。

 それじゃ駄目。私だけなら、別にそれでも受けたかもしれないけど。

 私は今、4人の命を預かってる。背負ってる。


 『銀の魔女』は、そんなに安くない。


「シルク。行こう。じゃあエトワールさん。フランをよろしくお願いします。……なんかあったら連絡してね、フラン。無茶しないように」

「はい」

「ええ」

「……あーってるよ。さっさと行け」


 出口へ向かう。ご飯食べたから、さっきよりは動ける。


「えっ。ちょ……。ギンナさん?」


 当然、ゼノン卿は私を呼び止める。

 少しだけ、振り向いてあげた。


「私達は、あなたの『替えの利く兵士』にはなれません」

「なっ……!」


 失言だよ、それは。私達の見た目が女の子だからって、舐め過ぎ。金を積めば誰もが言うことを聞くと思い違ってる。

 同じ貴族でも、自分の奴隷さえ気遣うライゼン卿とは全然違うね。


「『魔女』は、『下請け業者』や『傭兵』ではありません。関係を築く為に最初に積み上げるべきなのは金額ではなく、『信頼』です。雇ったハンター達やお抱えのハンターを侮辱するような態度では、信用できません」

「…………っ!」


 まあ、信用っていうより、『気に食わない』ってだけなんだけどね。

 ああ、でも。

 ここまで教えてあげるのは優しすぎるんだろうな、私。エトワールさんがそんな目で私を見送った。


「では失礼します。ホテルと朝食代も要りませんのでフロントに支払っておきますから」


 ゼノン卿は固まってしまって、それ以上私達を引き止めはしなかった。

 最後に、フランとアイコンタクトを取ってその場を去った。






✡✡✡






 こうして、裏ギリシャでの冒険は終わった。興味本位で、後先考えずに行動した結果手痛い目にも遇ったけど。一応、8500枚は稼げたし。良い勉強になったよね。


『あのねギンナ。今回あんた達が失った魔力、8500枚じゃ到底割に合わないのよ』

『え……』


 ……ね。

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