8-6 G.I.N.N.Y.A.
「……ふむ。なるほどですな」
私達はライゼン卿にひと通り説明した。目標はケット・シーだったけど、彼を捕まえても事態は収まらない。討伐なんて以ての外。というより彼が居ないと、変身できるカンナちゃん以外猫と会話できないから、より悪化しちゃう。
庭のテラスで。ライゼン卿は顎を撫でながら聞いていた。ミッシェルは椅子にも座らず、ずっと黙ったまま。
「して……『ケット・シー』」
『何だ。肉の民よ』
ケット・シーはテーブルの上でお座りをしていた。声は渋いんだけど、見た目はほんと可愛い。肉の民って何?
「今、裏ベネチアで起こっている人間視点の問題を解決するには、何が最も早いのだ」
『そこのルーシーが街へ降りて、今日の集会ででも次の王を選べばすぐに収まるであろう』
「!」
その説明で、全員の視線がルーシーに刺さった。彼女はびくりと身体とおっぱいを震わせた。
「その後彼女はまたここで働けるか?」
『問題無い。猫達にとって「王の不在」こそが問題だからだ』
「監視は無いのか? どうやって『王の不在』を知るのだ」
『吾が監視だ。死ぬまで見張っている。猫達に号令があるなら届ける役もしよう』
いくつか、質問していく。伝令役って、言ってたもんね。従者とは違うけど、ずっと王と一緒なんだ。
それが、『ケット・シー』という怪物。
「ルーシーはどうしたい?」
「……勝手を承知で、結婚はしたくありません。私、見た目は大人ですが……まだ1歳になったばかりで」
ライゼン卿の言葉は柔らかい。そうだよね。この人は、『奴隷文化を常識と思っているだけ』の『優しくて良い人』なんだ。無意味に誰かを貶めたり悪意を持つ人じゃない。育った常識と、人格と性癖は別物だから。
と、ルーシーは1歳なんだね。『第二世代』だからこその成長速度なのかな。猫として考えるなら、1歳は確かに、人間でいうと17~20歳くらいって聞いたことがある。
「ならば、今のこの問題をどう解決するつもりだったのだ?」
「…………『ケット・シー』は人には捕まえられず。『集会』も時間が経てば収まると」
「……なるほど。まだ子供、か」
事態はもう、かなり
『吾が人を頼ると思わなかったのだろうな。猫世界と人界は基本的に相互不可侵だ』
「…………はい」
『だが「それほど」の事態に発展しているということだ。ルーシー。「集会」は止まぬぞ。永遠に。やがてどうにもならなくなると最悪、人間の討伐隊が我らを駆逐する。人間が猫を殺さぬのは、ただの人間の「気紛れ」であるだけだ』
「…………っ」
ルーシーは、かたかたと震えている。そりゃ、そうだ。寄ってたかって皆で責めちゃいけないよ。こんなの尋問だ。
「どうするのよ。ギンナ?」
「!」
「ギンナちゃん?」
「…………うん」
フランは本当に、いつも通りだ。私を信頼してくれてる。今度は全員の視線は、私に向いた。私というより、フランの発言力のお陰だけど。
「ルーシーさん」
「……はい」
精一杯、優しく。私くらいは、彼女の精神的味方でも良いよね。自責の念で彼女が壊れちゃう。まだ1歳なんだから。
「今、意中の相手は居ませんか?」
「居ません」
この確認は必要だった。私にはもう、解決策は思い付いていた。勿論、無理矢理彼女を猫世界に戻すんじゃなくて。でも集会を終わらせる方法。
もうひとつ、確認が居る。
「ケット・シー」
『何だ。悪魔の子女』
この、悪魔の子女って言い方やめて欲しいな。いやまあ、今言うことじゃないかもだけど。ケット・シーがじろりと私を見る。
「王女は『王』と結婚して、子を為す必要があるのかな」
『左様だ。次の王、若しくは王女を。できれば複数。それが猫世界安泰に繋がる最も太い柱だ』
「それってさ。『今すぐ』じゃなくても良いよね」
『何…………。そうか。なるほど。だが相手はどうする』
ケット・シーは何度か瞬きしてから、ぐる、と唸った。どうやら私の作戦は見破られたらしい。……この人、私より『格上』だ。
この人は騙せない。いや騙さないけど。
「カンナちゃんは変身魔法が使える。それって、何でもできるんじゃない?」
「えっ」
カンナちゃんを見た。彼女はあんまり、ここへ来てから発言してない。そりゃ、そうだ。彼女の視点に立てば。彼女こそ『どうでも良い』。この場の全員を封印してルーシーを今日の集会に引き摺り出すことが実力で可能だからだ。フランの魔法も彼女には通じないから。どうあれもう依頼は達成したも同然なんだから。私達に気を遣って、口を出さないでいてくれてるんだ。
「……うーん。多分、バレるよ」
「そうなの? 姿を変えても?」
「匂いを覚えられたと思う。私の匂いじゃなくて、『私が猫になった時の匂い』を。だから、そうだね。変身するならギンナちゃんだよ」
「えっ」
返された。
視線はまた、私に集中。
「でも、私は使えないよ。変身の魔法」
「大丈夫。私が変身『させてあげる』」
「えっ」
そんなこと、できるんだ。
ああ、私達の服をプラータが勝手に変えたりしてたのは、その派生なのかな。
なんにしても、カンナちゃんは本当に、私達の一歩先を行ってるなあ。
「どういうこと? 話が見えてこないわ」
フランがまた訊ねる。
「……今日の集会で、この騒動は終わるってこと。……私が、『王』として」
「!」
勿論、本当に王様する訳じゃないよ。たったひと晩だけ、雄猫に変身してルーシーの隣に居るだけ。
それで一応、猫達は納得する筈。
「大丈夫かな? ケット・シー」
『良いだろう。結局は問題の先延ばしだが、今回は目を瞑ろう。世継ぎは、ルーシーが成長してからまた考る事としよう』
「ありがとう」
ケット・シーの許可を貰えれば、もう大丈夫だ。彼に拒否されたらこの作戦はできなかった。
「それで良い? ルーシー」
「………………! はい……っ」
ルーシーは、大粒の涙をぽろぽろと落とした。良かった。
✡✡✡
その夜。
「駄目よ!」
「……にゃ?」
私は、カンナちゃんの魔法によって猫の姿に変身した。
オスの。
変身、なんて。生まれて(死んで?)初めてだ。なんだこの感覚。皆でかっ。腕短っ。四足歩行むずっ。
視覚聴覚嗅覚なんかは、『私』のままらしい。姿だけ猫って訳だね。猫も人間の何倍も嗅覚あるらしいけど、その恩恵は受けられない。夜目はまあ、『銀の眼』は標準搭載だから良いけど。
銀の毛並みになった。こういう高級猫居そう。不思議な感覚だけど、上手く猫っぽく動かなくちゃ。
「可愛い過ぎる! 駄目よ! こんなのっ!」
「にゃ。ちょ……。フラン?」
「きゃあもう! もう!」
「んにゃっ」
フランが壊れた。猫になった私を抱き締めて鼻を擦り付けてくる。
『何をしている。もう行くぞ。人間は来るな。散ってしまう』
ケット・シーが呼んでる。呼んでるってば。フラン。
「うん。似合ってるよギンナちゃん」
「にゃぁ……。猫が
なんとかフランの拘束から脱して、着地する。隣には、月の色をした綺麗な毛並みの雌猫が居る。
ルーシーだ。彼女も変身魔法を使える。カンナちゃんみたいな万能じゃなくて、人間と猫の姿を取れる限定的な変身魔法らしいけど。
「にゃんか、王女っぽくオシャレとかにゃいの?」
『有る訳無かろう。飼猫では無いのだ。「野良」はある意味、ベネチア猫の誇りでもある』
「にゃぁ……」
あのねえ。
口の形? は猫だから。一応喋れはするけど、なんかねえ。
『な行』が『にゃ』になるの。わざとじゃないよ。媚びてないよ。
……にゃいよ。
✡✡✡
広場はまだ、ざわざわしてた。けど、私達が近付くにつれて静かになっていく。私達を見た猫から順番に、静かに。
「……王女だ……」
「じゃああのオスが……」
そんな声が聴こえる。私も猫になったことで、あとケット・シーの魔法によって。私も猫と会話できるようになったんだ。
猫の波を掻き分けて、先頭にケット・シー。私とルーシーは並んで、広場の中心へ。全員から見える位置へ。
『……次の王が決まった』
振り返って。ケット・シーが言った。決して大きな声じゃないけど、多分皆理解してる。
『王女ルーシーが選んだのはこのギンニャだ』
ギン……ギンニャ?
「にゃーっ!」
そして。ケット・シーが、テレパシーのような声じゃなくて。自身の口から、鳴いた。
続いて、全猫の視線がルーシーへ向く。ルーシーは怯まずに。
「にゃあ」
と鳴いた。
「にゃあーっ!」
「「にゃあーっ!」」
それから、次々に猫達が鳴いた。いや、吠えた。冬の澄んだ夜空に向かって。意味は、私には分からなかったけど。
意図は伝わった。
認められたみたい。
「ギンナ様。ひと言」
「んえっ」
ぼそり。ルーシーが小声で。
えーっと。
うわ、みんな私を見てる。
「……にゃあ」
そう言った。適当に。
「にゃあーっ!」
「「にゃあーっ!」」
そしてまた、皆してにゃあ。ほんと、なんだこれ。
でもまあ、正解だったみたい。
✡✡✡
それから。一応、集会が収まったかどうか次の日1日様子を見て。
その、翌日。
ライゼン卿のお屋敷に集まった。今度はテラスじゃなくて、応接室だ。この場には7人。
私とフランと、カンナちゃん。ミッシェルにライゼン卿、そしてルーシーと。
ケット・シーがまたテーブルの上で寛いでいる。
6人と1匹か。
「取り敢えずは、騒ぎは収まりましたな」
「はい」
「ありがとうございました……」
王女は見付かって。次の王も決まって。騒音問題も解決した。完全解決。依頼達成だ。
けど。まだ問題は残ってる。
「どうよ」
「っ!」
フランが。ミッシェルに向かって言った。
「……ミッシェル」
「…………っ」
ライゼン卿も不安そうにしてる。この、一連を経て。彼女はどうするのか。
ぎゅっと目を瞑って。
「……分かった。私も一度帰る。それで満足? フラン」
観念したようにそう言った。
「やっぱりやるべきことほっぽり出して来てたのね」
「……私も、ルーシーの言う『上等な娼婦』。どこかのオスヴァンパイアに嫁がされる」
「逃げるんじゃなくて、戦うのよ。胸を張って、意思を通すの。あんたならできるでしょうが」
「…………」
そのセリフは。フランは自分は生前、『勝てなかった』ということも含まれていると思った。彼女も戦っていたということ。逃げなかった。
だから自分を重ねて、ミッシェルにきつく当たったんだろうか。
「支度してくる。ルーシー」
「! はいっ」
「……ごめんなさい」
「!」
バツが悪そうにそう呟いて、ミッシェルは退室していった。
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